前回は「私用メール」をテーマに取り上げ、私用メールを頻繁に行っていた場合、社内規定が整備されるなどしていれば、会社から処分を受ける可能性が高いことについて説明しました。
今回は、私用メールを会社側が防ぐために会社が社員のPCに対して行う「モニタリング」に問題があるのか、というテーマについて考えます。
社員のPCの内容は確かに社員個人のプライバシーに属するかもしれませんが、一方で、PC自体は業務で使用するために供与されたものであり、その内容を会社が知ってもおかしくないと考えることもできそうです。
今回は、前回私用メールを頻繁に行って上司から処分を通告された社員が、自分のPCが会社からモニタリングされていることに気づき、その問題点について相談してきたというケースを元に考えていきます。プライバシー権と個人情報保護の侵害になるかどうかが、焦点となります。(編集部)
【Q】上司が私のPCを無断でモニタリング、問題あるのでは?
前回の相談で、私が会社のPCを使って私用メールをした件で上司から注意を受けたことに関し、処分が下される可能性が高いことはよく分かりました。ですがその後、この件に関し、上司が私に無断でメールの内容を調べていたことが分かりました。上司が勝手に私の私用メールの内容を調べたことは問題ないのでしょうか。
【A】職務上の合理的必要性がある場合は、問題はないでしょう。
上司があなたのメールを勝手に調べたことは、あなたの「プライバシー」や「個人情報保護」との関係で問題となります。ですが、上司が従業員のメールをモニタリング(監視)する責任ある立場であり、かつ、監視する職務上の合理的必要性があるような場合には、プライバシー権侵害とはならないとする裁判例があります。個人情報保護の点については、経済産業省によるガイドラインが出されています。同ガイドラインに基づいてモニタリングが実施されている場合には、基本的には個人情報の点からも問題にならないというべきです。会社に内容を知られたくないような私用メールは、昼休みのような勤務時間外に、会社のPCではなく個人のPCまたは携帯電話で行うべきでしょう。
「モニタリング」に制約は?
従業員の私用メールに関しては、前回ご説明しましたように、職務専念義務に違反していないか、会社の対外的信用を害するような態様・内容ではないかといった点が問題となります。その他にも、営業秘密や個人情報の流出といったリスクも潜んでいます。
そのため、最近では、従業員のメールの利用状況をモニタリングしている会社も少なくないといわれています。
それでは、従業員のメールのモニタリングは、会社が何ら制約なしに行うことができるものなのでしょうか。
「プライバシー権」侵害の恐れも
プライバシー権の内容にもさまざまな考え方がありますが、あなたの私用メールも、学生時代の友人との間でやりとりした私的な内容のメールであれば、いずれの考え方からも、プライバシーに該当すると考えて問題ないでしょう。
前回ご紹介したF社Z事業部事件判決でも、私用メールが会社の職務の遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も軽微なものであるといった範囲にとどまる場合には、プライバシーに該当する余地を認めています。
上司によるあなたの私用メールのモニタリングにつき、プライバシー権の侵害が認められた場合、あなたは会社に対して不法行為に基づく損害賠償請求を求めることができます。場合によっては、メールのモニタリングに関しての差止請求も考えられます。
また、会社内では、メールアドレスや接続IDなどから、メールは個人を識別することができる個人情報であることが一般的ですので、個人情報保護の点でも問題となり得ます。
プライバシー権の"限界"とは?
しかし、プライバシー権も無制約に保護されるわけではありません。特に会社のPCによる私用メールに関しては、社内ネットワークシステムを利用することを理由とする制約があります。
前出のF社Z事業部事件判決では、社内ネットワークシステムは会社の管理者がネットワーク全体を適宜監視しながら保守を行っているのが通常であることから、プライバシーもシステムの具体的状況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るに止まるとしています。
そして、プライバシー権侵害となる場合として、以下のようなケースを例として挙げています。
職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合
監視する責任ある立場にある者でも、監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心などから監視した場合
社内の管理部署その他社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合
本件では、会社の上司があなたの私用メールを監視するような責任ある立場にある場合で、かつ、私用メールが職務の遂行に支障がないか監視するためなど監視する職務上の合理的必要性に基づきモニタリングを行ったような場合には、上記の裁判例の考え方によれば、プライバシー権侵害にはならないことになるでしょう。
モニタリングと「個人情報保護ガイドライン」との関係
また、従業員の私用メールのモニタリングは、個人情報の保護の観点からも、実施する場合には合理的な理由が必要となります。
この点、経済産業省の「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」( 36頁~37頁)では、モニタリングを実施する場合の留意点を以下の通り4つ示しています。その際、モニタリングに関する事項などを定めたときには、従業員らに周知することが望ましいとしています。
モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し、社内規定に定めるとともに、従業者に明示すること
モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること
モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社内規定案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること
モニタリングの実施状況については適正に行われているか監査、または確認を行うこと
上記留意点に従い、モニタリングの手続きが整備され、会社が同手続きに従いモニタリングを実施した場合には、個人情報保護の観点からも問題がないということになります。
この場合、会社に内容を知られたくないような私用メールは、勤務時間外に、会社のPCではなく、個人のPC・携帯電話で行うべきでしょう。
(尾形信一/英知法律事務所)
弁護士法人 英知法律事務所
情報ネットワーク、情報セキュリティ、内部統制など新しい分野の法律問題に関するエキスパートとして、会社法、損害賠償法など伝統的な法律分野との融合を目指し、企業法務に特化した業務を展開している弁護士法人。大阪の西天満と東京の神谷町に事務所を開設している。 同事務所のURLはこちら→ http://www.law.co.jp/