前回は、最近のニュースとして、小学校の職員が、マイナンバーを記載した書類を、給与事務取扱事務所へ持ち込む途中で、書類入りのカバンごと紛失するというトラブルを取り上げました。

このようなトラブルは、中小企業でも複数の店舗からマイナンバーを書面で集める際や、外部委託した税理士や業者の事務所にマイナンバーを書面で届ける際に起こりえます。これから従業員などのマイナンバーを収集するという中小企業では、こうしたリスクに対して、きちんと対策を立てたうえで、マイナンバーの収集に臨む必要があります。

今回は、実際に中小企業のマイナンバー対応がどこまで進んでいるのか、そのなかで自社対応の場合はどのようなシステムや、外部委託を選択できるのかなど、新たな動きも含めて現状の傾向を探っていきます。

まだシステムの整備まで進んでいない中小企業も多い?

1月21日、MM総研が「マイナンバー制度対応システム・サービスの導入実態調査」(以下「導入実態調査」)を発表しました。このなかで、[図1]のとおりマイナンバー制度対応に「既に取り組んでいる企業」は69.9%となっています。

[図1]マイナンバー制度対応に向けた社内の進捗状況
MM総研 「マイナンバー制度対応システム・サービスの導入実態調査」より

この「既に取り組んでいる」としているうち、社内でシステム対応しているのは45.5%、外部組織に委託する形態で対応しているのが24.4%となっています。

社内対応であれ外部委託であれ「既に取り組んでいる」としている企業が70%近くいるなかで、この時点で「どのように対応するか計画中」としている企業が26.1%あります。また、残り3%は「まだ何も着手していない」などマイナンバー対応がまったく進んでいない企業がこの時点でもあることがわかります。

では、「対応している」としている企業は、マイナンバー取り扱いの入り口となる従業員などからのマイナンバーの収集まで、この時点で完了できているのでしょうか?

この「導入実態調査」では業務ごとの対応状況についても[図2]の通り、調査結果が公表されています。

従業員の入退社にともなう雇用保険の被保険者資格取得届・喪失届ではすでにマイナンバーの記載が必要となっており、給与計算にともなう源泉所得税関連の業務では従業員および扶養親族のマイナンバーが2016年分の給与所得から必要となることから、「対応済み」49.1%で「人事・給与」がトップにきていることは当然のことと考えられます。ただし、ここで対応済みとしている内容は、おそらくマイナンバーに対応したシステムの改修やバージョンアップが対応済みということであり、実際にマイナンバーを収集し、保管・管理まで対応できているのかというと、次の「マイナンバーの保管・管理」ができているかを見る必要があります。この「マイナンバーの保管・管理」について、「対応済み」と答えた企業は43.0%となっています。

「既に取り組んでいる」とする企業が約70%あるなかで、「マイナンバーの保管・管理」まで「対応済み」の企業はまだ43%であるということは、マイナンバーの収集からはじまる本格的なマイナンバーの取り扱いは、まだまだ進行中であるということがいえます。

この調査では、企業規模による取り組みの違いまでは明らかではありませんが、中小企業ではどのような状況なのかという視点で見ていくと、「既に取り組んでいる」や「マイナンバーの保管・管理」まで「対応済み」となる割合は、上記のような数字よりもかなり低くなるのではないかと思われます。

中堅企業でも従業員などへマイナンバー収集に向けた通知などは行われていても、収集自体はこれからという話もよく聞かれます。4月に新入社員を迎え入れる企業では、それまでに既存の従業員からマイナンバーを収集し、整備されたマイナンバーの収集・保管体制のもとで、4月に入社してくる従業員からスムーズにマイナンバーを収集する、そういった計画を立てている企業が多いようです。「既に取り組んでいる」企業でも「マイナンバーの保管・管理」を「検討中」としている企業などはこのような計画を立てているのではないでしょうか。

マイナンバーの収集・保管がこれからという中小企業もまだ遅くはありません。上記のような計画の立て方を参考にしつつ、現状がシステムの選択も含めて「検討中」という状況であれば、社内のマイナンバー管理体制(組織的・心的安全管理措置)を整えつつ、物理的・技術的安全管理措置への対応やコストなどの負担の違いなどを考慮して、システムの検討を進めることが大事になってきます。

マイナンバー対応のシステム 今年に入って新たな動きが…

この「導入実態調査」では、そのほかにマイナンバー制度対応に向けたシステムやサービスで不安に感じていることや、今後システムやサービスで重視・期待する機能についても調査結果が公表されています。

マイナンバー制度対応に向けたシステムやサービスで不安に感じていることでは「情報漏えいリスク」が66.5%でトップにきています。また、今後重視・期待する機能については「セキュリティへの対応力の高さ」が44.7%でやはりトップにきており、マイナンバー対応のシステムやサービスに対して「情報漏えいリスク」を防ぐ機能が強く求められていることがわかります。

昨年のうちに出尽くした感のあったマイナンバー管理システムに、1月に入って、ひとつ大きな動きがありました。家電量販店のPCソフトコーナーに並んでいる主要な給与パッケージソフトなどが、マイナンバー管理について、税理士事務所向けにマイナンバー管理システムを提供しているベンダーと相互連携する仕組みを、2016年4月より順次提供することを発表しました。

これらの給与パッケージソフトでは支払調書に対応していないことや電子申告・申請に対応していないことから、これらの給与パッケージソフトを使用する中小企業が税理士事務所に年末調整や法定調書の作成を依頼しているケースが多く、税理士事務所側で使用しているソフトで源泉徴収票や支払調書を作成し、提出は電子申告・申請で行うという関係ができていました。そうした関係から税理士事務所向けに年末調整・法定調書システムを提供してきた当該ベンダーと給与パッケージソフトとの間では従来、給与データを連携する仕組みが作られていましたので、こうした連携機能を利用する中小企業・税理士事務所のことを考えれば、今回のマイナンバー管理についての連携は当然予想されたものではありました。

この相互連携の提供時期が2016年4月より順次ということは、年末調整や法定調書の作成で本格的にマイナンバーの記載が必要となる来年1月に向けてということなのでしょうが、実際に従業員の入退社にともなう手続きでマイナンバーの利用は始まっています。これに対応するために、これらの給与パッケージソフトを使用してきた中小企業ではマイナンバー対応にバージョンアップし、すでにマイナンバーの収集、保管を行っている中小企業もあります。こうした中小企業が、税理士事務所との関係で当該ベンダーのソフトとマイナンバー管理で連携を取る場合、両者でマイナンバーを持つことになると、本格的に年末調整から法定調書の作成を担う税理士事務所がシステム周りの安全管理措置をとることは当然としても、マイナンバーの管理を委託する中小企業側も安全管理措置をとらなければならないことになり、外部委託による負担軽減というメリットは見いだせないことになります。

先に見たとおり、マイナンバー管理のシステムに対しては「情報漏えいリスク」を防ぐ機能が最も強く求められています。この相互連携のような仕組みは、それぞれのシステムで当然セキュリティ対策がとられているとしても、従業員などのマイナンバーが一時的にせよ二重に管理される状態となると、マイナンバーの管理主体とならざるをえない中小企業にとって、リスクを軽減することにはならないと考えられます。

今年に入ってこうした動きが新たに出てくることは、中小企業でのシステム選択からマイナンバーの収集・保管など、実際のマイナンバー対応がまだまだ「検討中」のまま進んでいないことを意味しているともいえます。次回は、システム選択・外部委託のサービスなど現状提供されているシステム・サービスを整理し、中小企業にとって「情報漏えいリスク」をより軽減できるシステム・サービスの選択肢を探っていきたいと思います。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。