前回取り上げた特別定額給付金のオンライン申請の混乱などもあってか、各種報道において、マイナンバー制度への批判が以前にもまして、増えているようです。

こうした動きを意識したのか、内閣府のマイナンバー(社会保障・税番号制度)サイトには、6月掲載の資料が一挙に6点も公開され、7月発行として「メリットいっぱいマイナンバーカード」をタイトルとする資料が公開されています。

今回は、これらの資料を見ていきながら、マイナンバー制度は国民にメリットがある制度として、今後発展していけるのか、考えてみましょう。

マイナンバー制度が国民にもたらすメリット

内閣府のマイナンバー(社会保障・税番号制度)サイトのトップページ には、「マイナンバー制度の目的」として、従来から以下の3つが掲げられています。

  1. 公平・公正な社会の実現 給付金の不正受給の防止
  2. 国民の利便性の向上 面倒な行政手続きが簡単に
  3. 行政の効率化 手続きを無駄なく正確に

そして、「マイナンバー制度とは」のサイトには、『目指しているのは「便利な暮らし、より良い社会」』と題したイメージが掲載されています。

こちらのイメージでは、先に掲げた「マイナンバー制度の目的」のうち、2.や3.を先に持ってくることで、より「国民の利便性向上」をアピールする狙いがあるようです。

では、マイナンバー制度による「国民の利便性向上」はどのように実現されているのでしょうか。

(図2)は、内閣府のマイナンバー(社会保障・税番号制度)サイトに6月掲載で公開された資料のうち、「マイナンバー制度による情報連携」に掲載されているものです。

この図では、マイナンバー制度の「情報連携」によって、住民が申請する際にどの手続きでどのような書類の提出が不要になるかが示されています。(図1)で「皆さんの行政手続きがラクに!」として示されているメリットとは、(図2)に掲げられているようなことなのです。

「情報連携」で一部書類の提出が不要になるということは、(図3)で示されている事例のように、同時に行政の効率化にもなっています。

行政が効率化された結果、手続きにかかる時間も短縮されれば、それは申請者のメリットにもなります。

このように、マイナンバー制度は、国民一人一人へのマイナンバーの付番と、この「情報連携」により、一定の目的は果たしていることになります。

ただし、実際にどれくらいの国民が、こうしたマイナンバー制度のメリットを感じているかというと、これらの手続きを行った人だけということになり、まだまだメリットが浸透しているとは、言い難い状況ではないでしょうか。

もともと「国民の利便性向上」も行政手続きの分野に限られていたわけですから、今後、書類提出が不要となる手続きが増えることにより、より多くの手続きで、国民がメリットを感じられるようになるとしても、その効果は限定的なのではないでしょうか。

政府がマイナンバーカード普及に力を入れる理由

以上のように、国民が行政手続きにおいて、申請書類にマイナンバーを記載することで、「情報連携」で得られるメリットはあるものの、それだけではマイナンバー制度のメリットはなかなか浸透しないため、政府は、マイナンバーカードを利用してメリットを提供しようとしているようにみえます。

内閣府のマイナンバー(社会保障・税番号制度)サイトに6月掲載で公開された資料は6点ありますが、前項で取り上げた「マイナンバー制度による情報連携」以外の資料は、以下の通りです。

知っておきたい マイナンバーの基礎知識
マイナンバーカードの安全性
サービスいろいろ!マイナポータルでできること
民間事業者によるマイナンバーカードの活用
来年からマイナンバーカードの健康保険証利用でこう変わる

そして、7月発行の資料が、「メリットいっぱいマイナンバーカード」ですので、まさに、これでもかというほど、政府のマイナンバーカード推しの姿勢が見えてきます。

これらの資料から、いくつかの点に絞って、課題をみていきましょう。

まず、マイナンバーカードの普及率です。

6月5日に開催されたデジタル・ガバメント閣僚会議に提出された「マイナンバーカード及びマイナンバーの利活用について」によると、5月末時点のマイナンバーカード累計交付数は2,133万枚となっています。人口に対する交付枚数率は16.7%。この資料では、4月末時点の数字も掲載されており、累計交付数は2,082万枚ですので、5月一ヶ月だけで51万枚交付数は伸びています。また、5月末時点の累計申請受付数は2,578万になっていますので、今後交付枚数は445万枚増える予定となります。

この交付枚数の伸びや、申請受付数の多さは、特別定額給付金のオンライン申請によるものと考えられますが、現在受付がされていても交付されていない人が、実際にマイナンバーカードが届く時期には、書面による申請を済ませている可能性もあり、マイナンバーカードは使われないままとなる可能性もあります。仮に、9月に実施されるマイナンバーカード保有者へのマイナポイントの付与に、マイナンバーカードが使われても、その後どこまで利用されるかは、便利なサービスがどれだけ提供されるかにかかっています。

次に、マイナンバーカードを持つことによって、得られるメリットについてはどうでしょうか。

私も特別定額給付金のオンライン申請で使ってみました。

私の住む自治体でオンライン申請が可能になったのが5月12日。5月16日にオンライン申請。その時点では、「電子申請送信完了のご連絡」というメールが返信されてきましたが、「電子申請データ受領のご連絡」というメールが来たのが6月2日。この自治体でも、電子申請データをアナログな方法で確認するなどの作業をやっていたのかと思わせるくらい時間がかかっています。6月8日に特別定額給付金が振り込まれていましたが、その時点で通知はなく、7月1日付の「特別定額給付金 給付完了通知書」というハガキが先日届きました。オンライン申請の手続きの仕方には、特に不満は感じませんでしたが、オンライン申請したのちに、書面の申請書が送られてきたり、給付完了通知がハガキで送られてきたり、というオンラインで完結できないシステムになっていることには、正直驚きました。

ただし、長年マイナンバーカードを持っていて、電子申告以外に利用シーンがないなかで、今回のオンライン申請が、唯一結果に繋がる使い方になりました(オンライン申請が自治体の職員の方々に負担をかける結果となってしまったことを考えると、心苦しく思ってしまいますが)。

私の例は、時間はかかったとはいえ、うまくいった方なのかもしれません。途中でオンライン申請を取りやめた自治体に住む方々で、その後にマイナンバーカードを入手された方などは、今回の特別定額給付金のオンライン申請でメリットを感じることはできなかったことになります。

こうした自治体による対応の差異が、マイナンバーカードにメリットを見出せなくしている例は、マイナポータルの提供するサービスにもみられます。

(図4)は、先に挙げた「サービスいろいろ!マイナポータルでできること」のなかの、「子育てワンストップサービスの対応状況」です。

マイナポータルの一番の売りが、この子育てワンストップサービスだったはずですが、スタートから数年経っても、電子申請はどの手続きでも100%になっていません。

コロナ禍のなかで、我が国の行政手続きのデジタル化・オンライン化の遅れが批判されるなか、特にこうした自治体による対応に差異が生じている現実に対して、自治体が担う住民情報や税情報などを管理するシステムの標準化を求める声が、民間から上がっています。こうしたことは前々から指摘されてきたことですが、今こそ本気で取り組まないと、国民に利便性を提供できるデジタル化・オンライン化の仕組みはできません。マイナンバーカードを持つことのメリットを国民に浸透させたいのであれば、この取り組みは早急にやるべきです。

最後にもう一つ取り上げておきたい点があります。

マイナンバーカードを持つことに不安に感じる人たちは、マイナンバーカードにマイナンバーが記載されていることを指摘します。マイナンバー制度導入当初、従業員のマイナンバーを収集・管理する事業者向けには、「マイナンバーを漏らしてはいけない」ということが、何度も繰り返し言われてきました。働いている人であれば、マイナンバーを提供する側か、管理する側か、いずれの立場であっても、「マイナンバーを漏らしてはいけない」ということを刷り込まれています。

こうした状況に対し、「マイナンバーカードの安全性」という資料では、マイナンバーカードにマイナンバーが記載されていることについて、「マイナンバーを見られても個人情報は盗まれない」と説明しています。確かに、その通りでしょうが、「マイナンバーを漏らしてはいけない」といってきた経緯を踏まえて、きちんと説明し直す必要があるのではないでしょうか。

今でも、従業員を雇用する事業者は、マイナンバーの収集・管理を強いられています。マイナンバーについては、「特定個人情報」として、漏洩した場合の罰則規定など、通常の「個人情報」より重い規定となっています。

他人のマイナンバーを管理する立場でマイナンバーを見られることと、自分のマイナンバーカードでマイナンバーを見られることでは、立場の違いはありますが、見られるだけなら問題ないというのであれば、事業者に課されている安全管理義務や罰則規定も同時に見直すべきではないでしょうか。経済団体からは、マイナンバーを「特定個人情報」ではなく、通常の「個人情報」と同じレベルで取り扱えるようにするべきだという提言もあります。

「マイナンバーを漏らしてはいけない」ということと「マイナンバーを見られても問題ない」ということを、矛盾なく説明できる仕組みに変えていかないと、マイナンバーカードを持つことに不安に感じる人たちは、今後もマイナンバーカードを取得することはないと考えます。

マイナンバー制度およびマイナンバーカードについて、特別定額給付金のオンライン申請で起こった問題点をきちんと反省して、本当に国民にメリットのある制度やシステムのあり方を、是非政府には再考していただきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。