この連載は、マイナンバー制度が施行される以前の2015年6月からスタートし、当初は従業員などのマイナンバーを管理しなくてはならない中小企業が、安全にマイナンバーを管理するための方法などをメインなテーマにしてきました。

マイナンバー制度施行から3年が経過し、中小企業におけるマイナンバーの管理、利用といった面では、特に大きな変化がないことから、このところは、マイナンバー制度が直接関係する、しないにかかわらず、中小企業にも影響があると思われる、行政手続きの電子化の動きなども、レポートしてきました。

今回は、こうした行政の動きも絡めつつ、今年1年のマイナンバー制度の動きを振り返ってみましょう。

マイナンバー制度 今年の主な動き

(図1)は、内閣官房番号制度推進室が公表している、今年7月時点でのマイナンバー制度のロードマップ(案)です。

マイナンバー制度における、今年最大の変化は、(図1)のマイナンバーの欄にある、マイナンバーの民間利用として、預貯金口座へマイナンバーの付番ができるようになることでした。ただし、預貯金口座を持つ個人が、金融機関にマイナンバーを通知することは義務ではなく、任意ですので、ほとんどの預貯金口座でマイナンバーの付番が進んでいないのが、実際ではないでしょうか。

もともと、マイナンバーの付番が義務付けられていた証券口座では、今年の年末までに、口座を持つ個人が証券会社にマイナンバーを提供する必要があるわけですが、こちらも思うように、マイナンバーが収集できていないといった状態のようです。

預貯金口座にしても、証券口座にしても、個人としては、マイナンバーの付番により、資産状況を行政に把握されることになると思い、特に後ろめたいことがなくても、積極的にマイナンバーを提供する気になれないというところではないでしょうか。

こうした状態は、マイナンバー制度のメリットが、個人に及ぶようなかたちでは実現できていないことを象徴しているように思われます。

(図1)のマイナンバーカードの欄では、昨年9月よりマイキープラットホーム等運用開始という項目があります。(図2)が、そのマイキープラットホームのホームページで、実際に運用が始まっています。

このマイキープラットホームは、「マイキープラットフォームおよび自治体ポイント管理クラウドで実現できること」で説明されている通り、「マイナンバーカードが1枚あれば、様々なカードとして活用でき、クレジットカードなどのポイントやマイレージを商店街での買物やオンラインでの地域の産物購入などに活用できるようになります。」ということですが、これを利用するためには、個人が居住する自治体が、自治体ポイントを発行し、マイキープラットフォームおよび自治体ポイント管理クラウドに対応している必要があります。自治体ポイントナビというページで確認すると、ポイントを発行している自治体は、全国的にみてもわずかしかなく、都内では豊島区のみといった実態です。マイナンバーカードの発行枚数が伸び悩むなかで、自治体としても、効果が見えない自治体ポイントに積極的に取り組めない様子が、ここからみてとることができます。

自治体ポイントや、マイキープラットホームなどは、マイナンバーカードの利便性をアピールするために構想されたものですが、自治体に向けたアピールが足りないのか、構想自体に魅力がないのか、いったん考え直した方が良いのではないでしょうか。

(図1)のマイナポータルの欄では、この連載の前々回に取り上げた、「就労証明書の電子化」ということが記載されています。個人がマイナポータルを利用して、就労証明書を電子的に提出できるという点では、まだまだ不十分な仕組みです。ただし、就労証明書自体は、企業の人事労務等の担当者が作成するわけですから、その作業が電子化、効率化できるという意味では、新たなマイナポータルの利用方法として、評価できます。

マイナポータルでは、このほかに、11月には「ねんきんネット」がマイナポータルとつながり 、個人がマイナポータルで確認できる情報が増えました。

とはいえ、マイナンバーカードの発行枚数から考えると、マイナポータルを利用している個人の数も少ないと考えられ、このように確認できる情報が増えたところで、マイナポータルの個人の利用が伸びるとは考えられません。

そう考えてくると、前回の連載で取り上げたような、従業員の社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化で、マイナポータルを活用するような方向性のほうが、社会的な価値は高いのではないでしょうか。

こうしてマイナンバー制度のこの一年を振り返ってみると、マイナポータルを企業が活用できるオンライン・ワンストップ化のプラットホームとして活用する動きは、今後に期待が持てる動きといえますが、そのほかの動きは、残念ながら、それほど進捗したとはいえない動きにとどまってしまった一年ではないでしょうか。

産業界からのマイナンバー制度見直しの声

そんななかで、今年も、年末調整の季節がやってきました。企業は、従業員などのマイナンバーを利用して源泉徴収票や給与支払報告書を作成し、提出しなければなりません。 年末調整でマイナンバーを取り扱うようになって、今年で3回目の年末調整となりますので、きちんと従業員からマイナンバーを収集・管理し、必要な手続きでマイナンバーを利用してきた企業にとっては、すでにルーティンとなった処理になっています。その一方で、従業員などからマイナンバーを収集できず、必要な書類にマイナンバーを記載しないまま、提出している企業があるのも事実です。

こうした企業に対しては、行政からマイナンバーの記載を求められることになりますが、記載しないからといって、罰則があるわけでもありませんので、そのままの状態が続いているのが実態です。

大企業を中心に、中小企業もマイナンバー制度で求められる役割をちゃんとやるところはやっていますが、その一方で、やっていなくても、そのままという状態になっているということです。これで、マイナンバー制度が正しくまわっているといえるのでしょうか?

こうした実態もあるなかで、今年は産業界からマイナンバー制度の見直しを求める声が出てきました。

2月には、日本経済団体連合会(以下、経団連)が、「国民本位のマイナンバー制度への変革を求める」を発表しました。 8月には、経済同友会が、「マイナンバー制度に対する提言 マイナンバー制度をわが国のデジタル化の基盤として抜本改革せよ」を発表しました。

いずれも提言といえる内容ですが、細かい提言内容には違いもありますが、共通しているのは、制度の根幹にかかわるマイナンバーそのものの位置付けを変えようという提言です。マイナンバーは、特定個人情報として、通常の個人情報よりも、より厳重な安全管理が求められています。このため、企業でも従業員などのマイナンバーを収集・管理している場合は、紙での管理であれ、システムでの管理であれ、特定個人情報として管理するための安全管理措置にコストをかけています。

これに対して、経団連は「特定個人情報からの個人番号の除外」を提言し、経済同友会は『「特定個人情報」に係る規定の撤廃』を提言しています。要は、マイナンバーを特定個人情報として扱うのではなく、通常の個人情報として扱い、特定個人情報として課されている安全管理措置や罰則などの見直しを求めています。

現状の仕組みでは、マイナンバーをキーとして個人情報を収集できるわけではないため、マイナンバーだけが仮に漏れたとしても、それに紐づいて多くの個人情報が漏れることは考えにくいのは確かです。こうした仕組みや、個人情報保護法の改正で規制の対象となる事業者が増えていることもあり、マイナンバーは、通常の個人情報と同様の安全管理措置で十分だという考え方が、これらの提言では展開されています。

また、経済同友会の提言では、マイナンバーを特別個人情報として特別な規制や罰則が設けられ、制度施行前後には、この点が強調されたため、「マイナンバー制度に対する国民の懸念等に影響を与え、不安感を増長させる面を持つとも考えられる」としています。こうしたマイナンバーは晒してはいけないという心理的なプレッシャーが、マイナンバーが記載されたマイナンバーカードの普及にも影響していると考えられ、「仮に公的個人認証の手段として、マイナンバーカードの普及に力点を置くのであれば、個人番号について記載事項から除くよう、マイナンバー法第2条第7項を修正することも考えられる。」としています。

いったん、意識づけられた国民のマイナンバーへの懸念等を覆すのは、簡単ではありません。だからこそ、マイナンバー制度の根幹をなすマイナンバーそのものの位置付けを考え直さないと、国民や企業にとってメリットのある制度にならないという危機感が、これらの提言から伺うことができます。

さらに、経済同友会の提言では、「中央政府による地方公共団体の業務プロセスおよびシステムの標準化の徹底」といった提言もしています。

先にみた、マイキープラットホームもそうですが、地方公共団体のシステム対応が課題になる仕組みにおいて、地方公共団体任せのやり方では、十分な予算や人材がいない地方公共団体では取り組むことができないままになっています。仕組みの骨組みはできても、地方公共団体の取り組みにばらつきがあるため、十分に機能しないということが、マイナンバー制度のみならず、地方公共団体の取り組みが必要な行政の電子化においてもみられます。

この提言では、「中央政府は、地方公共団体のITシステムの集約的な開発体制を構築し、ITシステムのクラウド化等を通じた標準化を進めるべきである。その際には、中央政府が、地方公共団体における業務プロセスの標準を整理した上で、ITシステムの標準化を、中央政府が主導する形で実施すべきである。現状の自治体クラウド導入のように、地方公共団体の自主性に委ねるだけではなく、開発等について中央政府が直接的に関与すべきである。具体的には、既存の自治体クラウドにおけるグッド・プラクティスを抽出・整理し、効率的なパッケージソフトの導入モデルを提示すべきである。」としています。

まさにこの通りであり、地方公共団体のシステム対応がマイナンバー制度でもキーとなっているにもかかわらず、「地方公共団体の自主性」を言い訳に、政府が主導的に動かないことに対する、厳しい提言ということができます。

マイナンバー制度が、それほど進捗したとはいえないこの一年のなかで、経団連や経済同友会の提言が発表されたのは、ある意味必然だったのではないでしょうか。マイナンバーそのものの根幹からの見直しや、行政の、特に地方公共団体のシステム化への取り組みの見直しがなされなければ、個人にとっても企業にとっても、なかなかメリットが見えてこないマイナンバー制度は、このまま十分に機能しないままになってしまいかねません。制度施行から3年が経過したマイナンバー制度が、本当に役立つ社会的なインフラになるのかどうか、今、その岐路に立っているのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。