マイナンバーの利用開始以来、マイナンバーを記載した書類が大量に作成・提出された今年の1月から3月にかけての状況については、一度その振り返りをこの連載でも書きました。

その後、マイナンバーの記載が義務付けられている申告書のひとつである所得税の電子申告件数がe-Tax(国税電子申告・納税システム)ホームページで発表され、その件数が大きく伸びていることが確認されました。

今回は、この電子申告とマイナンバー制度の関わりについて、今後の展開も見据えて考えてみましょう。

マイナンバー記載書類 平成28年度の電子申告件数の伸び

(図1)は、今年マイナンバーが本格的に記載され提出された税の分野の申告書などについて、5年間の電子申告件数の推移をグラフにしたものです。

ひとつは国税分野の所得税、今年の2月から3月にかけて提出する所得税確定申告書には納税者本人のマイナンバーおよび扶養親族や事業専従者のマイナンバーを記載する必要がありました。そして、もうひとつは地方税分野の個人住民税、給与所得者であれば給与支払報告書になります。こちらも給与所得者本人のマイナンバーおよび扶養親族のマイナンバーを記載する必要がありました。

(図1) マイナンバー記載書類の電子申告件数推移(所得税の電子申告件数は http://www.e-tax.nta.go.jp/topics/topics_kensu.htm、地方住民税の電子申告件数は http://www.eltax.jp/www/contents/1463456478899/index.htmlで確認できます)

所得税の電子申告件数は、前年の平成27年度は9,502,304件、今年の平成28年度は9,921,692件となり、約42万件増えています。平成26年度から平成27年度にかけては、所得税の電子申告件数はわずかながら減少していましたが、今年はその減少傾向をくつがえし、大きく件数を伸ばしたことになります。

個人事業主の所得税確定申告書の作成は税理士が請け負うことが多いのですが、提出も請け負っているケースでは、今年は書面で提出する場合個人事業者のマイナンバーの番号確認のために通知カードのコピーなども合わせて提出する必要がありました。個人事業主の通知カードのコピーなどを書面での提出のために、個人事業主から集めて税務署の窓口まで持ち運ぶリスクを避けるために、これまで電子申告に取り組んでこなかった税理士も、今年新たに取り組みを開始することが多く見られました。また、医療費控除などで還付申告をする給与所得者なども、番号確認のために通知カードのコピーなどを持ち運ぶことを嫌って、電子申告をするようになった結果が今年の電子申告の件数の伸びにつながっていると思われます。

書面提出の場合に税務署窓口での番号確認については、以前の振り返りで本当に必要なのかという問いかけをしましたが、皮肉なことに、こうした措置が所得税の電子申告件数を伸ばすことにつながったことになります。

一方の、個人住民税の電子申告件数は、平成27年度が4,493,503件、平成28年度が5,706,697件となり、120万件超も増えています。平成26年から平成27年度の伸びが60万件超でしたので、今年は前年比でも2倍の伸びになったことになります。地方税の電子申告システムであるeLTAX(地方税ポータルシステム)が今年の1月末前後つながりにくくなり、一部の電子申告を受け付けられなくなるトラブルがありました。その際に当局は予想を越えたアクセスがあったことを原因の一つに挙げていましたが、これだけ大きく伸びるとは予想できていなかったものと思われます。

ただし、この個人住民税では、平成24年度から平成25年度にも120万件を越える伸びがありました。このときは、それまで個人住民税の電子申告に対応していなかった市区町村が平成25年度に一気に対応したことによる伸びです。そういう意味では、当局としてもあらかじめ予測できた伸びだったのでしょう。平成25年度にほぼ全国の市区町村が対応して以降の2年間の伸びは、60万から70万程度の伸びでしたので、今年の伸びは、やはりマイナンバーによるものと考えられます。

中小企業の年末調整も税理士が請け負うケースが多いわけですが、給与支払報告書は一事業者でも複数の市区町村に提出するケースが多いことから、書面提出の場合は、税理士が提出までは請け負わず、税理士が作成した給与支払報告書を事業者に渡し、事業者が複数の市区町村に郵送するというようなやり方が一般的でした。一方、市区町村からは税理士に対して電子申告での提出を促す依頼がここ数年行われており、税理士が給与支払報告書の作成を請け負っている場合は、税理士がそのまま電子申告で提出するケースも増えていました。

そして今年、給与支払報告書にマイナンバーが記載されることになり、これまでのように書面での提出を事業者に行わせることのリスクを考慮した税理士の多くが、給与支払報告書の電子申告に取り組んだものと考えられます。

今年の国税分野における所得税や地方税分野における個人住民税の電子申告件数の伸びは、電子申告がマイナンバーの紛失・漏えいのリスクを軽減する提出手段として認識されたことを物語っていると考えられます。所得税や年末調整を請け負う税理士が、電子申告そのものの利便性やマイナンバーにおけるセキュリティ対策としての有効性を認識して、さらに積極的に電子申告に取り組んでいけば、来年もマイナンバー記載の書類の電子申告件数は伸びることが予想されます。

これまでの電子申告の歩み

我が国の電子申告は、運用開始からすでに10年以上が経っています。

国税の電子申告e-Taxは、平成16年2月に名古屋国税局管内で始まり、同年6月には全国で利用可能となりました。地方税の電子申告は、平成17年1月から運用開始となりました。 ただし、運用開始直後はなかなか利用件数は伸びませんでした。

中小企業の多くは法人税にしろ所得税にしろ、税理士に作成を委嘱するケースが多いわけですが、書面の場合は中小企業の代表者および税理士が押印をして提出することになっています。電子申告が運用開始当初なかなか件数を伸ばせなかったのは、この書面でのルールを電子申告にも持ち込んでしまったからです。つまり、中小企業の代表者の電子署名と税理士の電子署名と両方が必要とされました。代表者が電子署名するツールとしては住基カードが想定されていましたが、いってみれば住基カードは電子の世界の実印です。これまでは押印を担当者に任せていたケースでも、住基カードを担当者に預けて電子署名を行わせるのは抵抗があります。また、わざわざ時間を作って代表者自らが市区町村の役所などに出向き、住基カードを取得する手間をかけるだけのメリットを電子申告に見出せなかったことも、利用件数が伸びなかった要因です。

その後平成19年になって、ようやく税理士が代理送信する際は、中小企業の代表者の電子署名を省略できるようになり、税理士会を挙げて会員税理士への電子申告の普及促進や、税務署から税理士への電子申告への取り組みを勧奨する動きなどもあり、利用件数が伸びるようになってきました。このことが物語っているのは、書面を前提に作られている制度のフローをそのまま電子の世界に持ち込むことの非効率性を、政府側が当初考慮しなかったことです。通常、書面で行う作業をシステム化する場合、書面での作業フローを分析し、いくつかのステップを省略できるようにシステムを設計しなければ効率化は実現しません。電子申告の当初の設計は、この視点を欠いたものといえます。

一方、地方税の電子申告eLTAXが、当初からなかなか普及しなかったのは、電子申告できる市区町村がすぐには増えなかったことが大きな要因です。一部の市区町村だけ対応している状況では、複数に市区町村に支店等がある場合の法人地方税や給与支払報告書などで、一部は電子で、そのほかは書面でということになり、かえって効率が悪いということで、国税では電子申告に取り組んでいる税理士でも地方税については書面でというケースが長く続きました。各市区町村に送信するのではなく、eLTAXに送信すれば、eLTAXから各区市町村に送信される仕組みは、利用する側にとって大きなメリットとなるだけに、各市区町村に受け側のシステム構築を任せるのではなく、統一的な仕様で共通で使えるような市区町村向けのシステム構築を政府が主導して行えば、ここまでの時間はかからなかったのではないかと思われます。現在は、電子申請・届出や電子納税をのぞくメインとなる申告業務(法人地方税や個人住民税など)は、全国の市区町村で対応していますので、先に見た通り、個人住民税なども大きく伸びています。今後地方税の電子納税などでは、各市区町村任せではなく、統一的な仕様で共同で使えるシステム構築を行い、国税の電子納税と同様の仕組み作りに取り組んでいけば、事業者にとってもメリットのあるものになります。

法人税電子申告義務化に向けて

4月20日、日本経済新聞で法人税の電子申告を2019年度にも義務化するという記事が掲載されました。この6月までに財務省などが具体案を詰め、2018年度の税制改正大綱に盛り込むことを目指すと報じられています。

この件については、現時点で財務省や国税庁から情報が出ているわけではありませんが、昨年12月に制定された「官民データ活用推進基本法」で示された行政手続きの原則オンライン化にそった流れとみることができます。

「官民データ活用推進基本法」で打ち出されたデジタルファーストの考え方について、IT総合戦略本部・規制制度改革ワーキングチームが「デジタルファースト・アクションプラン(仮称)」の中間整理を3月に公表しました。そのなかの「行政手続・民間取引IT化にあたっての基本的考え方」のなかで、(図2)のような3つの原則を打ち出しています。

行政手続IT化にあたっては、「デジタルファーストの実現」、「コネクテッド・ワンストップの実現」、「ワンスオンリーの実現」の3つを原則として進めていくということです。このなかで「コネクテッド・ワンストップ」については、『「民間サービスを含め、どこでも/一か所でサービスが実現」することを原則とする方針を指す。これは、特に行政手続に係る取組を念頭においたものである。 』との記載があります。これを電子申告に当てはめると、現在国税と地方税で送信先が異なっていますが、これをワンストッブにしてより利便性を高めることが考えられます。

実際にこの1月の源泉徴収票と給与支払報告書の電子申告では、地方税側のeLTAXに送信することでワンストップ化が図られましたが、源泉徴収票以外の支払調書は国税側のe-Taxに送信することになり、その分、法定調書合計票を2回に分けて作成すること、送信作業も従来と同じ2回必要となることから、効率化がはかれる方法とはいえないものでした。この計画が公表された折には、これらの電子申告に対応したシステム開発を行っている民間ベンダーからは、国税側に一元化して一回の送信で済むように要望しましたが、聞きいれられないまま実施されてしまいました。

(図2)のなかでは、「サービスデザイン思考に基づく手続の見直し」として、事業者・国民視点での制度ということが掲げられています。このデジタルファーストの流れのなかで、国税である法人税と地方法人税を同時に申告する法人税の電子申告の義務化するわけですから、効率化がはかれる方法で、1回の送信で国税・地方税ともに電子申告できる仕組みを実現し、事業者や税理士にとって電子申告の利便性をより高めるようにしていただきたいと思います。(日本経済新聞の記事では、法人地方税の電子申告に対応していないようなコメントが掲載されていますが、ほぼ全国の市区町村で法人地方税の電子申告には対応しています。地方税で未対応の市区町村が多いのは電子納税の分野です。)

また、先の記事で印象的なのは、税理士が関与する中小企業に比べて、資本金1億円以上の企業のほうが、電子申告率が低いことです。これらの企業では独自のシステムを構築していることなどが要因としてあげられていますが、代表者の電子署名をどのようにするのかといった点も、課題になってくると思われます。法人を対象にした電子証明書には商業登記電子証明書などがありますが、基本有料となります。大企業であればまだしも、さほどの規模ではない場合は、できれば無料で交付されるマイナンバーカードを利用したいところですが、一々代表者が自らのマイナンバーカードで電子署名するのも忙しい代表者にとって手間がかかることになります。

契約書などを電子化するために、担当者のマイナンバーカードで電子署名することで社印同等の扱いができるようにする電子委任状という仕組みが、今国会で制度化されようとしています。こうした仕組みを電子申告でも利用できるようになれば、企業における電子署名への取り組みも柔軟かつ一貫性をもつことができます。

法人税の電子申告義務化にあたっては、国税・地方税のワンストップ化で利便性を高めるとともに、マイナンバー制度をうまく活用して企業自らが取り組む場合のハードルを下げることが重要になってくるのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。