7月7日、内閣府のマイナンバー制度のサイトに「マイナポータルの試行運用開始について」と「マイナンバー制度における情報連携の試行運用開始について」というお知らせが掲載されました。
当初のスケジュールでは、今年1月に運用開始予定とされていたマイナポータルおよびマイナンバー制度の情報連携ですが、その後開発等の遅れなどから今年7月から運用開始とされ、さらに7月は試行運用、今年秋頃本格運用とスケジュールが変更されました。今回の試行運用開始のお知らせでは、マイナポータルおよびマイナンバー制度の情報連携はいずれも、7月18日より試行運用を開始するとしています。
今回は、マイナンバー制度の運用効果を左右するマイナポータルおよびマイナンバー制度の情報連携の現状をみていきましょう。
マイナポータル 試行運用開始
マイナポータルは、マイナンバー制度の3 つの目的のうち「国民の利便性の向上」に寄与するものとして位置づけられます。このマイナポータル、今年1月からアカウントの開設ができログインできるようにはなっていましたが、予定されている機能はほとんど使えない状態でした。
この7月からの試行運用では、行政機関が保有する自分に関する情報を確認できる「自己情報表示」などの機能が提供されます。そして、(図1)のマイナポータルの運用スケジュールによると、秋頃には「子育てワンストップサービス」として、自分にぴったりなサービスを検索して、自治体にオンラインで申請できるサービスが運用開始になるとしています。
このスケジュールでは、マイナポータルの7月の試行運用においては情報連携の試行運用開始日と同時、秋頃の本格運用においては情報連携の本格運用開始時期と同時とカッコ書きされています。今回のマイナポータルの試行運用は7月18日に情報連携の試行運用と同時スタートになりました。秋に予定されているマイナポータルの本格運用も、情報連携の本格運用開始時期にあわせることになるということです。例えば、試行運用で提供される「情報等提供記録表示(やりとり履歴)」は、自分についての情報が行政機関の間で照会・提供された履歴を確認できるようにするわけですから、当然行政機関の間の情報連携がなければ履歴として表示することもできません。この情報連携も試行運用として始まったばかりであることを考えると、こうしたサービスで提供される情報が充実してくるのは、まだ先になってくると思われます。 特に、この情報連携にしてもマイナポータルの「子育てワンストップサービス」にしても、地方自治体がきちんと対応できるように準備が進んでいるかといった点が課題となりますが、このあたりの情報については、現状明らかにはなっていません
また、このマイナポータルが利用されるためには電子証明書を格納したマイナンバーカードの取得者が増えないと利用者数が増えないわけですが、総務省が公表しているマイナンバーカードの交付数は、今年3月現在1,071万(総人口に対する割合8.4%)、5月現在1,147万(同割合9.0%)と交付数の伸びはわずかなレベルに留まっています。また、マイナンバーを取得する際電子証明書の格納は任意ですし、15歳未満では電子証明書を格納できないことなど考えると、実質マイナポータルを利用できるマイナンバーカードを保有している人は、もっと少ない可能性があります。
マイナポータルは、LINEとの連携などで、より便利に利用できる可能性を秘めているだけに、今後のマイナンバーカードの普及が鍵であることは間違いありません。そのためにいろいろな施策が公表されていますが、本当に有効な施策はなんなのか、以前にも書きましたが、もっと利用者の視点に立って考える必要があるのではないでしょうか。
マイナンバー制度における情報連携の試行運用開始 本格運用までの課題
マイナンバー制度における情報連携の試行運用開始についての内閣府のお知らせでは、(図2)のような簡単な内容しか公表されていません。
(図2) 内閣府 情報連携の試行運用開始について |
この情報連携による国民の利便性向上については、住民票など各種手続きにおいて添付する必要がある書類が添付不要になると説明されてきましたが、このお知らせでは、試行運用期間中は「従来通りの書類の提出をお願いいたします。」としており、この試行運用では、あくまで行政機関間でのテスト運用にとどまるものと思われます。
このあたりの事情について、内閣府のお知らせが公開された後の7月26日会計検査院が、「国の行政機関等における社会保障・税番号制度の導入に係る情報システムの整備等の状況について」報告書を公表し明らかにしています。
この会計検査院の報告書(以下、「報告書」)では、本格運用が今年秋頃となった理由について、日本年金機構の情報連携の開始時期延期とあわせて、「内閣官房及び総務省が、地方公共団体等の窓口職員の習熟のために3か月程度の試行運用期間を設けた上で、29年秋頃から本格運用を開始することとしている。」としています。この試行運用期間は、主に地方公共団体等の窓口職員のシステム利用への習熟など、テスト運用の期間に当てられるわけです。 また、この「報告書」では情報連携にかかわるシステム開発の問題点について、いくつかの指摘をしています。
マイナンバー制度における情報連携について、もともと構想されてきた仕組みと現状の課題を「報告書」からみていきましょう。
マイナンバー制度における情報連携の仕組み
マイナンバー制度では、制度の3つの目的、「公平・公正な社会の実現」、「国民の利便性の向上」、「行政の効率化」を実現するためには、複数の機関に存在する個人情報について同一人の情報であることが確認できることとされ、そのためにまず住民票に基づき国民一人一人にマイナンバーを付番しました。そして、このマイナンバーと複数の機関が管理する情報を関連づけ、これを利用して相互に情報を活用する仕組みが情報連携であり、これにより、より公平・公正で、行政の無駄を省き、国民にとって利便性の高い社会が実現できるとされてきました。
この情報連携の仕組みは、(図3)にあるように、国により新たに開発される情報提供ネットワークシステム(以下、「情報提供NWS」)と、国の行政機関、地方公共団体、独立行政法人、医療保険者(健康保険組合など)等が運用する情報システムを結ぶことで、特定個人情報の照会や提供ができるようになるというものです。
(図3) マイナンバー制度における情報連携の概要 「報告書」より |
この仕組みを構築するためには、情報提供NWSの新規開発や各機関における既存システムのマイナンバー対応のためのシステム改修や、情報をやり取りするための中間サーバー開発など、全体としては大規模なシステム開発となります。
この情報連携においては、個人を特定するためにマイナンバーそのものではなく、個人を特定するための符号を用いるため、情報提供NWSでは符号の付番及び変換、そして情報連携の許可を行うコアシステム、情報の照会を行う機関や情報を提供する機関が運用している情報システムとの接続を行うインターフェースシステムの2つの情報システムから構成されます。そして、既存システム側では、既存システムと情報提供NWSとの間に中間サーバーを設置し、既存システムでマイナンバーとひも付く個人を特定できる番号((図3)においては利用番号または宛名番号)を付番し、中間サーバーにおいて、この番号と符号をひも付けることにより、既存システムがもつ情報がひも付けられることになります。
「報告書」が指摘する問題点
会計検査院は、上記のような情報連携システムに対して、次のような観点から検査したとしています。
(ア)マイナンバー制度関連システムの整備は、関係法令等の趣旨に沿って適切に行われているか。また、経済的なものとなっているか。
(イ)マイナンバー制度関連システムにおいて、各機関による情報の管理が効率化されるよう情報連携の仕組みは適切に整備されているか。また、各機関による調整は、行政運営の効率化に資するよう適切に行われているか。
(ウ)マイナンバー制度関連システムの整備に当たり、特定個人情報保護評価は、情報管理の適正を確保するよう適切に実施されているか。
これらの観点のうち主にイの観点から指摘された問題点では、既存システムの改修における業務の見直し段階での検討・分析などが十分ではないため要件定義に不備がある事例が3つ報告されています。これらの事例では仕様追加による契約変更が必要になったり、改修が必要になったり、手戻りの発生により計画が遅延するものもでており、追加のコストが発生することになってしまったようです。これらの事例に対して、「報告書」では所見として「業務見直し段階における業務見直し範囲及び業務実施手順の検討等を十分に行い、要件の具体的内容を適切に定義して、要件定義書又は調達仕様書等のいずれかに記載して業者と明確に共有すること。」としています。システム開発において要件定義が十分かという問題は、常につきまとう問題ではありますが、多くのコストをかけて開発するシステムですので、個々の現場で具体的な要件定義までのプロセスの改善などを行い、今後改修や手戻りを最小限にするような体制作りを行ってほしいと思います。
「報告書」で指摘された事例のうち最も問題として重要と思われる事例は、「データ標準レイアウトのデータ項目が情報照会に使用するものとして正確に規定されていなかったことにより、情報連携の開始時期を延期しているもの」として取り上げられている事例です。「データ標準レイアウト」とは、照会・提供される特定個人情報を構成するデータ項目について、業務分野ごとに規定して文書で「デジタルPMO」とよばれる政府が管理するサイトに掲載され、情報連携にかかわる機関で情報共有されているとのことです。
内閣官房では、昨年6月から7月にかけて、情報連携開始の際に用いる「データ標準レイアウト」を「情報連携開始版」として「デジタルPMO」に掲載していましたが、一部の機関からの指摘により、国民健康保険組合などが市町村に情報照会する際に使用するデータ項目のうち一部のデータ項目が規定されていないことが判明、すでに公開されていた「データ標準レイアウト」に基づき開発を進めていた国民健康保険組合では、改めて修正されたデータ項目について改修に必要となる十分な期間を確保するために、これらの国民健康保険組合などが行う保険給付の支給又は保険料の徴収の事務のうち地方税関係情報に係る情報連携の開始時期を29年7月から30年7月に延期しています。国民健康保険組合などの所管官庁である厚生労働省では、問題となったデータ項目がなくても情報連携に支障がないと判断したためとしていますが、これでは無責任な言い訳にしか聞こえません。この厚生労働省の所管では、日本年金機構の情報連携開始時期を今年11月末までの政令で定める日としながら、現時点で政令が定められていないため、日本年金機構に対する情報照会を予定しているシステムで、情報照会の機能を当面使用できないこととなり、当初予定していた連携開始時期を延期せざるを得ない状況に追い込まれています。
「報告書」では、そのほかに既存システムと中間サーバーとのサーバー間連携を行わず、中間サーバーへ必要な情報を手入力することや外部記憶媒体による受け渡しを予定していた事例も報告されています。これでは、手入力によるミスの発生や外部記憶媒体の紛失などのリスクがあり、何のためのシステム化なのか分かりません。この事例に該当する機関でも、厚生労働省所管の健康保険組合などがほとんどです。
また、「報告書」が指摘する問題点のうち、先に取り上げた要件定義の不備による3つの事例のうち、2つが厚生労働省の所管分野でのものでした。
社会保障分野でのマイナンバー制度の果たす役割には、いろいろな期待が寄せられているわけですが、この分野の主管となる厚生労働省では、システム開発でも他の省庁に比べて多くのコストを使っていますので、それだけにしっかりとしたシステム構築・管理・運用が求められます。
内閣府の情報連携に関するお知らせの背景では、「報告書」で報告されている通り、今年秋頃とされている本格運用開始に間に合わない連携システムが、すでにかなりの数にのぼっています。事業者や個人がおこなう手続きで、情報連携により添付書類の省略などが可能になる時期について、「秋頃本格運用開始」といった言い方ではなく、もっと詳細なスケジュールの公開を政府は行うべきではないでしょうか。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。