この連載でも取り上げてきた社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化は、マイナポータルを利用して実現されることになっています。これらの手続きは、企業など事業者が行うものですから、個人がマイナンバーカードでログインして利用するマイナポータルとは異なる、行政手続用のポータルとしての利用が想定されています。
その一方で、個人利用のマイナポータルについては、利用率が想定を大きく下回っていることが報じられました。
今回は、本来の個人利用のマイナポータルと、同じくマイナポータルという名称で構築されるオンライン・ワンストップ化のシステムについて、考えてみたいと思います。
マイナポータルの利用率 想定件数の0.02%
7月27日の朝日新聞朝刊の一面に「国のマイナポータルサーバー 費用100億円 利用は0.02%」という記事が掲載されました。
この記事によると、マイナポータルのサーバーには、「国民の大半がマイナンバーカードを保有しても対応できるように、2018年度までの6年間に100億円を超える整備費などをかけていた」とのこと。
マイナポータルで個人が受けられるサービスは、主なものとして、「①自分の個人情報をどの行政機関がどう利用したかチェックできる、②自分の所得や社会保険料の納付状況などを確認できる、③税金や予防接種などのお知らせを受け取れる」サービスがあります。政府は、「①~③の利用を最大で月2025万件近く(①②は各609万件、③は約807万件)と想定し、それに合わせた処理能力などを持つサーバーを整備」したため、100億円を超える費用をかけることになったわけです。
ところが、「サービスが始まった17年7月~今年5月に①~③の利用は11万件余にとどまり、月平均にすると5千件近く(①707件、②3147件、③1130件)と想定の0.02%だった。仮にそれぞれの利用が最も多かった月を拾って件数を合算しても、利用率は0.08%となった」と、この記事では伝えています。
マイナンバーカードの普及率が、低いとはいえ13.3%程度あるなかで、マイナポータルの利用率が非常に低くなることは、マイナポータルで受けられるサービスに、それほどニーズがないことを物語っているのではないでしょうか。
実際に私も、たまにログインしますが、ほとんど新しい情報はなく、「①自分の個人情報をどの行政機関がどう利用したかチェックできる」機能では、1件もヒットしません。「②自分の所得や社会保険料の納付状況などを確認できる」の機能でも、これといった情報はマイナポータルにはなく、あったとしても、もともと分かっている情報を改めて確認する意味しかありません。「③税金や予防接種などのお知らせを受け取れる」機能では、外部連携しているe-Taxなどからのお知らせは届きますが、肝心の住んでいる住所地での地方自治体からのお知らせはほとんどない状態です。
子育てワンストップサービスも、全国の市区町村が対応しているわけではないため、利用が伸びていないようです。こうしたワンストップサービスでも、「お知らせ」機能でも、全国の市区町村が、きちんとサービス提供できないと、マイナポータルの利用率は伸びないのではないでしょうか。今後、予定されている引越しワンストップサービスなどは、民間企業も巻き込んだサービスになりますが、まず肝心の市区町村がきちんと対応することができなければ、マイナポータルの利用率を伸ばすことはできません。
この点については、政府も政府主導で開発したシステムを、市区町村で共同利用できるような仕組みを、今後構築していくようなので、改善される可能性があります。個人利用のマイナポータルでは、より個人のニーズに即したサービスの提供を、全国一律で受けられるようになるのか、が利用を伸ばすための大事な鍵となっていくのではないでしょうか。
行政手続に利用されるマイナポータルとは
マイナポータルで事業者が利用できるサービスとして、就労証明書作成コーナーが開設されていることは、この連載の第88回で、取り上げました。
そして、今後従業員に係る社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化が、マイナポータルを利用して実現しようとしています。
この就労証明書作成や社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化については、政府はマイナポータルAPIを公開し、民間のソフトウェア事業者が自社の提供するソフトウェアで、このAPIを利用して連携することで、これらのサービスがより便利に利用でき、普及することを狙っています。
内閣府の就労証明書作成コーナーの案内ページでは、このAPIについて、「企業の人事等ソフトを就労証明書作成コーナーに対応させることにより就労証明書作成がさらにらくらくになります。」と説明しています。
このAPI仕様公開ベージでは、マイナポータルについて以下のように説明しています。
「マイナポータル(以下「本システム」という。)は、政府(内閣府大臣官房番号制度担当室)が運営するオンラインサービスであり、システム利用者である国民が、行政機関などが保有する自らの個人の情報を確認することができるほか、行政機関からのお知らせを確認したり、民間送達サービスにメッセージを届いたことが確認できるサービスです。」
ここで、実際にできることとして説明されていることは、個人利用のマイナポータルの機能ですが、API公開の目的として、「必要な仕様をソフトウェア開発者向けに一般公開し、民間のソフトウェアと連携して民間のシステムからの電子申請をマイナポータルで受け付けたり、システム利用者が行政機関から入手した自らの個人情報を民間のシステムに提供することを可能にすることにより、システム利用者において使い勝手の良い製品やシステムの提供が期待されます」と説明されており、マイナポータルがもっと広がりを持ったオンラインサービスとして設計されていることがわかります。
(図1)は以前も取り上げた、社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化等のシステム構築計画のロードマップです。
このロードマップのメインは、従業員に係る社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化なのですが、(図1)の下部には、マイナポータルの関連施策として「法人設立手続のオンライン・ワンストップ化」が記載されています。
そして、マイナポータルAPI公開ページでは、この「法人設立手続のオンライン・ワンストップ化」に対応したAPIを、「申請APIバージョン1.0」とし、この7月からドラフト版の公開が始まっています。
そして、「申請APIバージョン1.1」では、一部の社会保険手続に対応し、申請データの形式も、現在社会保険手続の電子申請を担っているeGov形式にも対応する予定としています。
また、「申請APIバージョン1.2」では、税手続にも対応範囲を広げ、申請データの形式も、現在税手続の電子申請を担っているe-Tax(国税)やeLTAX(地方税)形式にも対応する予定としています。
こうして過程で、これまでバラバラのシステムで動いていた申請手続が、ワンストップ化されるのであれば、事業者にとって利便性の高いサービスとなります。政府が運営するオンラインサービスとしてのマイナポータルは、各種電子申請をワンストップで受け付けるWebサービスの方が、個人が利用するマイナポータルより、大きく利用が伸びていく可能性を感じます。
マイナポータルへ行政手続は集約されるのか
事業者が行う社会保険関連の電子申請はeGovで、税の手続は、国税はe-Tax、地方税はeLTAXと、それぞれ別々なシステムが、現在稼働中です。
マイナポータルの社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化で、それぞれのデータ形式での電子申請が可能になるとして、eGovやe-Tax、eLTAXはどうなるのでしょうか。政府の見解としては、当面併存するとしています。
現在eGovやe-Tax、eLTAXに対応した電子申請システムを提供しているベンダーとしては、マイナポータルのシステムに新たに対応しつつ、既存のeGovやe-Tax、eLTAXもメンテナンスしていかなければならないとなると、二重にコストが発生することになります。こうならないためには、システムの利用者である事業者が、マイナポータルのワンストップサービスの方に、全面移行するだけの利便性がなければなりません。
e-Taxを運営する国税庁が、6月に公表した『「税務行政の将来像」に関する最近の取組状況~スマート行政の実現に向けて~』で、内閣府が推進するマイナポータルのワンストップサービスを取り上げたページが(図2)です。
この(図2)では、内閣官房の資料をそのまま引用しているだけで、e-Taxと被ることになるサービスについて、e-Tax側はどうするのかということについては、触れられていません。
一方、この『「税務行政の将来像」に関する最近の取組状況~スマート行政の実現に向けて~』では、個人利用のマイナポータルと連携したシステム運用として(図3)のような、個人の所得税申告の将来像も描いています。
これは、医療費控除などで申告する場合、様々な控除を証明する書類が個人のマイナポータルに届くようになり、このデータが国税庁の確定申告書作成ページと連携して、所定の項目に自動入力されることが示されています。こちらは、e-Taxで送信とされている通り、e-Taxシステムとして開発されることになります。
内閣府が推進するマイナポータルのワンストップサービスは、複数の手続をワンストップにすることで、今までよりも効率化がはかれる手続を対象としているため、(図3)でみたような、個人の所得税申告などは、当面対象とならないことになります。
そういう意味では、マイナポータルに全ての行政手続きが集約されるわけではなく、eGovやe-Tax、eLTAXが、手続によって、今後も残り、それぞれのシステムごとに改善がはかられていくことは、当然のことと考えられます。
ただし、マイナポータルのワンストップサービスで対象となる手続については、マイナポータルに一元化されるように、eGovやe-Tax、eLTAXも協力して、本当にユーザーメリットのあるシステムが構築されることが望まれます。マイナポータルのワンストップサービスが、中途半端なものになると、該当の手続について、マイナポータルのシステムやeGov、e-Tax、eLTAXのそれぞれでメンテナンス費用が発生するとともに、該当の手続に対応するベンダーでも、二重にメンテナンス費用が発生し、官民ともども無駄な費用が発生し、本末転倒な結果になってしまいます。
こうしたことにならないよう、政府・内閣府がきちんと民間の声を聞きつつ、eGovやe-Tax、eLTAXなどのシステムとの関連も考慮して、マイナポータルで、より良いワンストップサービスを創りあげていくことを期待します。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。