デジタル庁の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、「行政手続のデジタル化」で従来からの課題を引き継いで多くの課題が掲げられるとともに、今後経済界の要望も組み込んでいくとさらに多くの課題を掲げることになりそうです。そんななか、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、税務申告などの税務行政手続のデジタル化への言及はほとんどありませんでした。
電子申告・申請を担う国税電子申告・納税システム(以下、e-Tax)がそれだけ利用が進んでいる現状を反映しているのでしょうか。
今回は、e-Taxに代表される税務行政手続デジタル化の現在地と将来の構想をみていくことで、これから予定されている「行政手続のデジタル化」のより良い実現の仕方を考えていきましょう。
e-Taxの現在地とこれまでの歩み
(図1)は8月12日に発表された国税庁の「令和3年度における e-Tax の利用状況等について」のなかの「e-Tax利用率の推移」のグラフです。
このグラフでは主な税目である消費税申告が掲載されていませんが、この資料の別ページで示されている消費税申告のe-Tax利用率は以下のようになっています。
30年度 | 元年度 | 2年度 | 3年度 | |
---|---|---|---|---|
消費税申告(法人) | 80.1% | 84.4% | 85.7% | 88.7% |
消費税申告(個人) | 55.1% | 58.0% | 67.8% | 68.4% |
相続税は、法人税や所得税・消費税に比べて申告数が少ないことから、電子申告に対応していませんでしたが、令和元年(2019年)10月から対応されました。そのため、現状の利用率は法人税や所得税に比べて低くなっています。
e-Taxは(図1)にある通り、平成16年度(2004年度)にスタートしていますので、ここまで18年が経過しています。
スタート当初は利用率が伸びない時期がありましたが、いろいろ改善されることによって利用率を伸ばしてきました。
中小企業の法人税や個人事業者の所得税の申告は、税理士が申告書の作成・提出を委嘱されることが多いことから、スタート当初から国税庁は税理士にe-Taxに取り組むよう要請してきました。また、税理士に税務申告ソフトを提供しているベンダーにもe-Taxに対応するとともに、税理士がe-Taxを利用できるようにサポートするよう要請してきました。 それに応えて、税理士の方々は税理士会を挙げた取り組みを進め、これに呼応して税務申告ソフトベンダーもe-Taxの利用を勧める取り組みを始めました。
それでも当初利用率が伸びなかった原因の一つは、書面の場合と同じことをe-Taxでも求めたからです。
税理士が申告書を作成した場合、書面の申告書には税理士が署名・押印しますが、納税者である法人代表者や個人事業主も押印することになっています。書面でのこのルールを、e-Taxのスタート当初そのまま持ち込んだのです。書面での押印は、e-Taxでは電子証明書での電子署名に置き換えられます。書面では納税者も税理士も押印しているのだから、e-Taxでも納税者も税理士も電子署名する必要があるとされたのです。
税理士の場合は、日本税理士会連合会が自ら認証局を設立・運営し、税理士専用の電子証明書を発行できる体制を作り、税理士に取得を促しましたので、e-Taxに取り組む税理士はこれを取得してe-Taxに取り組む環境を準備していきました。一方納税者は、当時の住民基本台帳カードを取得する必要がありました。このため居住地の市区町村の役所に行く手間がかかります。また、税理士に申告書の提出も任せている場合は、e-Taxを利用して申告することで得られる「税務署に行かなくても良い」というメリットを感じることもありませんので、税理士に促されても納税者の住民基本台帳カードの取得は進みませんでした。 このような状況ですので、税理士がe-Taxを積極的に利用しようとしても、なかなか件数が伸びない時期がありました。
そのため、税理士会やベンダーから、「税理士の電子署名だけで送信できるようにしてほしい」という要望が出され、その結果、平成19年(2007年)1月より、税理士が納税者の依頼を受けて申告書等を作成し、e-Taxを利用する場合は納税者本人の電子署名を省略できるようになりました。この「代理送信」と呼ばれる仕組みができてから、税理士のe-Taxへの取り組みが本格化し、その後の利用率の伸びにつながっています。ただし、税理士による利用率の伸びは、あくまで中小企業の法人税や個人事業者の所得税に止まります。
所得税の場合は、令和3年(2021年)分でも申告件数は約2,285万件あり、その大半は給与所得者等が行う医療費控除などの還付申告と言われています。ここで当初問題だったのは、医療費の明細など第三者が作成した書類を別途送付しなければならないことでした。所得税申告書はe-Taxで電子送信できるのに、源泉徴収票や医療費の明細などの書類は別途送付するという手間がかかる状況でした。これも令和19年(2007)分の所得税申告から、源泉徴収票や医療費の明細などについては、その記載内容を入力して送信することにより別途送付の省略を可能としました。この施策は、別途送付する書類がある場合に効果がある施策ではありましたが、給与所得者のような個人が手軽にe-Taxを利用するには当時はまだ環境が整っておらず、国税庁が提供する「所得税申告書作成コーナー」がe-Taxと連携して使いやすくなってから、徐々に件数を伸ばし始めてきたような状況です。
政府が実施している「行政手続のデジタル化」のなかでも、e-Taxの利用率は良い方に入ると考えられます。
ただし、e-Taxでも書面の仕組みのままデジタル化したり、紙の書類の添付(別送)を求めたりして利用率を伸ばせない時期があったことはきちんと押さえておく必要があります。 これから多くの行政手続をデジタル化するにあたっては、書面の仕組みをデジタルに適した仕組みに組み替えることや、添付が必要な書類もなくせるものはなくす、どうしても必要なものはそれも含めてデジタル化するといった考え方を原則として取り組んでほしいと思います。
e-Taxの利用率を伸ばすための今後の施策{#ID2}
(図1)では、令和5年(2023年)度に目標とする利用率も記載されていますが、この目標については、これまでの推移も見てくると適正な目標ではないかと思います。
特に所得税については、毎年のように新たな施策が講じられ、それに応じて利用率が伸びているからです。8月12日に国税庁では「国税庁ホームページでの所得税等の申告書等作成・e-Taxがますます便利に!」というページを公開しました。
ここでは、令和4年(2022年)分の所得税の申告からの施策として以下の3つが掲載されています。
マイナンバーカードの読み取りが1回に!
マイナンバーカード方式を利用して申告する場合、マイナンバーカードの読み取りが1回で済むようになります。
青色申告決算書・収支内訳書がスマホで作成可能に!
パソコンで作成しなければならなかった青色申告決算書・収支内訳書がスマホでも作成できるようになります。
マイナポータル連携による申告書の自動入力対象が拡大!
すでにマイナポータル連携している生命保険の控除証明書などに加えて医療費通知情報(1年間分)などが新たにマイナポータル連携の対象になります。
(図2)は国税庁が令和3年(2021年)6月公開、令和4年(2022年)2月改定した「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」のなかの確定申告に関する工程表です。
確定申告に関する必要なデータの自動連携・取込の取り組みが、この時点の工程表と上記の新たな施策と比較してみると着実に実現していることがわかります。
所得税のe-Tax利用は、医療費控除などで還付申告する給与所得者が多いため、こうした人たちが積極的にe-Tax利用に向かわなければ利用率は上がりません。そこを意識して次々に施策を講じてきていることは良い取り組みと言えるのではないでしょうか。
上記のマイナポータル連携は、マイナンバーカードを取得しなければ利用できません。マイナポータルを主管するデジタル庁もこうした動きを後押ししているようです。
8月25日に開催された「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の会議にデジタル庁から提出された資料「マイナポータルAPI(情報取得系)の現在地と将来像」のなかで(図2)の国税庁の施策を取り上げたページが(図3)です。
右の「Point」にある通り、自動入力化が進む一方で、課題を「給与」と「事業・雑」データは未実装であり、この部分は「社保税OSS」の「データポータビリティ」が実現され対象が広がることで、順次実装されるといったことが記載されています。
「社保税OSS」とは、「社会保険・税手続のワンストップサービス」のことです。この連載でも第95回とその次の回で取り上げています。
(図4)は(図3)と同じデジタル庁の資料で「社保税OSS」の全体像とデータポータビリティについて説明したものです。
この後のページでは、源泉徴収票を「社保税OSS」を利用してクラウドから提出することを前提として、確定申告で給与所得者である納税者がそのクラウドにあるデータを利用できるとしています。
現在、源泉徴収票はその他の支払調書と合わせて法定調書としてe-Taxで電子申告できます。地方自治体に提出する給与支払報告書はeLTAX(地方税ポータルシステム)で電子申告できます。
e-TaxとeLTAXでは、eLTAXに給与支払報告書を提出することでe-Tax側に必要な源泉徴収票を提出できる仕組みも用意されていますが、その他の支払調書は別途e-Taxで送信しなければなりませんので、この仕組みはあまり使われていないようです。そこに「社保税OSS」といった新たな仕組みを足しても、本当にワンストップにならない限りは使われないのではないでしょうか。
源泉徴収票は必ず給与所得者本人に交付されます。この交付をe-Taxで取り込めるようなデータで交付する方法を検討した方が、より簡単な方法になるのではないでしょうか。
また、「事業・雑」とは事業所得と雑所得のことですが、事業所得は会計システムなどで収入・支出を管理しておけば、そこから連動して所得税の確定申告書が作れるシステムを事業者本人または関与している税理士が利用しています。
ここではデータポータビリティということが重視されているのでしょうが、民間ですでに運用されている仕組みをさらに便利にする方向に進むのであれば良いですが、給与を支払う事業者等に負担がかかるような方法にならないようにしていただきたいと思います。
e-Taxは国が行う「行政手続のデジタル化」のなかで、優秀な利用率を上げており、今後も利用率が伸ばせるものだと思います。ただし過去を振り返ると、スタート直後は利用が進まない時期があったのも事実です。今後の改善施策においても、e-Taxの現在地を確認し、現場の「困った」を解決するような施策を講じて欲しいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問