マイナンバー通知カードの送付が進み、マイナンバーを付与された個人レベルでも、マイナンバーの取り扱いが避けられない中小企業でも、以前よりもマイナンバー制度への認識が進んできています。家電量販店などの給与ソフトを陳列したコーナーを訪れる中小事業者も増えてきているようです。
急ぎマイナンバー対応を進めようとする中小企業では、紙ベースでの収集・保管ツールを購入する企業も多いようです。また、税の分野でマイナンバーの取り扱いの委託を受ける税理士も紙ベースでマイナンバーを収集しようとするケースが多いようです。
こうした傾向は、マイナンバーの収集からシステム化されたクラウドサービスが提案されている一方で、中小企業のIT化への取り組みが遅れている状況を反映したものといえます。
マイナンバー制度が社会的なインフラとして定着する社会では、行政分野を中心に紙を前提としたプロセスを見直し、オンラインサービスでプロセス全体を電子化する本格的なIT社会を目指しています。紙ベースでマイナンバーをやりとりし管理していく方法は、利用・提出も紙ベースとならざるを得なくなり、マイナンバー制度の将来に事業者として対応していくことが困難となる状況も想定されます。
今回は、IT化の遅れている中小企業でも、継続的にマイナンバーを取り扱っていかなければならないことを考えて、マイナンバー制度への対応をきっかけにIT化を進めることについて考えてみます。
中小企業の経営課題とIT活用
2013年版中小企業白書の「情報技術の活用」という章では、情報技術(IT)がスマートフォンやタブレット端末などの新しい情報機器やクラウドコンピューティングなどの新しい情報サービスにより、情報処理能力・利便性・コストパフォーマンスいずれもが大幅に向上し、低コストでのIT活用が可能となってきている状況下での、中小企業のIT活用の課題をとりあげています。
[図1]は2013年版中小企業白書のなかで中小企業が重視する経営課題について、特に小規模企業(製造業など従業員20人以下、卸・小売・サービス業では5人以下の企業)について、「経営課題別のITの活用が必要と考えている企業の割合とITを導入した企業の割合」をグラフにしたものです。
[図1] 経営課題別のITの活用が必要と考えている企業の割合とITを導入した企業の割合(小規模企業) |
経営課題として上位を占める「コストの削減、業務効率化」、「営業力・販売力の維持・強化」、「新規顧客の獲得」をみてみると、ITの活用が必要と考える経営者がいずれも60%前後いるにもかかわらず、実際にITを導入した割合はそのうち50%前後にとどまっています。これが中規模企業になると、ITの活用が必要と考える経営者の割合が10~20ポイント高くなり、実際にITを導入した割合も10~15ポイント高くなります。
ここからみえてくる小規模企業の課題は、ひとつは経営課題の解決にITの活用が必要ではないと考えている層が多いこと、もうひとつは経営者がITの活用が必要と考えても実際の導入までなかなか進めないということになります。
経営課題の解決にITの活用が必要ではないと考えている層でも、会計や給与など、低価格のパッケージソフトで対応可能な業務領域ではIT活用している企業もあり、必ずしも経営者が無関心というわけではないと考えられます。
[図2]はIT活用が必要と考えているがITを導入していない理由を従業員規模別にまとめたものです。
[図2]従業員規模別のITを導入していない理由(複数回答) |
従業員が0~5人規模の企業では、「コストが負担できない」とする企業が最も多くなっています。これは次にくる「導入の効果が分からない、評価できない」とする回答と重なりあう回答であり、導入の効果がコストを上回るものと理解できれば、ITの導入・活用は進むと考えられます。ただし、従業員が0~5人、6~20人規模では、「ITを導入できる人材がいない」とする企業が、上記の理由についで多くなっており、ITを導入できる人材の不在が導入への壁になっている状況がうかがえます。
さまざまな業務に対応したクラウドサービスの登場など、ここで取り上げた調査が行われた時点からわずかな間に、IT活用の環境はどんどん進化しています。ITに詳しい人材がいなくても容易に導入でき、かつコストパフォーマンスが高いと実感できるクラウドサービスがさまざまな業務分野でそろってくるとともに、小規模な企業への導入を手助けできるようなサービスが整ってくると、従業員20人以下の小規模な企業でも経営課題へのIT活用が進められるようになってくると考えられます。実際に、この2013年版中小企業白書では、そうした事例も多くとりあげられています。
マイナンバー対応も経営課題としてIT活用で取り組む
中小企業にとってマイナンバー対応は、前項でみたような経営課題とは別次元の制度として強いられる課題のように感じている企業が多いのではないでしょうか。確かに、本業の業績アップのために取り組む経営課題に比べると、マイナンバー対応はマイナンバーを「守る」ために取り組まざるをえない課題であり、経営者が感じるレベル感に違いがあることは致し方ないことではあります。
ただし、企業が収集した従業員およびその扶養親族や取引先のマイナンバーを紛失や漏えいしてしまうと、故意ではないとしても、企業の信用にかかわる問題になりかねません。そういう意味では、マイナンバー対応を重要な経営課題と位置づける必要があります。そして、マイナンバー制度の将来を俯瞰して、他の経営課題と同様にITの活用も考えることが大事になってきます。
前項で取り上げた中小企業白書では、中小企業がIT導入・活用で効果が得られたケースの理由として「ITの導入の目的・目標が明確だった」、「経営者が陣頭指揮を執った」などが高い割合で挙げられています。
これをマイナンバー対応にあてはめて考えると、経営者がマイナンバー制度について認識を深め、マイナンバー対応としてしなければならないことを確認したうえで、紙での収集・保管に伴う紛失や漏えいのリスクをとるのか、ITの導入でそのリスクを軽減するのか、まずはっきりと決めることです。そして、ITの導入目的・目標を、マイナンバーの収集・保管(廃棄)・利用・提出に対応して各プロセスで継続的に安全に運用できることに定め、システムの選択、導入へと進むことになります。ただし、この経営者の自覚と、何をやらなければいけないかということに対する理解が進まないことが、現実にはシステム選択まで進めない障壁となって、中小企業の対応の遅れとなっていることも事実です。ここは、まず身近なところでアドバイザーになってくれる税理士や社会保険労務士などに相談するところから始めるのが中小企業にとっては、制度への理解を深める近道となります。
そして、税理士や社会保険労務士にマイナンバーの取り扱いを委託することも、ひとつの選択肢として考えるとともに、その場合でも、マイナンバーの取り扱いにともなう紛失や漏えいなどのリスクを少しでも軽減するためにITを導入し活用することをお勧めします。その場合に課題となるのは、システムの選択ということになりますが、これまでの連載でも書いてきたとおり、マイナンバーの収集からシステムに組み込まれ、保管もセキュリティ対策が施されたデータセンターで行われるクラウドのマイナンバー管理システムが、現状ではベストな選択となります。
クラウドのマイナンバー管理システムを中心にマイナンバー対応のシステム選択を考え、これをIT導入・活用の機会としてその他の経営課題についてもクラウドの活用を考えていく契機とすることをお勧めします。
著者略歴
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。