4月5日、日本経済新聞の朝刊に「経団連、行政のDX提言 手続き電子化など87項目」と言う記事が掲載されました。この87項目の要望は政府が昨年12月に閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」)のなかで「デジタル化の基本戦略」として打ち出された「デジタル原則」に沿ってまとめられています。この記事のなかで、『経団連は「世界最先端のIT国家をめざしながら頓挫した過去20年余の失敗を繰り返す余裕は今の日本には残されていない」と焦りを募らせている。』と報じられています。

今回は「重点計画」で示された「デジタル原則」に焦点を当てて、その後の政府や経済界の動きを見ていきたいと思います。

デジタル臨時行政調査会等での進展

「デジタル原則」は「重点計画」の「デジタル化の基本戦略_デジタル社会の実現に向けた構造改革」のなかで最初に出てきます。

前段で「デジタル改革と、規制・制度、行政や人材の在り方まで含めた本格的な構造改革を行うことで、デジタル社会を実現し、その恩恵を多様な個人や事業者が享受することができるようにするべきである。」として本格的な構造改革を行わなければデジタル社会の実現はできないとし、デジタル庁の会議体として「デジタル臨時行政調査会」(以下「デジタル臨調」)が創設されたことが説明されています。

そして、その「デジタル臨調」で示されたデジタル社会の実現に向けた構造改革のための原則が「デジタル原則」です。

(図1)は以前の連載でも掲載した「デジタル原則」を説明した図です。

この図にある通り、「デジタル原則」は以下の5つの原則に整理されています。

①デジタル完結・自動化原則
②アジャイルガバナンス原則
③官民連携原則
④相互運用性確保原則
⑤共通基盤利用確保原則

では、政府はこれらの原則をどのように適用して動いていこうとしているのでしょうか。

「重点計画」が公開されてから「デジタル臨調」のもと、構造改革のためのデジタル原則への適合性の点検・見直しを行う作業部会と法制事務のデジタル化検討を行う作業部会が開かれてきました。特に前者の作業部会は2月以降7回開催され、「デジタル原則への適合性の点検・見直し作業」を行ってきました。そして、3月30日に開催された「デジタル臨調」に「デジタル原則を踏まえた規制の横断的な見直しの進捗と課題について」として取りまとめた資料が提出されました。

(図2)はこの資料から、「デジタル原則への適合性の点検・見直し」について説明したものです。

ここでは、代表的なアナログ規制として、「目視規制」「定期検査・点検規制」「実地監査規制」「常駐・専任規制」「書面掲示規制」「対面講習規制」「往訪閲覧・縦覧規制」の7つを挙げ、これらの規制の類型を整理し、見直し方針を議論している状況が説明されています。そして、点検・見直し後は、集中改革期間3年間として「規制がデジタル化へ対応」としていますが、この図からは具体的に「デジタル原則」への適合をどのように行っていくのかは見えてきません。

これまでこの連載でも取り上げてきた行政手続きについて、同じ資料の「申請・届出・交付・通知に書面・対面を求める規制に関する検討の方向性」から、具体的な方向性としてどのようなものが考えられているのかみてみましょう。

フェーズに分けて整理されていますが、フェーズ3やフェーズ4で説明されていることに目新しいものはありません。

現状は、デジタル化対応を検討する規制の範囲がある程度明確にされ、それを3年間という集中改革期間で改革していこうとする姿勢がみえてきた段階と捉えるしかないようです。ただ、気になるのは(図3)の冒頭の文書で、経済界要望に行政手続の見直しを求める内容が多いからとしている点です。行政手続きのデジタル化はこれまでも政府が取り組んできている分野ではありますが、まだまだデジタル完結には至っていないのが現状にもかかわらず、この冒頭の文書からは、この分野に対する改革意欲が感じられないのは私だけでしょうか。

日本経済団体連合会の提言にみる「デジタル原則」

冒頭の日本経済新聞の記事の通り、日本経済団体連合会(以下「経団連」)は4月4日「Society 5.0の扉を開く~デジタル臨時行政調査会への提言~」 を公表しました。

この「Society 5.0の扉を開く~デジタル臨時行政調査会への提言~」(以下「提言」)では冒頭以下の文書から始まります。

「日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れに歯止めがかからないなか、政府・経済界の危機感や焦燥感を受け、デジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)が立ち上がった。

デジタル臨調の使命は、今後3年間の集中改革期間において、日本の経済社会全体の仕組みを根本的に変革し、デジタルベースへの転換を完遂することである。」

強い危機感からデジタル臨調に対して、今後3年間の集中改革期間で経済社会全体の仕組みを根本的に変革し、デジタルベースへの転換を完遂することを求めています。

そして、その立場から「この集中改革期間は、日本が世界に伍したデジタル社会、すなわち Society 5.0 へと転換する最大・最後のチャンスと言えよう。」とまで言っており、政府の集中改革期間に対する考え方と比べると、危機感、熱量が大きく異なっているように思えます。

続く「基本的な考え方」では、「デジタル5原則を全国津々浦々、社会の隅々まで徹底し、Society 5.0 の土台を築く観点から、集中改革期間の工程において特に留意すべき基本的考え方を示す。」として、実施すべき工程をStep1~3に分けて説明しています。

(図4)は3月30日のデジタル臨調に提出された経団連の資料です。

Step1については、「提言」本文で「これまでの経験から、改革のプロセスでは、関係する行政当局や利害関係者による現状維持への固執と徹底抗戦に遭遇することが予見される。これを妥協なく突破しなければ、今次改革も過去の失敗を繰り返すことになる。「規制一括見直しプラン」を踏まえた今後の法改正プロセスにおいて、デジタル臨調の胆力と覚悟が問われる所以である。」としています。デジタル臨調の資料「デジタル原則を踏まえた規制の横断的な見直しの進捗と課題について」で示されている様々な検討項目や内容は、このStep1にあたるわけですが、これまでのデジタル化に係る計画もこの段階で「関係する行政当局や利害関係者による現状維持への固執と徹底抗戦」により計画が頓挫した経験から厳しい言葉が並んでいます。

このStep1の「既存規制の総点検とデジタル一括改正」が「デジタル原則」に適合してできれば、Step2やStep3はそれぞれの分野で「デジタル原則」のもとに改革を進めれば良いことになります。

経団連がこのプロセスで重視しているのは「ゴールベース規制への転換」として事前規制から事後規制への転換を図ることです。現在、法制度の中に存在する規制のほとんどは事前規制であり、事前審査や事前承認を経なければできない制度が多く存在しています。これについて、本文中では「日本社会において満点主義・無謬主義から脱却し、失敗を許容する文化を醸成できるか否かが、規制・制度改革の成否を分かつ試金石となる。将来の先端技術の登場・実装を見据え、既存の法体系をゴールベース規制へと抜本的に転換し、新たな技術・サービスに即応できる柔軟なガバナンスの仕組みを機能させることが極めて重要である。」とし、こうしたことこそ、「デジタル原則」②.アジャイルガバナンスの具現化としています。

そして、5つの「デジタル原則」に沿って、要望を取りまとめています。それを列記すると以下のようになります。

①デジタル完結・自動化原則
1. 行政・民間を含めた手続の電子化
「電子化されていない手続・契約の公表と電子化の工程表明示」など47項目
2. 常駐・専任・目視規制の見直し
「建設における常駐・専任規制の緩和」など6項目

②アジャイルガバナンス原則
1. 手法・基準・資格者要件等の見直し
「デジタル技術の導入に関する規制の見直し」など5項目
2. 新たな技術に対応した制度整備
「AI・ロボット活用に必要な制度整備」など5項目

③官民連携原則
1. 公共・準公共データ基盤の整備・API公開
「通知・通達、地方公共団体の条例・規則等に関するデータベース整備」など6項目

④相互運用性確保原則
1. データ利活用に向けたデータベース等の整備
「インフラ等に関する事業者間のデータ共有」など6項目
2. 地方公共団体間のルールの整合性確保
「地方公共団体間の様式・基準統一」の1項目
3. イコールフィッティングの確保
「イコールフィッティングの確保」の1項目

⑤共通基盤利用原則
1. ベースレジストリの参照・利用の徹底
「マイナンバーの徹底活用に向けた特定個人情報の見直し」など10項目

以上の通り、87項目の要望が5つの「デジタル原則」に沿って具体的に整理されています。「デジタル完結・自動化原則」の「行政・民間を含めた手続の電子化」に最も多い47項目もの要望が掲げられているのは、この分野が従来から改善を求められながらも、改革の進展が見られないまま事業者や個人にコスト負担を強いてきた分野だからです。(図3)でみたこの分野に対するデジタル臨調との認識の差が気になるところですが、このギャップはこれからの議論で埋めていくしかありません。

デジタル臨調では、この経団連など経済界からの要望、提言を受けて、今後の計画を立案していくものと考えられます。経団連の要望は具体的な内容が書かれています。今後3年間を集中改革期間としデジタル社会の実現に大きく踏み出していくのであれば、点検・見直しにいつまでも時間をかけていてはいられません。ただし、経団連の資料の通り、これまでの経験からStep1を「デジタル原則」に沿ってクリアすることが一番困難だと考えられます。経済界や民間の力も活用して、行政のなかに潜む非常識を打ち破っていく大事な局面に来ているように思います。

今後のデジタル臨調の動きに注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。