マイナンバー制度では個人に対するマイナンバー(個人番号)とともに、法人には法人番号が国税庁より付番され、法人が提出する税や社会保障などの行政手続きの書類に法人番号を記載するなどの運用が行われています。
一方、個人の場合のマイナポータルに相当する仕組みとして、当初「法人に係るワンストップサービス等を実現する」として構想されていた「法人ポータル(仮称)」は未だ構想のレベルにとどまり、政府の各府省庁のもつ法人情報を掲載した「法人インフォメーション」が運用されているのが現状です。
今回は、マイナンバー制度のもう一つのナンバーである法人番号活用の現在を確認するとともに、今後の展開についてみていきましょう。
現在の「法人インフォメーション」でできること
「法人インフォメーション」では、同サイトで提供している情報について、「法人として登記されている約400万社を対象とし、法人番号、法人名、本社所在地に加えて、府省との契約情報、表彰情報等の政府が保有し公開している法人関連情報を本サイトで一括検索、閲覧できます。」としています。
つまり、政府の業務を請け負った契約情報がある、行政機関の補助金の受給を受けたことがある、行政機関から表彰を受けたことがあるなどの場合を除くと、法人番号、法人名、本社所在地の基本3情報のみしか表示されません。(図1)は、私が勤務するアカウンティング・サース・ジャパン株式会社(以下、弊社)の「法人インフォメーション」で表示される情報です。
弊社では、Pマークを取得しており、すでに認定された特許もありますが、「法人活動情報」は2016年(平成28年)1月以降のものしか掲載されず、2016年1月以降の情報でもすべてが掲載されるわけではないと説明されていますので、このような内容しか表示されないことになってしまいます。また、3情報以外の法人基本情報として代表者名や資本金、従業員数、営業品目の項目が用意されていますが、上場企業では一部表示されるものの、ほとんどの企業では何も表示されません。
こうした現状から、何らかの事情で、ある法人の法人番号を調べたりする場合くらいしか使い方がないのが「法人インフォメーション」の現状と言えますが、であれば、国税庁の「法人番号公表サイト」で十分だということになります。政府の各府省庁が連携して情報提供する「法人インフォメーション」ですが、今後都道府県などが有する情報も連携し、提供する情報の充実をはかることは予定されているようです。では、当初「法人に係るワンストップサービス等を実現する」として構想されていた「法人ポータル(仮称)」へ至る道筋は、現状どのように考えられているのでしょうか。
「法人インフォメーション」を運営する経済産業省の構想を見る
9月5日、IT総合戦略本部で電子行政分科会や規制制度改革ワーキンググループなどの合同会議が開催され、経済産業省から「法人インフォメーションを核としたワンスオンリーの実現について」という資料が提出されています。
(図2)は、その中で「法人インフォメーション」のこれまでの流れを整理したものです。
この中では、2016年4月より経済産業省法人ポータル(β版)として試行運用されていたものが、2017年1月より「法人インフォメーション」として運用開始され、そして将来構想として「掲載情報のさらなる充実化、他の政府機関サイト・各種手続等との連携を図る」としています。では具体的には、どのようなことが構想されているのでしょうか。
例えば、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下 NEDO)が進めている「ベンチャー支援プラットフォーム」(各省庁のベンチャー支援策(補助金・委託費等)の申請ワンストップ化を目的としている)と、「法人インフォメーション」を連携させることで、申請書類作成時の法人基本情報(商号、住所、代表者氏名等)のワンスオンリー化を実証中といったことが取り上げられています。このような他のプラットフォームとの連携なども「法人インフォメーション」の今後の運用として構想されていますが、当初「法人ポータル」として構想されていたものに相当するものは、この資料中では、「法人デジタルプラットフォーム」として新たに登場しています。
(図3) 「法人デジタルプラットフォーム」について |
ここでは2018年度(平成30年度)に「法人デジタルプラットフォーム」を構築予定とされていますが、続くページで示されているスケジュールでは2018年度はシステム構築を行い、その後の実証を経て、2020年度(平成32年度)に「法人デジタルプラットフォーム」を全面展開、2021年度(平成33年度)以降実用フェーズへと示されていますので、随分大掛かりな構想となっています。ただし、この「法人デジタルプラットフォーム」は、あくまで「経済産業省が実施する事業者向け手続きを対象」としており、それらの手続きで法人基本情報などのワンスオンリーは実現しても、他の府省庁と連携して申請・届出のワンストップ化を図ることは構想されていないようです。
政府は「行政手続きIT化にあたっての3原則」として、デジタルファースト、コネクテッド・ワンストップ、ワンスオンリーを掲げているわけですが、この経済産業省が構想する「法人デジタルプラットフォーム」を見ると、まず縦割り行政の壁を打ち破らないと、本当に事業者や個人にとって使い勝手の良い電子政府になっていくとは思えません。
事業者が望むのはサービスのワンスオンリーとワンストップ化
様々な行政手続きを事業活動のなかで強いられる事業者にとって、個々の手続きのデシタル化と行政機関間の連携が進めばワンスオンリーの原則は実現できるとしても、同時にワンストップ化が実現できないと現状の負担を大幅に軽減できることにはなりません。
先に見た経済産業省の資料が提出された9月5日の合同会議には、経団連や経済同友会、新経済連盟などの民間の経済団体からも資料が提出されています。
経済同友会の資料では、その冒頭に事業者にとって負担の大きい手続きや、負担の内容についての調査結果が提示されています((図4)参照)。
(図4)経済同友会 「電子行政の推進に向けた意見」より |
負担内容にある「同じ手続について、組織・部署毎に申請様式・書式等が異なる」や「同様の書類(情報)を、複数の組織・部署・窓口に提出しなければならない」といったものは、これまでの縦割り行政が産んだ弊害です。経済同友会のこの資料の中では、特に地方自治体における各種様式の違いを統一することを強く要望していますが、この要望自体は長年にわたって事業者側から言われてきたことですが、様式の違いを統一する動きはここまで遅々として進んできませんでした。これでは、世界最先端IT国家を目指すとしても、内実が伴っていないと言われてもしょうがないのではないでしょうか。
また、新経済連盟の資料では、法人設立を例にとってオンライン・ワンストップ手続きのイメージを提示しています((図5)参照)。
(図5)新経済連盟 「デジタルファーストの実装に向けた提案」より |
ここでは、ワンストップ化のためのプラットフォームを政府に求めるのではなく、民間のクラウドサービスにその役割を求めています。前項で見たNEDOが構築しようとしている「ベンチャー支援プラットフォーム」も、法人設立時にはここにある民間クラウドサービスのような役割を果たすことが構想されていると思われますが、新経済連盟では、行政に任せるよりも民間のクラウドサービスの方が、それなりのスピード感で進むと考えられているようです。
この新経済連盟の資料では、社会保険の手続きも例にとって、行政機関間の情報連携・情報共有でワンスオンリーの原則に則り、多くの同じような内容の手続きをなくせるとしています。例えば、従業員の入社時に提出する各種保険の被保険者資格取得届などは、ほぼ同じ内容ですから、デジタルファーストで電子化を進めるにあたっては、様式や提出窓口を統一すれば事業者の負担は大きく軽減できます。
「法人に係るワンストップサービス等を実現する」として構想されていた「法人ポータル」は、政府側の資料の中からは消えてしまい、政府のデジタルファーストのかけ声のもと提示される各府省庁の計画は、それぞれの府省庁のみで実現可能な内容に終始し、関係機関横断で利用者の利便性の向上に大きく寄与するような計画は少ないように見えます。マイナンバー(個人番号)で予定されている行政機関間の情報連携では、当然法人番号による法人の情報の連携も可能になるはずです。[図5]で示されている法人設立に際して必要となる書類も、この行政機関間の情報連携で減らすことができるはずです。
政府の進めるデジタルファーストは、同時にワンスオンリーやワンストップ化を実現するものでなければ、単に紙の情報を電子化しただけにとどまります。それで、行政コストは下げることができますが、[図4]で示された「同じ手続について、組織・部署毎に申請様式・書式等が異なる」や「同様の書類(情報)を、複数の組織・部署・窓口に提出しなければならない」といった課題は残ります。マイナンバー制度のもう一つのナンバーである法人番号の有効活用により、政府にはデジタルファーストとともに、ワンスオンリーやワンストップ化を実現し、行政手続きに係る社会的なコスト削減に至る道筋をつけてほしいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。