マイナンバー法が施行されたのは、2015年(平成27年)10月5日。住民票を有する個人へのマイナンバーの付番・通知から、マイナンバー制度は動き始めました。あれから2年余が過ぎ、当初の構想にあったマイナポータルや行政機関間での情報連携などは、スケジュールに遅れは出たものの、すでに運用が開始されています。
マイナンバー制度が掲げた目的である「公平・公正な社会の実現」「国民の利便性の向上」「行政の効率化」は、この2年間でどこまで進んだのでしょうか。
今回は、この2年間を振り返って、マイナンバー制度の現状を検証してみましょう。
中小事業者のマイナンバーへの対応はどこまで進んだのか
(図1)は、この連載の第5回(2015年7月6日)に掲載した「マイナンバー制度実施の流れ」を示した図です。
この当時は、中小事業者は従業員を1人でも雇用していれば、個人番号関係事務実施者となることから、従業員がマイナンバーを認識する最初の機会となる、マイナンバーの通知が実施される2015年(平成27年)中に、従業員などからマイナンバーを収集することがベストの選択だとして記事を書きました。
また、この年は、マイナンバーの通知時期までに、多くのマイナンバー管理システムが、給与計算・年末調整システムを提供するベンダーを中心に発表・リリースされ、またマイナンバーを「守る」ためのセキュリティ製品も、多様な製品が提案される状況になり、さながらマイナンバー商戦ともいえる状況が展開されました。
そして、中小事業者及び年末調整業務を受託することが多い税理士向けに、多くの研修会が開催され、2015年(平成27年)中に、従業員などからマイナンバーを収集することが、どの研修会でもアピールされていました。
ところが、実際にマイナンバーの通知が始まってみると、全国一斉に通知されるわけではなく、12月までかけて通知される予定になっていました。さらに、郵便事情などもあり、マイナンバー通知カードの配達に遅れが出たこともあり、12月になってもマイナンバーの通知が届かない地区が多く出てきました。通常の年末調整業務では、11月のうちに従業員から扶養控除等申告書など必要書類を集め、準備を進めることになりますので、この年、中小事業者や税理士などで、マイナンバーの収集タイミングを逃してしまったケースも多くみられました。
そして、マイナンバーの利用開始となる2016年(平成28年)を迎えました。
とはいえ、従業員やその扶養親族のマイナンバーを集中的に利用する機会は、年末に行う年末調整業務となりますので、前年にマイナンバーの収集ができなかった中小事業者や税理士にとって、マイナンバーの収集を行うためには、まだ時間的に余裕がありました。
そんななか、2016年(平成28年)最初にマイナンバーを記載して提出することになったのは、1月末提出期限の個人事業主が提出する「償却資産申告書」や、従業員の入退社に際して事業者が提出する「雇用保険被保険者資格取得届」「雇用保険被保険者資格喪失届」でした。ところが、これらの提出に際して、「償却資産申告書」を受け付ける市区町村や、「雇用保険被保険者資格取得届」などを受け付けるハローワークでは、マイナンバーの記載がなくても受け付ける対応をとってきました。
こうした話は、すぐに広まります。2016年(平成28年)に入っても、従業員などからマイナンバーを収集していなかった中小事業者や税理士が、様子見を決め込むような状況を作ってしまいました。
そして、2017年(平成29年)1月、従業員やその扶養親族などのマイナンバーを記載した源泉徴収票や給与支払報告書を提出する時期を迎えました。この時期、税務署や市区町村に「マイナンバーを記載しないまま提出しても大丈夫か」と問い合わせてみると、「マイナンバーの記載は義務なので、記載して提出してほしいが、記載がなくても受け取らないことはない」と言った回答が大半でした。特に、市区町村では「マイナンバーの記載がなくても、こちらで調べられるので、マイナンバーを記載して再提出するように求めることはない」と言った回答もありました。
すでに、従業員などのマイナンバーを収集している中小事業者や税理士は、マイナンバーを記載して源泉徴収票や給与支払報告書を提出していますが、一方マイナンバーを収集しないまま、この時期を迎えた中小事業者や税理士は、マイナンバーを記載しないまま、提出したものと思われます。ほぼ全従業員について作成・提出することになる給与支払報告書で、どれだけの数のマイナンバーが記載され提出されたのか、数字が公表されていませんので、確かなことはわかりませんが、一定程度の中小事業者や税理士では、従業員などからマイナンバーを収集せず、マイナンバーを記載しないまま、給与支払報告書を提出したものと考えられます。
その後、こうしたマイナンバーの不記載に対して、行政当局から指導が行われたという話も聞きませんので、今もこうした状況は変わっていないと考えられます。
きちんと従業員などからマイナンバーを収集し、セキュリティを担保しながら管理し、マイナンバーの記載が義務付けられる書類にマイナンバーを記載して提出している中小事業者や税理士がいる一方で、マイナンバー対応を行わないまま、マイナンバーを記載せずに提出している中小事業者や税理士がいるというような状況ができてしまったのは、行政当局の対応の曖昧さによるところが大きいといえます。
中小事業者のマイナンバー対応については、対応している・対応していないと二分化されているような状況のまま推移していると考えられます。この点について、今後行政当局がどのように対応していくのか注目していきたいと思います。
行政側のマイナンバーの利用はどこまで進んだのか
もともと、マイナンバーの利用主体は行政当局です。マイナンバー制度が目的に掲げる、税などの負担を不正に免れたり、給付を不正に受けたりすることを防いで「公平・公正な社会の実現」を図り、添付書類の削減など行政手続きの簡素化による「国民の利便性の向上」を実現し、ひいては「行政の効率化」を実現するためには、行政側の各機関がマイナンバーを有効に利用できるかどうかにかかっています。
そして、そのための大きなポイントとなるのが、前々回この連載で取り上げた行政機関間の「情報連携」です。
(図2)は、12月6日に更新された内閣府のマイナンバー制度説明資料から、情報連携の仕組みを図示したものです。
今年の7月、この「情報連携」の試行が、(図2)の下部にある都道府県・市町村で始まり、そのなかで扶養控除の見直しなどが行われました。所得のある子供を扶養に入れていないか、両親を兄弟で二重に扶養していないかなどの扶養控除情報を市区町村間で照会することは、従来は住基ネットを使い名寄せすることで行われていましたが、今年はマイナンバーをキーとして行われたことにより、より多くの扶養控除の見直しが効率的かつその精度も向上したようです。そして、11月から「情報連携」の本格運用が始まることにより、この扶養控除の見直しの係る情報は、マイナンバーをキーとして国税当局にも電子データで提供されることになり、地方税の是正だけでなく、所得税の是正も今までよりスピーディに行われることになります。
こうした状況は、マイナンバーの行政機関による利用が本格的にスタートしたことを象徴しています。
一方、各機関がマイナンバーを取得することについては、この「情報連携」に関わって以下のような指摘があります。
会計検査院「国の行政機関等における社会保障・税番号制度の導入に係る情報システムの整備等の状況について」によると、例えばハローワークのシステムについて、「ハローワークシステムへのマイナンバーの登録は、離職者が失業給付を受給する際に提出する申請書に自己のマイナンバーを記載することにより行われるが、28年1月分から12月分までのマイナンバーの記載率は平均28.0%と低調であり、マイナンバーの記載がない場合は、ハローワークシステムにマイナンバーを登録できず、情報連携を行うことができない」ことから、「厚生労働省が地方公共団体情報システム機構に照会することにより、当該離職者の4情報からマイナンバーを取得することは可能と認められる。」とし、「同省は、ハローワークシステムの整備の過程で地方公共団体情報システム機構にマイナンバーを照会する機能の必要性を(中略) 認識したため、再度業務の見直しを行い、29年度中に、上記の機能を追加するためのハローワークシステムの改修を行うこととしている。」という記載があります。つまり、民間から提出される書類によるマイナンバーの取得が難しい場合は、この「情報連携」の仕組みを使って、直接地方公共団体情報システム機構にマイナンバーを照会して入手することもできるということです。
実際にこの「情報連携」が始まる以前から、例えば、日本年金機構においては「マイナンバーの収録」として、「マイナンバー法に基づき地方公共団体情報システム機構に対してお客様のマイナンバー情報の提供を求め、収録を行っています。」としています。また、国税庁も所得税を毎年申告している個人については、地方公共団体情報システム機構からマイナンバー情報の提供を受けています。
「情報連携」で、各行政機関が保有するマイナンバーは、本来マイナンバーの記載が義務付けられた書類に、個人や事業者がマイナンバーを記載し、提出することで取得すると、これまで説明されてきました。そのために、中小事業者や税理士は個人番号関係事務実施者として、リスクを負ってマイナンバーを収集・管理し、必要な書類にマイナンバーを記載して提出してきたわけです。
ところが、地方公共団体情報システム機構に照会すれば、マイナンバーを取得できるシステムは「情報連携」が始まる前から行政機関によっては構築されており、「情報連携」によって、上記のハローワークのように行政機関間で新たにマイナンバーを取得できる環境が拡がっていくことになります。とすれば、民間の中小事業者や税理士などが、個人番号関係事務実施者として、リスクを負ってまでマイナンバーへの対応を行わなければならないのか、疑問が湧いてきます。
行政機関にとって、マイナンバーの記載について民間に対して100%の記載を求めずとも、本格運用が始まった「情報連携」で補完できるような仕組みができていくのであれば、マイナンバーに対応する・しないで二分化されたような事業者の状況も考慮して、もう一度、個人番号関係事務実施者としての事業者や税理士などの役割についても、見直しがあって良いのではないでしょうか。
この「情報連携」の本格運用開始により、行政機関の本格的なマイナンバー利用が始まりました。そして実際に、税などの負担を不正に免れたり、給付を不正に受けたりすることを防いで「公平・公正な社会の実現」をはかる動きとして、扶養控除の見直しによる税負担の是正が行われています。この分野では、今後日本年金機構が「情報連携」に加わることで、不正な給付の是正などが進むものと考えられます。こうした流れの中で、「公平・公正な社会の実現」や「行政の効率化」といった点で、マイナンバーを利用した行政側の成果がある程度見えてくるようになると考えられます。
一方、マイナンバー制度の「国民の利便性の向上」と言った点では、マイナポータルが代表的な成果として挙げられることになりますが、マイナンバーカードの普及が進まない現状では、マイナポータルの利用も普及しているとは言えず、実質的な成果はまだ上がっていないと言えます。また、事業者にとってみると、個人番号関係事務実施者として負担だけ背負わされ、それに見合うマイナンバー制度のメリットを見いだせていないのが現状ではないでしょうか。
マイナンバー法施行から2年の歩みを振り返ってみると、マイナンバーの利用という面では、行政側が本来目的としてきた本格的な利用が始まったとはいえ、そこに対する事業者の関わり方については矛盾が見えてきています。また、「国民の利便性の向上」といった点では、まだまだ実績が上がっているとは到底言えない状況です。 これらの点で、マイナンバー制度が、今後個人や事業者にとってメリットのある制度として成長していくのかどうか、注視していく必要があります。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。