中小企業の多くが利用する給与計算パッケージソフトが10月末から11月中旬にかけてマイナンバー対応のバージョンアップ版をリリースするなど、ようやく中小企業を対象としたマイナンバー関連ソフトウェアもそろってきました。

そして、家電量販店などではこれらの給与計算パッケージソフトを並べたコーナーで、そのほかにマイナンバー対応のための関連製品(シュレッダーや金庫など)をカタログなどで案内しています。また、これら家電量販店のWebショップでもマイナンバーコーナーを用意し、収集・保管・利用・廃棄とマイナンバーの取り扱いのプロセスに合わせて製品を紹介し、売り込みをはかっています。

今回は、中小企業向けに売り込まれているこれらマイナンバー対策製品の傾向と、実際にとるべきマイナンバー対策がきちんとかみ合っているのかという視点で、マイナンバー商戦の現状を整理してみましょう。

中小企業、特に小規模企業では、紙でのマイナンバー管理が主流になる?

家電量販店やそのWebショップのマイナンバーコーナーのなかで、紙での保管を前提とした金庫や鍵付きの書棚や、マイナンバー利用時の区域管理のためのパーティション、また紙を廃棄するためのシュレッダーなどのオフィス機器が売れているようです。中小企業内ではもともと取引先の情報や従業員の給与情報など社外秘や部門秘の情報を取り扱っているわけですから、マイナンバーも含めてセキュリティ対策を見直す一環としてこれらが導入されているのであれば、それは良い傾向とみることができます。その一方で、紙でのマイナンバー収集・保管ツールが売れていることと考え合わせると、中小企業のなかでも特に小規模な企業ではマイナンバーを紙で収集し、金庫などに保管するようなマイナンバー管理がひとつの流れになっていきそうです。

制度的に紙での保管などが求められているものがあるのか

もともと、源泉徴収票などの作成も紙ベースで行っていれば、マイナンバーの管理も紙ベースで行うことは、ある程度自然な流れといえます。

では、制度的に紙ベースでの利用や保管が必須なものはあるのでしょうか? このあたりは、従来紙でのやり取りや保管が必須とされていたものが、10月以降で大きく変更されている点を確認しておく必要があります。

  • 従業員本人へ交付する源泉徴収票にはマイナンバー記載不要

9月まで、従業員へ交付する源泉徴収票には従業員本人および扶養親族のマイナンバーを記載することは必須とされていました。ただし、従業員が所得証明などで金融機関などに源泉徴収票を提出する場合は、マイナンバーの本来の利用方法ではないことから、マイナンバーを確認できないようにマスキングして提出しなければならないなど、企業としても従業員としても手間のかかる処理が問題になっていました。ところが、10月2日の所得税法施行規則などの改正により、従業員本人に交付する源泉徴収票などには、マイナンバーの記載は不要となりました。

この改正をうけ公表された平成28年分の給与所得の源泉徴収票の確定様式では、[図1]のとおり税務署提出用で個人番号欄となっている箇所が、本人交付用では斜線が引かれ番号が記載できないようになっています。

[図1]平成28年分以後の給与所得の源泉徴収票(左が本人交付用)
国税庁ホームページより

  • 扶養控除等申告書も条件付きでマイナンバー記載不要

毎年年末に従業員が会社に提出する「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」(以下「扶養控除等申告書」)ですが、マイナンバーの利用開始は平成28年1月からとなっていますので、平成28年分の扶養控除等申告書を平成27年中に提出する場合は、法令上、マイナンバーの記載義務はありません。ただし、平成28年1月以降に提出する扶養控除等申告書については、従業員本人および扶養親族のマイナンバーを記載することが義務となります。ところが、これについても一定の条件を満たせばマイナンバーを記載する必要がなくなりました。

国税庁が10月28日に一新した「社会保障・税番号制度<マイナンバー>FAQ」サイトに「源泉所得税関係に関するFAQ」が新設され、そのなかのQ1-9で、「給与支払者と従業員との間での合意に基づき、従業員が扶養控除等申告書の余白に『個人番号については給与支払者に提供済みの個人番号と相違ない』旨を記載した上で、給与支払者において、既に提供を受けている従業員等の個人番号を確認し、確認した旨を扶養控除等申告書に表示するのであれば、扶養控除等申告書の提出時に従業員等の個人番号の記載をしなくても差し支えありません」としています。

つまり、従業員から本人および扶養親族のマイナンバーを扶養親族等申告書に記載する以外の方法で収集し、きちんと従業員とマイナンバーを紐付けて管理していれば、事業者(給与支払者)と従業員の合意をもとに、平成28年1月以降に提出する扶養控除等申告書でも、マイナンバーを記載する必要はないということです。

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10月に入ってからでてきた上記の変更は、制度上必要だった紙でのマイナンバーのやりとりや保管について行政機関側が事業者の負担を軽減するために見直した措置だということができます(上記の「源泉所得税関係に関するFAQ」のQ1-9では(注)として「給与支払者の個人番号に係る安全管理措置への対応の負担軽減を図るため」ということが明記されています)。

もともと、マイナンバーが記載された扶養控除等申告書については事業者が保管義務を負うことから、制度上マイナンバー入りの扶養控除等申告書を保管しなければならないのであれば、紙で収集・保管しても実際にやらなければならない安全管理措置は同じことだというような考えで、紙での管理に流れている傾向がありました。しかし、上記のような変更により制度上の扱いも大きく変わり、マイナンバー入りの書面を保管しなければならないものはなくなりましたので、紙でのマイナンバー管理については、この際再考し、ITの活用を検討することをお勧めします。

マイナンバー対応の給与計算パッケージソフトでどこまで対応できるのか

家電量販店のWebサイトのマイナンバーコーナーでは、利用シーンでの対象製品としてマイナンバー対応の給与計算パッケージソフトが販売されています。もともと中小企業の多くがこれらの給与計算パッケージソフトで給料(賞与)計算を行っていますので、今使っているソフトのマイナンバー対応のバージョンアップを行うことになるのではないでしょうか。そうすると、給料(賞与)計算を行っているパソコンにマイナンバーを登録・保管することになります。

以前も書きましたが、給与計算パッケージソフトの多くは年末調整には対応していますので、税務署に提出する「源泉徴収票」や「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」(以下「合計表」)、市町村に提出する「給与支払報告書」などのマイナンバーの記載が必要となる書類には対応していますが、「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」、「不動産の使用料等の支払調書」などの支払調書まで対応しているものは少ないのが実際です。

では、これらの中小企業では、これまでこれらの支払調書の作成はどのようにしていたのでしょうか。多くの中小企業では、支払調書および「合計表」の作成については、税理士に依頼しています。その場合、税理士事務所では「源泉徴収票」のデータも受け取り、事務所で作成した支払調書および「合計表」とあわせて、事務所が代理で提出(電子申請であれば代理送信)しているケースもあります。

こうしたケースでは、最終的に従業員などのマイナンバーが記載された書類を作成するのは税理士事務所ということになりますので、従業員や支払先となる取引先のマイナンバーの取り扱いについて、はじめから税理士に委託し、中小企業側では利用している給与計算パッケージソフトにはマイナンバーを登録しないようにすると、マイナンバーに対する安全管理措置などの負担を軽減することができます。ただし、市町村に提出する「給与支払報告書」の作成、提出は中小企業側で行うとなると、従業員や扶養親族のマイナンバーを給与計算パッケージソフトに登録し、保管・利用することになります。そうすると、同じ従業員や扶養親族のマイナンバーが中小企業と税理士事務所の2箇所で管理されることになり、それぞれが安全管理措置を講じるなどリスク対策も2重になってしまいます。この際、この「給与支払報告書」の作成、提出も税理士に依頼するのか、これまで通り自ら行うのか、税理士と相談してよりリスクを軽減できる方法を考えることが大事です。

給与計算パッケージソフトでは対応していない支払調書を、これまで手書きで作成しているような中小企業では、支払先である取引先のマイナンバーは紙で管理し、従業員などのマイナンバーはパソコンで管理するというようになってしまいます。この場合は、書面でのマイナンバーに対する安全管理措置と、パソコンに登録されたマイナンバーの安全管理措置と2重に考慮しなればならなくなりますので、どうしても負担は大きくなります。これまで通りのやりかたでマイナンバーに対応するのではなく、支払調書の作成まで対応しているパッケージソフトに切り替えるか、身近な税理士に相談するか、検討してはいかがでしょうか。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。