今年1月16日、eガバメント閣僚会議の決定として、「デジタル・ガバメント実行計画」が発表されました(この実行計画については、第80回の連載で一部取り上げました)。
これまでも、政府や地方自治体が行う行政手続などの電子化については、様々な構想や計画が名前を変えて、発表されてきました。しかし、これまでこの連載でもみてきたように、大きな変革をもたらすはずのマイナンバー制度でさえ、個人や事業者にとって利便性を感じられる制度にはなっていません。
今回は、この「デジタル・ガバメント実行計画」について、政府が掲げるデジタルファーストは進捗するのか、といった視点でみていきましょう。
電子政府からデジタル・ガバメントへ
「デジタル・ガバメント実行計画」の冒頭、「本計画の趣旨」からみてみましょう。
まず、近年の動きとして、行政手続のオンライン利用の原則化を義務付けた2016年12月の「官民データ活用推進基本法」から、その後の2017年5月の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(以下、「IT宣言・官民データ計画」)の流れを押さえた上で、「IT宣言・官民データ計画の重点分野の一つである電子行政分野における取組については、2017年(平成29年)5月に「デジタル・ガバメント推進方針」(平成29年5月30日高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議決定)が策定された。本方針では、本格的に国民・事業者の利便性向上に重点を置き、行政の在り方そのものをデジタル前提で見直すデジタル・ガバメントの実現を目指すこととされている。」と、ここまでの経緯が説明されています。
そして、社会構造の大きな変化により、「これまでのような単一的な行政サービスでは、国民一人一人のニーズに応えることが難しくなっている。」といった問題意識を示しつつ、「一方で、近年の目覚ましいIT技術の進展や、マイナンバー制度の導入によって、我が国の様々な個人、法人を繋ぐ情報連携基盤の整備が進められている。」と現状を把握したのち、「本計画の趣旨」を以下のように説明しています。
「本計画は、こうした背景を受け、官民データ活用推進基本法及び「デジタル・ガバメント推進方針」に示された方向性を具体化し、実行することによって、安心、安全かつ公平、公正で豊かな社会を実現するための計画である。また、IT宣言・官民データ計画に掲げられた重点分野の一つである電子行政分野を深掘りし、詳細化した計画である。」
要は、「デジタル・ガバメント実行計画」は、「電子行政分野を深掘りし、詳細化した計画」ということですが、これまで「電子政府」実現のために行われてきたことと、何が違うのでしょうか。(図1)は1月16日のeガバメント閣僚会議に提出された「デジタル・ガバメント実行計画について」という資料のなかで、「電子政府」から「デジタル・ガバメント」への流れを説明したものです。
この資料では、「電子政府」の名の下に行われた取り組みとして、「府省庁を越えた取組」や「地方公共団体まで含めた取組」などをあげ、「こうした取組は国際的にも先進事例」と自画自賛しています。そして、「今後は、これを更に拡大し、政府・地方・民間全てを通じたデータの連係、サービスの融合を実現し、世界に先駆けた、日本型の「デジタル・ガバメント」の実現を目指す。」としています。
「府省庁を越えた取組」や「地方公共団体まで含めた取組」は、民間の側から見れば当然のことであり、その当然のことができていないために、実際の行政手続きの現場では、「国民、企業への具体的なベネフィット」が感じられない状況が続いているのではないでしょうか。
「デジタル・ガバメント実行計画」が目指す利用者中心の行政サービスとは
では、「デジタル・ガバメント計画」では、どのようにして、「国民、企業への具体的なベネフィット」が感じられる行政サービスを実現しようとしているのでしょうか。
「デジタル・ガバメント計画」では、「本計画の目指すもの(to be)」の章で、目指す社会像として、
1) 必要なサービスが、時間と場所を問わず、最適な形で受けられる社会
2) 官民を問わず、データやサービスが有機的に連携し、新たなイノベーショ
ンを創発する社会
を掲げ、この社会像を実現するため必要な行政を「デジタル・ガバメント」として位置付け、その要素を以下のように定めています。
1) 利用者中心の行政サービス
・利用者にとって、行政サービスが、「すぐ使えて」、「簡単で」、「便利」である。
・利用者にとって、行政のあらゆるサービスが最初から最後までデジタルで完結される。(行政サービスの100%デジタル化)
2) 行政サービス、行政データ連携の推進
・行政サービスや行政データの連携に関する各種標準やシステム基盤が整備されており、民間サービス等と行政サービス及び行政データの連携が行われている。
・行政サービス及び行政データが、設計段階から、他の機関や他のサービスとの連携を意識して構築されている。
行政サービスの利用者からすれば、関連する手続きであっても、手続きごとに窓口が異なっていたり、それぞれの手続きのたびに氏名や住所など同じことを何度も書かされたりする現実があります。こうした現実を改善し、利用者にとって、行政サービスが、「すぐ使えて」、「簡単で」、「便利」であるような行政サービスを実現するためには、2)に掲げられているような行政サービス、行政データ連携が実現しなければならないわけです。ただし、ここに書かれているような内容は、これまでも繰り返し、いろんな政府決定の中で語られてきたことでもあります。
では、これらを実現するために、この「デジタル・ガバメント実行計画」はどこまで深掘りされ、詳細化されているのでしょうか。
「デジタル・ガバメント実行計画」では、この後、
・利用者中心の行政サービス改革
・プラットフォーム改革
・価値を生み出すITガバナンス
・地方公共団体におけるデジタル・ガバメントの推進
・フォローアップと見直し
と続いていきます。全体に目配りされた計画といえる内容にはなっていますが、計画の実現性がどこまで担保されているのか、「利用者中心の行政サービス改革」の章を中心にみていきましょう。
この章では、まずサービスデザイン思考の導入・展開として「サービス設計 12箇条」が示されています。サービスデザイン思考を導入して、「手続のフロント部分の電子化だけでなく、サービスを受ける必要が生じた時からサービスの完了までのエンドツーエンドにわたる利便性の向上に向けた取組や、利用者の行動様式を踏まえたサービス提供の在り方に係る検討を実施し、一連のサービス全体における利用者の体験(UX:ユーザーエクスペリエンス)を最良とするサービスの実現を目指す。」としています。そして、このような利用者中心の行政サービスを提供するためのノウハウを「サービス設計 12箇条」として示しています。
続いて、これら各条の説明がされているのですが、これまでの政府が示す計画には見られなかった点として、「第8条 自分で作りすぎない」といった項目があります。具体的には、「サービスを一から自分で作るのではなく、既存の情報システムの再利用や、そこで得られたノウハウの活用、クラウド等の民間サービスの利用を検討する。また、サービスによって実現したい状態は、既存の民間サービスで達成できないか等、行政自らがサービスを作る必要性についても検討する。過剰な機能や独自技術の活用を避け、API連携等によってほかで利用されることを考慮し、共有できるものとするよう心掛ける。」と説明されており、「前例がないことはやらない」といった風潮がまかり通る行政機関において、このような柔軟な発想が徹底されていけば、もっとスピーディに利用者中心の行政サービス改革が実現するのではないかと考えます。
そして、次の「横断的サービス改革(行政サービスの100%デジタル化)」では、行政手続・民間取引IT化に向けたアクションプランの3原則である、「デジタルファースト」、「ワンスオンリー」、「コネクテッド・ワンストップ」に沿って、行政手続きの100%デジタル化を実現するための取り組みとして、以下の4つの項目をあげている。
1) 業務改革(BPR)の徹底
2) 手続オンライン化の徹底
3) 添付書類の撤廃に向けた取組
4) ワンストップサービスの推進
この中でも、大事なのは「業務改革(BPR)の徹底」になると考えます。
既存の行政手続の存在を前提に、そのデジタル化を目的にしてしまうと、過去に行われたような、国の全行政手続オンライン化が目的化してしまい、年間利用件数0件の手続きまでオンライン化してしまうような、利用者や費用対効果を考えないシステムの構築が行われることになってしまいます。
今ある行政手続の方法などをそのままデジタル化するのではなく、手続きのあり方そのものを「利用者の利便性の向上」といった視点から改革した上で、デジタル化することが大事になってきます。この項では、「利便性の高い行政サービス及び業務の効率化を実現する上で最も障害になるのが、ユーザー視点の欠如、現状を改変不能なものと考える姿勢、慣習への無意識な追従などの「意識の壁」である。」といった、前例主義の弊害についても触れられています。業務改革(BPR)という視点を持ち込むことで、どこまでこうした弊害を壊すことができるのかが、それ以降の「手続オンライン化の徹底」や「添付書類の撤廃に向けた取組」、「ワンストップサービスの推進」で「利用者の利便性の向上」を実現できるか否かにかかってくると思われます。
そうした意味では、「手続オンライン化の徹底」の項で取り上げられている、年間の手続件数が0件である手続が約1万3,000種類存在したまま、放置されている現実は、普段から業務改革(BPR)になんら取り組んでこなかった行政機関の現実をあらわにしています。
「デジタル・ガバメント実行計画」は、視点や個々に語られている内容は、これまでの反省も踏まえて、これからの時代にふさわしい内容になっていると考えます。ただし、「電子政府」から「デジタル・ガバメント」へ、で言われているような国際的に先進的な取組なのかどうかは、先進的なデジタル・ガバメントが実現されていない以上、今のところ、評価のしようがありません。本当に、縦割り行政といわれる行政機関の壁を突き破り、全地方公共団体も巻き込んで、「利用者の利便性の向上」を実現する計画として、この「デジタル・ガバメント実行計画」が実行されていくのか、今後に注目していきたいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。