6月3日、岸田総理大臣も出席して開催されたデジタル臨時行政調査会(以下「デジタル臨調」)で、「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン(案)」等について、議論が行われました。翌6月4日の日本経済新聞朝刊では『アナログ規制「3年で一掃」 デジタル臨調で首相 まず8割、4000条項』としてこの件が取り上げられました。

今回は、「デジタル臨調」で示された「アナログ規制」の内容や、政府がこれにどう取り組んでいこうとしているのかをみていきましょう。

アナログ規制の一括見直しプランの概要

岸田総理大臣は6月3日、デジタル臨調での議論後に、以下のように語っています

「まず、有識者の皆様方、今日も活発な御議論をいただきまして誠にありがとうございました。デジタル臨調を立ち上げて以来半年、まずは約1万の法令を総点検し、本日、約4,000条項の見直し方針を確定できました。
残る法令の条項、さらには3万の通知・通達等も含めて、工程表に沿って見直しを進め、社会のデジタル化を阻むアナログ的規制を3年間で一掃し、新たな成長産業の創出、人手不足の解消、生産性の向上や所得の増大等を実現いたします。
今後、我が国の経済成長には、デジタルの力を十分にいかすことのできる社会制度への転換が不可欠です。デジタル臨調は、その実現を阻む古い規制と行政組織の改革を省庁横断的に、加速的に進める実行部隊として、立ち上げました。
引き続き、私を会長に、同種の規制を一括して見直す『面の改革』、技術の進展に即した『テクノロジーベースの改革』、未来の法令を念頭に置いた『将来の改革』の3つを掲げ、スピードを最優先に、実行していきます。」

この発言を整理すると以下のように要約できます。

・約1万の法令を総点検し、約4000の条項について見直し方針を確定した
・残る法令の条項なども見直しを進め、アナログ規制を3年間で一掃する
・アナログ規制を見直す『面の改革』、技術の進展に即した『テクノロジーベースの改革』、未来の法令を念頭に置いた『将来の改革』の3つを掲げ、スピードを最優先に実行していく

これらに沿って、6月3日デジタル臨調で実際に示された「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン(案)」の内容をみていきましょう。

(図1)は今回の見直しの対象となった7項目のアナログ項目の内容、(図2)はこれらの項目に対して見直しに向けた類型化とフェーズの考え方を示したものです。

(図1)の通り、代表的なアナログ規制として見直しの項目にあげられたのは、「目視規制」「実地監査規制」「定期検査・点検規制」「常駐・専任規制」「対面講習規制」「書面掲示規制」「往訪閲覧縦覧規制」の7つの項目です。

これらの項目の規制内容は(図1)で説明されていますが、(図2)ではこのうち「目視規制」「実地監査規制」を例に規制内容を目的・趣旨などに応じて類型化し、そのうち検査・点検・監査について、デジタル技術の適用段階をフェーズに分けて整理し、現状のPhase1から「Phase2 情報収拾の遠隔化、人による評価」「Phase3 判断の精緻化、自動化・無人化」と説明しています。

他の規制についても、現状をPhase1として、デジタル技術の適用段階によりPhase2、Phase3の内容を定義し、それぞれの規制についてどのPhaseを目指すのかを担当各省庁と合意し、この見直しの方針が確定した規制の条項数を以下のように示しています。

・「目視規制」1688条項中、1617条項
・「実地監査規制」63条項中、 59条項
・「定期検査・点検規制」947条項中、 877条項
・「常駐・専任規制」894条項中、 260条項
・「対面講習規制」136条項中、 91条項
・「書面掲示規制」616条項中、 339条項
・「往訪閲覧縦覧規制」1010条項中、 652条項

以上を合計して、5354条項中、3895条項について方針を確定したとしています。

また、これらの方針が確定した規制の詳細については「別表1 方針確定リスト」として、今回方針の確定まで至らなかった規制の詳細については「別表2 継続検討リスト」として提示されています。

今回の規制の一括見直しの効果について「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン(案)について」という牧島デジタル相名義で提出された資料の中で具体例を挙げて、(図3)のように説明しています。

(図3)で取り上げられている規制の見直しによる効果は、全体のうちの一部とはいえ多くの業界を横断しており、全てが実行されれば「デジタル社会」の実現に向けて大きな歩みになると思われます。そのためには法改正などを一気に進めデジタルテクノロジーの活用を進めていく必要がありますが、そのスケジュールについては、上記の資料のなかで、(図4)のように示されています。

2022年7月から2025年6月までを「集中改革期間」として、一括的な法改正の検討と具体化を行い、システム整備を進めるとしています。

ただし、法改正等によりアナログ規制がなくなっても、その結果実効性のあるデジタル化が進まなければ、岸田総理大臣の発言にあるような「新たな成長産業の創出、人手不足の解消、生産性の向上や所得の増大等を実現」することはできません。

注目される提言『行政の「無謬性神話」からの脱却に向けて』

今回のデジタル臨調では、アナログ規制の一括見直しプランに加えて、行政改革推進会議の「アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ」(以下「ワーキンググループ」)から『行政の「無謬性神話」からの脱却に向けて』という提言(以下、「提言」)が提出され、その内容が「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン(案)について」という牧島デジタル相名義の資料でも取り上げられています。

(図5)が上記の資料の中で、この提言の概要を示したものになります。

「提言」では、「無謬性神話」を行政の職員が「行政は間違いを犯してはならない、あるいは、現行の制度や政策は間違っていないと考える」こととしています。そして、その弊害を以下のように捉えています。

・解決すべき課題があるとしても、政策効果のエビデンスが揃っていなければ、無用な波風を立て行政の業務の一時的な増加を招きやすい、新たな政策にチャレンジしない
・環境が変化し、政策が社会課題に十分に対応できていなくても、これまでは正しかったと安易に前例踏襲を続ける
・第三者に対する情報の開示や、第三者からの政策への指摘に対して柔軟な姿勢や体制をとることができない
・社会課題が複雑化し、府省庁横断的な対応が必要になっているにもかかわらず、縦割り意識のまま部分最適化に安住し、又は固執するなど、政策の見直し・改善を行わない

これまで法制度として整えられていても、実際には利用率が低いにもかかわらず、長年有効な見直しが行われてこなかった制度や手続きがたくさんあることは、まさに上記のような「無謬性神話」の弊害によるものといえるのではないでしょうか。

このような「無謬性神話」の弊害を打破するために、「提言」ではこの後「機動的で柔軟な政策形成・評価を行う上で留意すべき点」「機動的で柔軟な見直しを可能とする政策形成・評価に向けた制度改正・運用改善」「機動的で柔軟な見直しを可能とする政策形成・評価を支える基盤の整備」と提言が展開されていきます。

このなかで、その考え方がまとめられているのが「機動的で柔軟な政策形成・評価を行う上で留意すべき点」で、(図6)はそれを要約したものになっています。

これまでの様々な施策でもっとも足りていなかったのは「常に政策効果(インパクト、アウトカム)を追求」することであり、そのベースとして「政策効果を測定し実態を把握」してもそこで終わっていたのではないでしょうか。「提言」では、「政策効果を測定し実態を把握」したら、その実態の評価から「より効果が上がる手段への入替え」を行っていくことが大事だとして、PDCAサイクルを回していく考え方を示しています。

今回アナログ規制の一括見直しで約4000の条項について法令改正が行われることになります。ただし、法令改正はスタートであり目標ではありません。アナログ規制がなくなり、デジタルテクノロジーによる検査等が利用され効果を上げていくことが目標です。そのためには、「無謬性神話」の弊害を打破して政策を策定、実施していくことが必要になります。

また、今回のアナログ規制の一括見直しには、日本経済団体連合会等を中心に経済界からの約1,900件の要望等は盛り込まれておらず、「令和4年末を目途に主な経済界要望等については見直し方針を決定、公表する」としています。これらの要望等に含まれている行政手続きのデジタル化の分野では、アナログ規制が存在するものは少なくなっているかもしれませんが、十分に効果が上がっているとは言えないものもあり、ここでも「無謬性神話」の弊害を打破してより効果のある政策を策定、実施していくことが必要なのではないでしょうか。

アナログ規制の一括見直しの今後について、注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。