今年の1月より、社会保障および税の分野でマイナンバーの利用が開始されましたが、多くの中小企業にとって、ここまでマイナンバーを利用する機会のないままきているのが現状です。そのため、マイナンバー対策を進めなければならないというプレッシャーを感じないままここまできてしまい、いまだに従業員からマイナンバーを収集できていない中小企業もあります。
そんななか、従業員などのマイナンバーを本格的に利用する機会となる年末調整の時期が迫ってきました。従業員からマイナンバーをいまだ収集できてない中小企業は、早急にマイナンバー対策に取り組む必要があります。今回は、今からでも間に合うマイナンバー対策として、中小企業の実情に即した対策の進め方を考えてみます。
中小企業および中小企業に関与する税理士の現状
中小企業のなかには自社で年末調整を行い、源泉徴収票など法定調書の作成・提出まで行う企業もありますが、税務申告で税理士の関与を受けている中小企業では年末調整から法定調書の作成・提出を税理士に委託している企業も多いのが現実です。中小企業の年末調整に向けたマイナンバー対策に、税理士のマイナンバー対策の進み具合が大きな影響を与えることになります。
では、中小企業およびそれを支える税理士の現状はどうなっているのでしょうか。
今年1月からマイナンバーの利用が開始されましたが、企業の現場でマイナンバーの記載が必要となるのは、従業員の入退社にともない作成・提出する雇用保険被保険者資格取得届・喪失届くらいしかありませんでした。では、実際に従業員の入退社に際して、該当する従業員のマイナンバーを取得し、これらの書類にそのマイナンバーを記載して提出してきたかというと、提出をうけるハローワークが、マイナンバーが記載されていなくても受け取る対応をとったことから、従業員の入退社があったとしても、従業員からのマイナンバーの収集ができていない中小企業ではマイナンバーを記載しないままこれらの書類を提出することができました。
また、従業員の入退社がなかった中小企業では、こうした書類を作成する機会もありませんでした。そのため、マイナンバー対策を進めなければならないというプレッシャーが感じられないまま、ここまできてしまった中小企業がいるのが現状です。
一方、税の分野では今年の1月末までに市区町村の担当窓口に提出する償却資産申告書から、個人事業主の場合は事業主本人のマイナンバーの記載が求められました。この償却資産申告書は個人事業主から所得税の申告を委託されている税理士が作成・提出するケースが多いのですが、こちらも提出を受ける市区町村の窓口ではマイナンバーの記載がなくても受け取る対応をとったため、この時点で多くの税理士は個人事業主からマイナンバーを取得することなく、マイナンバーを記載しない申告書を提出することができました。
また、個人事業主にかかわる国税の申請・届出書なども一度はマイナンバーの記載が必要とされた書類で、その後記載不要となるなど変更があいついだことから、税理士も本格的にマイナンバー対策を進めなければならないというプレッシャーを感じないまま今に至っています。そのため、税の分野で、関与している中小企業のマイナンバー対策を率先して進めなければならない税理士のなかにも、マイナンバー対策が十分に進められていない税理士がいるのが現状なのです。
年末調整直前 国税庁などの最新の動向
国税庁ホームページのマイナンバー特設サイトに、10月28日「源泉徴収事務・法定調書作成事務におけるマイナンバー制度」が公開されました。[図1]は、そのなかで平成28年分の給与所得の源泉徴収票の作成について説明したページです。
この「源泉徴収事務・法定調書作成事務におけるマイナンバー制度」では、平成28年分の給与所得の源泉徴収票では、給与所得の支払い受ける従業員やその扶養親族のマイナンバーの記載が必要なこと、また支払調書にも支払を受ける個人または法人のマイナンバーまたは法人番号の記載が必要なことが書かれています((図2)参照)。
この11月には全国各地の税務署で、源泉徴収義務者である事業者を対象に平成28年分の年末調整についての説明会が開催されます。この「源泉徴収事務・法定調書作成事務におけるマイナンバー制度」は、その場で配布され、改めて源泉徴収票や支払調書へのマイナンバーの記載が必要なことが周知されることになります。
また、全国の税理士が所属する日本税理士会連合会では、会員である税理士向けに「平成28 年分の国税関係手続におけるマイナンバー実務」と題した動画を作成し10月12日より配信しています。国税庁の担当官が、年末調整から源泉徴収票など法定調書の作成やその後に続く所得税申告書の作成におけるマイナンバーの取り扱いについて説明する内容となっており、改めて税理士にマイナンバー対策を促す内容になっています。
こうした動きから、ここまでマイナンバー対策を十分に進めることができなかった中小企業および税理士も、年末調整を目前に控えて、動き出さざるをえない状況になっていくと思われます。
従業員などからマイナンバーを収集する前に準備しておきたいこと
ここまでマイナンバー対策を十分に進めることができなかった中小企業および税理士が急ぎ対策を進めるとしても、あわてて従業員などからマイナンバーを収集するのは急ぎすぎです。
まず、マイナンバーを収集する前に準備すべきことを整理してみましょう。個人情報保護委員会の「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」では、マイナンバー対策として、マイナンバーを含む特定個人情報の取扱いに関する「基本方針」、「取扱規程」を定め、組織的・人的・物理的・技術的安全措置を講じることを例示も含めて示しています。このガイドラインが求めていることは、要は、何のために従業員などのマイナンバーを集めなければならないのかを理解した上で、「マイナンバーを紛失・漏えいしない」ように取り扱うことです。
このことを理解した上で、収集前の準備は以下の手順で進めていきましょう。
担当者・責任者を決める
「マイナンバーを紛失・漏えいしない」ようにするためには、マイナンバーを見たり取り扱うことができる人を限定することです。信頼できる従業員を担当者にし、担当者を管理する責任者を決めましょう。中小企業であれば給与事務などを行っている従業員を担当者に、社長を責任者にするといった決め方が考えられます。税理士事務所であれば、信頼できる事務員を担当者に、税理士を責任者にするといった決め方が考えられます。
そして、中小企業が年末調整を税理士に委託し、マイナンバーの取り扱いも委託する場合は、両者で早めに話し合って、このあと行う従業員などからのマイナンバーの収集などについて、中小企業の担当者・責任者と、税理士事務所の担当者・責任者の役割分担なども決めておくと良いでしょう。
従業員などにマイナンバーの提供を求める旨案内する
すでに通知カードが送付されて約1年が経過しており、通知カードをきちんと保管できていない従業員などがいる可能性も高くなっています。
従業員に必要となる扶養親族の分も含めて、利用目的を示したうえでマイナンバーの提供を求める案内を提示しましょう。その際、マイナンバーカードを取得しているか、マイナンバーカードを取得していない場合は、通知カードがすぐに提供できる状態で保管できているかどうか、扶養親族分も含めて確認してもらうこと大事です。仮に、通知カードが見当たらないといった従業員や扶養親族がいる場合は、マイナンバー入りの住民票を用意してもらうように案内しておきましょう。
また、並行して作成しなければならない支払調書の支払先が個人事業主の場合は、対象となる個人事業主の方々に対しても、利用目的を示したうえでマイナンバーの提供を求める旨案内しましょう。ここでも留意点は、従業員の場合と同様です。
税理士事務所にマイナンバーの取り扱いを委託する場合は、こうした案内についても案内文の作成を税理士事務所に依頼し、実際の案内は中小企業の担当者が行うなど、役割分担を決めて行うことでスムーズに進められるようにすることがポイントです。
どのような方法でマイナンバーを収集するか決める
マイナンバーをどのような方法で収集するかは、マイナンバーを管理するシステムにほぼ依存します。
中小企業でも現在急速にクラウドサービスの利用が進んでおり、企業向けに新たに提供されるマイナンバー管理システムも、そのほとんどがクラウドサービスとして提供されています。クラウドサービスでマイナンバー管理を行うメリットはマイナンバーを「持たずに管理」できることにあります。自社内のシステムでマイナンバーを管理する場合はマイナンバーを「持つ」ことになるため、コンピュータやシステムに対する物理的安全管理措置や技術的安全管理措置など、マイナンバーを守るための対策を講じなければならないためどうしても負担が増えてしまいます。中小企業がみずから源泉徴収票や法定調書を作成・提出する場合、これまで、パソコンなどで給与計算から年末調整までパッケージソフトで行ってきたからといって、その延長線上で考えずに、クラウドサービスのマイナンバー管理システムも考慮に入れて検討することをお勧めします。
一方、税理士にマイナンバーの取り扱いを委託する場合は、その税理士が利用しているシステムによって対応が異なってくることになります。税理士事務所が事務所内で使用しているコンピュータやシステムでマイナンバーを管理する場合、収集時の対応を考えても、従業員などから中小企業へ、中小企業から税理士事務所へとマイナンバーの受け渡しが複数回行われることになり、それだけでも紛失や漏えいのリスクが増えることになります。税理士事務所がマイナンバー管理にクラウドサービスを利用している場合は、従業員などマイナンバーの持ち主が、スマートフォンなどから直接クラウドのマイナンバー管理システムにマイナンバーを登録するような方法でマイナンバーを収集することもでき、紛失や漏えいのリスクを軽減することができます。中小企業が税理士にマイナンバーの取り扱いを委託する場合、一義的な責任者は中小企業であり、そのため中小企業は委託先である税理士事務所を監督しなければなりません。税理士事務所が使用するシステムによって委託する側の中小企業にどのような負担が生じるのか、また、システムに対する物理的・技術的安全管理措置は十分かなど、早めに関与している税理士に確認しておくことが大事です。
マイナンバー対策で肝心なことは「マイナンバーを紛失・漏えいしない」ことです。中小企業がみずからマイナンバーを管理する場合においても、税理士に委託する場合においても、その点に充分に留意して準備を進めることが大事です。どのような方法でマイナンバーを収集するか決めるということは、どのようなマイナンバー管理システムを選択するかということに依存します。どのようなシステムが「マイナンバーを紛失・漏えいしない」ために本当に有効なのか、今ここでシステムを検討しなおしすることは、マイナンバーを利用した業務をこれから毎年行わなければならないことを考慮すると、まだ間に合うタイミングではないでしょうか。
次回は、今からでも間に合うマイナンバー対策として、実際にマイナンバーの収集から保管・利用・廃棄までをどのように進めればよいか、みていきましょう。
著者略歴
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。