昨年12月、デジタル庁として初めてとなる「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」)が閣議決定されました。そして、約半年後の今年6月7日2022年度版となる「重点計画」が閣議決定されました。この新しい「重点計画」では、この半年の間に連載でも取り上げた項目が盛り込まれています。

今回は、これらの項目の内容をみていきましょう。

基本戦略に「アナログ規制の一掃に向けた取り組み」追加

2022年度版「重点計画」は、以下の通り、前回と同様の構成になっています。

1.はじめに~重点計画の目的~
2.デジタルによりの目指す社会の姿
3.デジタル庁の役割
4.デジタル社会の実現に向けての理念・原則
5.デジタル化の基本戦略
6.テジタル社会実現に向けた施策
7.今後の推進体制

前回の「重点計画」から半年余りですので、理念や原則は変わりありませんが、この連載で前々回取り上げたデジタル臨時行政調査会で議論されてきた「アナログ規制」の一掃に向けた取り組みが、「デジタル化の基本戦略」の「デジタル社会の実現に向けた構造改革」の項に「デジタル原則を踏まえた規制の横断的見直し」として盛り込まれています。

(図1)は「重点計画(概要)」の「デジタル社会の実現に向けた構造改革」の冒頭部分です。

(図1)では、デジタル臨時行政調査会で議論されてきたことが要約されて示されていますが、「重点計画」本文では、アナログ規制7項目の見直し方針などが詳しく記述されています。そして、経済界から要望の多い「行政手続きのデジタル化」についても、以下のように言及しています。

「7項目に加え、行政手続について、エンドツーエンドでのデジタル完結を目指した改革に取り組む。その際には、行政機関への申請等について、原則、令和7年(2025 年)までにオンライン化する方針となっているところ、書面による交付・通知を行う手続のデジタル化にも取り組むとともに、引き続き、地方公共団体等と事業者との間の手続のデジタル化、行政手続におけるキャッシュレス化を推進する。加えて、件数が多い手続については、多くの国民や事業者が実際にデジタル化のメリットを享受できるようになるまで取組を徹底する観点から、引き続き、オンライン利用率を大胆に引き上げる取組を推進する。」としています。

この「行政手続きのデジタル化」については、別途「オンライン化を実施する行政手続の一覧等」という資料が用意され、デジタル化を進める行政手続として、

・国が執り行う行政手続 60手続
・地方公共団体等が執り行う手続 8手続

また、添付書類の省略について、

・添付書類の省略を実施する行政手続 9手続

が掲げられています。

ここに掲げられた手続は以前から議論されていたものが多いようですので、経済界から要望の多い「行政手続のデジタル化」の具体的な内容については、まだ上記の資料には反映されていないようです。

「重点計画」本文では、この経済界の要望について(図2)のような整理をした上で、2022年度末までに見直し方針を決定、公表するとしています。

経済界からの要望は、民間企業等の負担となっている手続を多く取り上げていることから、きちんと取り組んで成果を上げられるような実現可能な計画を立案して欲しいと思います。

「マイナンバーカードの健康保険証利用」内容更新

「重点計画」におけるマイナンバー制度については、前回同様「デジタル社会の実現に向けた施策」の「国民に対する行政サービスのデジタル化」の項で、「マイナンバー制度の利活用の推進」「マイナンバーカードの普及及び利用の推進」として施策が展開されています。

(図3)は「重点計画(概要)」の「マイナンバー制度の利活用の推進」「マイナンバーカードの普及及び利用の推進」のパートです。

「マイナンバー制度の利活用の推進」については、前回から大きな変更はありませんが、「マイナンバーカードの普及及び利用の推進」の目玉政策であった「マイナンバーカードの健康保険証利用」について、前回この連載でも取り上げた厚生労働省が「更なる対策」として掲げた「オンライン資格確認システム」の導入義務化などが、ほぼそのまま記載されています。

一方、「重要計画」の一部である「工程表」で「マイナンバーカードの健康保険証利用」のスケジュールを確認すると(図4)のようになっています。

この工程表では、「マイナンバーカードの健康保険証としての利用の推進」について、2022年度中に「おおむね全ての医療機関等での導入を目指す」とし、前回の重点計画からほとんど変わっていません。「オンライン資格確認システム」の導入義務化や、健康保険証発行の選択制の導入や原則廃止とする方向性が「重点計画」では示されているのに、工程表に反映されていないということはどういうことなのでしょうか?

「オンライン資格確認システム」の導入義務化などの方針を打ち出した厚生労働省とデジタル庁の間で、この件について調整がついていないのでしょうか?

と考えあぐねていたら、8月9日日本経済新聞の朝刊に「マイナ保険証 窓口負担減」という記事が掲載されました。

4月に一度引き上げた「マイナンバーカードの健康保険証利用」の初診料等を引き下げ、通常の健康保険証利用の場合の初診料等を引き上げることで、患者が「マイナンバーカードの健康保険証利用」をするインセンティブにしようとしているようです。4月の診療報酬改定では医療機関側にインセンティブを与えようとした厚生労働省ですが、「マイナンバーカードの健康保険証利用」で患者負担が増えることへの反発は相当に大きかったようで、早々に見直しに追い込まれたようです。

こうした動きもあって、今回の工程表に「重点計画」に書かれているスケジュールが工程表に反映されていないのかもしれませんが、何れにしても、デジタル庁が厚生労働省を主導して現場の課題に向き合い、計画の見直しも含めて工程表に掲載できるスケジュールを立案すべきではないでしょうか。

「重点計画」本文では、「マイナンバーカードの健康保険証としての利用の推進」の項で、最後に以下のような文書が追加されています。

「訪問診療・訪問看護等のオンライン資格確認の仕組みの構築を進めるとともに、マイナンバーカードの機能(電子証明書)のスマートフォン搭載に対応したオンライン資格確認の検討を進める。」

第7波のコロナ感染拡大で増え続ける自宅療養などを考慮されたのでしょうか。確かにマイナンバーカードの機能(電子証明書)のスマートフォン搭載に対応したオンライン資格確認システムができれば、患者の自宅でもオンライン資格確認ができる利用の仕方も可能になると考えられます。こちらの施策を先行させることにより、医療機関等へのオンライン資格確認システムの普及を促すという考え方があるようにもみえます。

ただし、「訪問診療・訪問看護等のオンライン資格確認の仕組みの構築」が機能するためには、自宅療養者がマイナンバーカードを持っていなければなりません。

「マイナンバーカードの健康保険証利用」は、「マイナンバーカードの交付枚数」と「マイナンバーカードの健康保険証利用のための医療機関等の利用環境整備」の両方が進捗しないと機能しません。良い先行事例を作ることで、徐々に「マイナンバーカードの健康保険証利用」が進むことも考えられますが、そのための計画は、現場の課題に向き合って解決していくことから始めなければうまくいくとは思えません。

「マイナンバーカードの健康保険証利用」については、「マイナンバーカードの健康保険証利用」の初診料等を引き下げと併せて、「重点計画」にも盛り込まれた「オンライン資格確認システム」の導入義務化などが、今後どのように動いていくのか注視していきたいと思います。

最後にこの「重点計画」という資料のあり方についても触れておきたいと思います。

この「重点計画」ですが、「重点計画」本文140P、その他「施策集」88P、「オンライン化を実施する行政手続の一覧等」156P、「工程表」27Pと非常にボリュームがあります。これを制作するだけで、相当の工数がかかると思います。それだけ課題があるのだと思いますが、いろんな施策が優先度もつけられずに並んでいる印象を受けてしまいます。

デジタル化の遅れが指摘されるこの国の「デジタル社会の実現」のための「重点計画」であれば、もっとメリハリをつけて、国民にアピールしやすいものにしていく工夫も必要なのではないでしょうか。

デジタル庁発足以前と変わらないような資料づくりはやめて、施策の優先順位をはっきりと決めて示すことが大事なのではないでしょうか。効果のある先行事例を作るためにも「重点計画」のあり方そのものも見直すべきではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。