多くの観光客で賑わう、大阪の道頓堀界隈。その西の外れにかかっていた浪芳橋のたもとで、初代河内屋秀治郎が焼き餅の販売を始めたのが「浪芳庵」の始まりだ。安政5年の創業以来、150年以上にもわたって和菓子を製造・販売している。最近では、「あぶりみたらし」「生クリームどら焼き」などのヒット商品を生み出すなど、地元の大阪はもちろん、全国にもファンを持つ和菓子の老舗だ。長年、多くの人に愛される商品を生み出し続ける秘訣を、6代目社長の井上文孝氏に聞いた。
--150年以上もの長い間、商いを行うための秘訣はあるんでしょうか?--
もちろん、約150年の間、順調に商売を続けていたわけではありません。昭和20年の大阪大空襲では店舗がすべて消失しましたし、バブル崩壊の際は当社のメインバンクがまさかの経営破綻。経営の危機に陥ったことは、一度や二度ではありません。そうした苦境を乗り越えて、細く長く商売を続けられてきたのは、ひとえに地域の人たちに守られてきたからです。正月や節分、ひな祭りといった季節の行事や冠婚葬祭のときに「浪芳庵さんのところに行こう」と、お菓子を買いに来ていただく。それが積み重なって、商売ができているのだと実感しています。私の父である先代がよく口にしていた言葉に「和を以(も)って貴しと成す」というのがあります。これは聖徳太子が制定した十七条憲法に出てくる言葉で、人々がお互いに仲良く調和することが最も大事だという意味。当社では「和」に「和菓子」という意味を含め、周りの人たちに愛され続ける店を目指して、これからも誠実でウソをつかない商売を続けていく所存です。
--浪芳庵ならではの、商品への取り組みを教えてください--
販売している和菓子は、季節モノなどを合わせると年間を通じて100種類を超えます。 しかし、私たちはもともと餅屋から始まり、団子を長年にわたって販売してきました。そのため、さまざまな和菓子を提供しつつも「大阪で団子といえば浪芳庵」と言われるよう、団子にこだわっていきたいと考えています。
そして、私たちが目指している和菓子は、誤解を恐れずに申し上げると「腐るお菓子」です。これは、長期保存するための余計な添加物を使用せず、できるだけできたてを提供したいという想いからなのです。さらに、お年寄りの方にも和菓子に何が入っているかがすぐにわかるよう、米や砂糖、水など自然な材料しか使いません。その代わり、素材の産地はもちろん、焼き方などにこだわっています。時代に合わせて団子の形状を食べやすい大きさに変える、みたらし団子の表面をあぶって香ばしさを出す、最後の仕上げにゴマをふりかける――。決して奇抜なことをせず、ひと手間加えた浪芳庵ならではの和菓子作りに取り組んでいます。
また、包装に日本ならではの風呂敷を使用するなど、パッケージにもこだわっていますね。歴史ある和菓子の伝統を守りつつも、当社ならではの付加価値をつけることで日本文化そのものを世界にも広く伝えていきたいと思っています。
--近年および今後の事業展開を教えてください--
平成21年に、本店を現在の場所に移転しました。工場に直結した店舗で、カフェや駐車場も設置。職人が実演販売を行いつつ、できたてを提供することができます。また、本店では子どもを対象とした書道教室を開いたり、店頭のスペースを利用して縁日といったイベントも開催しています。浪芳庵における大阪のアンテナショップとしての機能を果たしつつ、地域コミュニティとして多くの人が気軽に集える場所にしていきたいと考えています。
さらに昨年の5月には、新しくできたJR大阪三越伊勢丹に店舗をオープン。同デパート内の和菓子部門で売上一位を獲得するなど、おかげさまで売上は好調です。今後は、より多くの人に浪芳庵の和菓子を知ってもらうため、ネット販売にも力を入れつつ、東京の百貨店にも進出したいと考えています。
--そんな同社が、社員に対して求めるものはなんでしょう?--
一日中店頭に立っていると、多くの人と接することになります。しかし、お客さまにとって、スタッフとの出会いは一度。そのため、どんなに忙しくても、一人ひとりのお客さまに集中して接客するように指導しています。工場における製造担当者も同様。一日何千個のお菓子を製造する中、食べるお客さまのことを思い浮かべながらひとつづつ気持ちを込めて作るように伝えています。接客や製造のスキルはもちろん大切ですが、まずはお菓子を通じて人と向き合える人であってほしいと思っているのです。
そんな気持ちで取り組むためには、仕事を含めて私生活も充実していることが重要。それをサポートするための組織作りを常に考えています。これまでの歴史にあぐらをかくことなく、200年、300年と商売を続けていけるよう、お客さまも社員も幸せになれるような会社にしていくことがこれからのミッションですね。
会社概要
社名:浪芳庵株式会社
設立:昭和28年7月23日(創業 安政5年7月23日)
資本金:2800万円
代表者:代表取締役社長/井上文孝
事業内容:菓子製造・販売、不動産事業
事業所:本社/大阪市中央区難波4?8-5