この連載の第86回に、7月3日の日本経済新聞の記事「企業の税・保険料 書類不要に」を取り上げ、「2021年度、年末調整がなくなる?!」といったタイトルの記事を書きました。
この流れにそった動きとして、10月19日に開催された「第3回新戦略推進専門調査会デジタル・ガバメント分科会・第24回各府省情報化専任審議官等連絡会議合同会議」(以下、「デジタル・ガバメント分科会」)に、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室より「企業が行う従業員の社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化等の推進に係る課題の中間整理」(以下、「オンライン・ワンストップ化等中間整理」が提出されました。
今回は、この「中間整理」の内容を見ていきたいと思います。
「中間整理」の課題認識
「オンライン・ワンストップ化等中間整理」は、以下のように内容で構成されています。
I オンライン・ワンストップ化及び従業員情報の新しい提出方法に係る構想の推進に向けて
II オンライン・ワンストップ化の対象手続の考え方
III オンライン・ワンストップ化実現のイメージ
IV オンライン・ワンストップ化実現に向けて検討すべき課題及び検討の方向性
V 従業員情報の新しい提出方法に係る構想
VI 今後のスケジュール
I では、1 施策背景、2 社会保険・税手続きの見直しの必要性、3 施策の概要、といった構成で、まず「施策背景」の中で、課題認識が示されています。
具体的には、世界的にデジタルを前提としたビジネス転換・組織改革等の取組(デジタル・トランスフォーメーション)が拡大している中で、「我が国の行政部門は旧態依然としたアナログ型行政を続けている状況であることから、このままでは、行政部門が、我が国全体の生産性のボトルネックになる懸念があり、早急な変革が求められている。」と、これまでになく、厳しい課題認識を示しています。
そして、行政サービス100%デジタル化のための3原則(デジタルファースト、ワンスオンリー、コネクテッド・ワンスオンリー)を確認しつつも、「現状は企業において電子的に管理している情報についても、申請時に紙等に出力して各省へ提出し、その後、各省において情報を再度電子化している場合もある。」といった現状認識を示し、「企業が行う従業員の社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化及び従業員情報の新しい提出方法を検討するに当たっては、デジタル・ガバメント実行計画(平成30年7月20日デジタル・ガバメント閣僚会議決定)にも記載された利用者中心の行政サービスの提供を目的として示されたサービス設計12箇条にも留意し、企業のニーズにあった政策の実現に努めるものとする。」としています。
まず、このように「企業が行う従業員の社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化」を検討するにあたって、「企業のニーズ」に応えることを、課題として掲げていることは、評価できるのではないでしょうか。
そして、「社会保険・税手続きの見直しの必要性」では、「企業が従業員に関する社会保険・税手続を行う場合の申請・届出(以下「申請等」という。)については、そもそもオンライン化されていない手続が存在するほか、 オンライン申請等の窓口は、社会保険関係がe-Gov、国税関係がe-Tax、地方税関係がeLTAXとそれぞれが独立して存在することに加え、バックオフィス連携も十分にできていない状況にあることから、複数の手続を行うにあたり、同一の情報を複数回にわたって提出する必要があり、IT戦略においては、法人向け手続のうち、企業の生産性向上の観点から、従業員に関する社会保険・税手続の電子化・簡便化が重要であることが指摘されている。」としています。
「企業のニーズにあった政策の実現」にとって、企業が行う「従業員に関する社会保険・税手続の電子化・簡便化が重要」という課題認識が、この「オンライン・ワンストップ化等中間整理」のベースにあります。
オンライン・ワンストップ化の方向性
そして、「施策の概要」では、「オンライン・ワンストップ化」について、「一つの電子申請窓口から複数の手続・サービスを一括して受け付け、申請がデジタルのみで完結されるようにすることを指す。」と定義した上で、企業が行う従業員に関する社会保険・税手続について、「マイナポータルを窓口としたオンライン・ワンストップ化を実施し、電子申請に係る手続について、マイナポータルのAPIを利用して実施できることとし 、電子申請システム の開発を容易にすることで、社会保険・税手続に係る縦割りをなくし、企業内の業務負担の軽減やシステムに係る開発負担の軽減を狙う。」としています。
具体的には、「企業は、ソフトウェアベンダ等の民間事業者(以下「開発事業者」という)のWebサービス等を用いて、提出の時期が近接する複数の手続につき、重複入力をせずにデータ作成を行い、オンラインで行政機関等に提出を行えるようにする。マイナポータルでは、そのためのAPIを提供する。」とし、「オンライン・ワンストップ化の全体像」として(図1)のようなイメージを示しています。
また、こうした仕組みを実現するための、検討事項として、「開発事業者が、マイナポータルのAPIを利用して、申請サービスを提供することを可能とする。」 「マイナポータルにおいては、平成32年4月から経済産業省が実施予定である法人番号を活用した法人共通認証基盤と連携する。」が挙げられています。
(図1)で示されているマイナポータルは、企業が従業員の関する社会保険・税手続を行うために活用することが想定されており、企業がID・パスワードなどで認証された状態で、マイナポータルを利用できるようにするために、法人共通認証基盤との連携も検討されているということのようです。
前回、企業が就労証明書をマイナポータルで作成できる就労証明書作成コーナーについてレポートしましたが、こうしたマイナポータルの活用方法の大幅な拡張として、「オンライン・ワンストップ化の全体像」のマイナポータルを位置づけることができます。
つまり、本来個人がマイナンバーカードでログインして、自らに関する手続などに利用するマイナポータルのあり方を拡張して、企業が行うこととされている従業員に関する手続について、企業と関係する行政機関とを結ぶポータルとして、マイナポータルを活用しようと方向性が、「オンライン・ワンストップ化等中間整理」で示されたことになります。
そして、
II オンライン・ワンストップ化の対象手続の考え方
III オンライン・ワンストップ化実現のイメージ
IV オンライン・ワンストップ化実現に向けて検討すべき課題及び検討の方向性
では、(図1)のイメージのような仕組みを実現するために、課題の整理などが行われています。
従業員情報の新しい提出方法の構想
また、「施策の概要」では、「社会保険・税手続等を含め、企業が有する従業員情報の新しい提出方法に係る構想の検討を行い、例えば、認定クラウドに一度届出情報を登録すれば、申請者が極力クラウドに重複して情報を登録しなくて済むようにするワンスオンリー化を実現するためのシステム整備に向けての動きを加速させていくことが必要と考えられる。」とし、「新しい提出方法」として、「認定クラウドに届出情報を登録」するような新しいオンライン提出の方向性を示しています。
これについては、「V 従業員情報の新しい提出方法に係る構想」で詳しく展開されています。
この構想の具体的な仕組みは、以下のように示されています。
1.政府が求める要件を満たすものとして認定されたクラウドサービスや企業の大規模データセンター等(以下「認定クラウド等」という。)に、企業が提出期限等の必要なタイミングで提出すべきデータを保管する。
2.当該認定クラウド等には、各届出制度等で記載を求めている各事項(各制度それぞれの計算方法等に則ったもの)や添付を要する書類が、各届出制度等で求める所定の形式により、整理して収載される。
3.その届書等が当該企業において提出可能となった時点で、企業の担当者等が操作して、認定クラウド等の該当データに対し、フラグ (届出事項等が整い、当該内容で行政官庁等に提出する旨の意思表示を行うための電子識別情報)を立て、フラグを立てた旨を認定クラウド等からマイナポータルに送信する。
4.マイナポータルは、フラグが立てられた旨の情報を受領した時点で、即時に、その旨及びその受領日時を、各行政機関等に送信する。
5.各行政機関等は、必要なタイミングで当該データを直接又はマイナポータ経由で参照し、当該各届出制度等に必要な情報を取得する。
そして、「認定クラウド等」については、以下のように記載されています。
●「認定クラウド等」とは、政府が認定を行う民間クラウドサービスのほか、大企業のデータセンター等も想定しており、認定後、企業が有する従業員情報の提供に使用できるものとする。
●認定要件については、想定ユーザー数、データの保存場所、事業継続性やセキュリティ対策等の観点を踏まえて設定する。
●認定クラウド等と行政機関等のデータ交換については、直接又はマイナポータルを通じて実施することとする。
(図2)は、この新しい提出方法の全体像を示したものです。
7月3日の日本経済新聞の記事「企業の税・保険料 書類不要に」に掲載されていた図を、より具体的なイメージにしたのが、この(図2)の「従業員情報の新しい提出方法に係る構想の全体像(イメージ)」ということができます。
「オンライン・ワンストップ化等中間整理」では、今後のスケジュールとして、以下のようなスケジュールが示されています。
(図1)に示されたオンライン・ワンストップ化については、2020年度中にワンストップサービスが開始できるように取組を推進していくこと。
(図2)に示された従業員情報の新しい提出方法については、2018年度中にロードマップを策定し、課題の整理、実現可能性の検証を行いながら、実現に向け取り組んでいくこと。
企業が行う従業員に関する社会保険や税に関する手続は、企業にとって負担の大きな業務となっており、こうした負担を軽減するという、企業ニーズに対応する形で、今回の「オンライン・ワンストップ化等中間整理」が示されたことは、これまで負担を負ってきた企業にとっては期待できる内容になっているのではないでしょうか。
また、オンライン・ワンストップ化および従業員情報の新しい提出方法において、マイナポータルの新しい活用方法が構想されていることは、「就労証明書作成コーナー」のような活用方法の拡張であり、新しい活用方法が、個人のマイナポータル利用の新たな可能性を切り拓くことにつながれば、本来の個人利用も進むことになるのではないでしょうか。
「企業が行う従業員の社会保険・税手続のオンライン・ワンストップ化等の推進」については、その構想が実現すれば、企業にとって大きなメリットをもたらします。今後の動きについて、注目していきたいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。