太陽光発電向けインバータで国内トップクラスのシェアを有するオムロン

オムロンと言われると一般的な消費者はヘルスケア分野のメーカーのイメージを持つが、その屋台骨は産業分野向けの制御機器である。携帯機器がスマートフォンへと高機能化して置き換わろうというのと同様、現在、そうした産業機器の分野でも高機能化、高性能化へと進化が進んでおり、制御機器に対してもそういった要求の高まりが日に日に強まってきている。それは2012年7月より開始された電力全量買取制度により需要が拡大する太陽光発電分野においても同様のことが言える。

実はオムロン、その多くがOEMとして提供され、客先であるメーカー名が記されてしまうため、あまり知られていないが、この太陽電池の制御の要であるパワーコンディショナ(パワコン)の住宅向けにおけるシェアは国内でトップクラスなのである。そして、国内、いや世界で唯一といって良い強力な技術を有している企業でもある。

日本では、一定の範囲(町内や市区町村規模)におけるパワコンの最大設置容量に制限が設けられている。これは、もしその地域で停電が生じた場合、系統が乱れた際に安全にパワコンの安全停止を図るためであり、とある地域では町全体の約1割程度に設置数が制限されていた。もし太陽光発電/パワーコンディショナが発電を続け、単独で運転し続ければ、発電された電力が系統に逆流し、復旧の際の作業員の感電や設備の火災などの発生要因となる。また、ソーラータウンなどの局所集中連系が必要な場合では、各住宅のシステム同士の相互干渉を防ぐため、導入台数の制約が存在していた。

太陽光発電システムの概要。1:太陽光を受けて発電を行う太陽電池モジュール。2:太陽電池モジュールで発電された直流電力を、家庭内で使用できるように交流電力に変換したり、システム全体の運転を管理する「パワーコンディショナ」。3:発電した電力を各部屋などで使用できるようにする分電盤。4:売却した電力量(売電)と、購入した電力量(買電)をそれぞれ表示する売電・買電用メーター。5:太陽電池モジュールからの配線を1本にまとめてパワコンに送るための接続箱(装置)。モジュールに電気が逆流したり、過電流が発生しないようにする機能も搭載している(出所:オムロンWebサイト)

こうした制限を受けないパワコンを実現するためには、従来、1秒程度で異常を検出し、そこから10秒ほどかけて停止させていたシステムを1秒未満(ゼロコンマ秒)で検出し、停止させる必要があるが、これまでさまざまな企業が挑戦し、実現できずにいた。しかし、オムロンではこれまで培ってきた系統連系や系統保護技術を活用することで、それを可能とする技術「ステップ注入付周波数フィードバック方式(オムロンの技術名は"AICOT")」を開発することで、そうしたニーズに対応を果たした。

AICOT技術を搭載することで、多数台連系状態であっても、相互干渉などを気にせずに設置できるようになるため、台数制限をなくすことができるようになる

オムロンの環境事業推進本部 パワーエレクトロニクス事業推進部 開発課の馬渕雅夫 主査

「太陽光発電向けパワコンで重要なのは2つある。1つ目は電力制御/発電効率、2つ目は異常検出だ」とオムロンの環境事業推進本部 エナジーオートメーション部 開発課の馬渕雅夫 主査は語る。この重要な2つの要素のうち、制御部分と異常検出部分の設計にMATLAB/Simulinkが活用された。

「もともと制御系でSimulinkを用いてシミュレーションをしていたが、電力システムのモデリングおよびシミュレーションツールである『SimPowerSystems』が提供され、これにより、従来のアルゴリズムとパラメータの連動ができるようになり、負荷や抵抗成分、リアクトル成分などを容易にシミュレーションすることが可能となった」(同)という。実は同方式はもともと2002年から2007年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発事業"集中連系型太陽光発電システム実証研究"の中で開発が進められたもので、その中心に居たのがオムロンなのである。

「NEDOの研究開発ではさまざまな企業が参加していた。その中では、シミュレーション分析・実機設計・実機評価など、各社の得意分野を生かして、分担/協力を行っていたが、MATLABという共通の言語を介することで、何がどうおかしいのか、といったことを速やかにやり取りすることができ、その結果、予想よりも技術的には早く現実的なものとなった」とするほか、「机上のシミュレーションではシンプルに動くが、実機では外乱が乗る。そんな環境下で50Hzの場合、得られる5個のデータから停電なのか、外乱なのかを見極める必要があったが、そうした解析は逐次処理が得意なMATLABのフィルタ演算が活躍した。確かに自分たちで対応したシミュレータを作るという選択肢もあったが、そこに労力をかけたくはなかった」とMATLABを活用することで、自前でツールを開発する手間が省けたほか、他社との連携にもメリットが出たことを強調する。また、同技術は実際に2012年8月に日本電機工業会(JEMA)の規格「JEM 1498」として制定されたが、規格制定後、AICOTを実際の製品へと対応させる際も、1~2回のシミュレーションで規格に完全準拠できたとする。

AICOT技術を搭載した屋外設置型のパワーコンディショナ「KP55M/KP44M」(左:サイズは720mm×400mm×220mm)。右はオプションの操作表示ユニット「KP-SW1」(70mm×120mm)

シミュレーションの活用で開発効率が2~3倍に向上

MATLAB/Simulinkのメリットを享受することで実現されたオムロンのAICOTだが、「太陽光発電向けパワコンに参入した当初は、何をモデル化すれば良いかの知見がなかったため、シミュレーションを使えず、実機検証を繰り返していた」という。「実機検証の時代は、自分たちの手ですべてを行うため、できるレベルが限られていた。しかしシミュレーションでは、アイデアベースで実行でき、かつ余分な手間をかける必要もなくなるため、人手を投入しやすくなる。実際問題、実機検証の時代と比べてMATLAB/Simulinkを活用するようになって2~3倍は楽になった」と、MATLAB/Simulinkの導入効果を語るが、「現在、まさに人手が足りなくなってきている状態」とも語る。これは、上述したようにOEM先のメーカー向けに同社は設計、製造を行っている訳だが、市場の成長が早く、現行製品の対応から、未来を見据えた対応まで要望が拡大しているためだ。

そのため提供先ごとに制御機構を変更する必要などが生じており、それぞれの要求に応じた開発が必要となる。馬渕氏は開発のスピードアップに向けて「欲を言えば、MATLAB/Simulinkのモデル化の内容をより深く掘り下げてもらい、コードの自動生成や回路環境のシミュレーション化、長期間の挙動解析などを実現してもらえれば、開発期間は今の半分にできると思う」と、将来のMATLAB/Simulinkに向けた期待を語る。

また、MATLAB/Simulinkを活用することで生まれるメリットを最大限活用していく方針ともしている。というのも、「今、人員の拡大を進めているが、誰でも設計できる環境が必要」とのことで、具体的には、多くの組み込み分野で直面していることだが、システムの高機能、高性能化にともない、搭載するべき機能がハードもソフトも多岐におよぶようになり、使用する開発言語も異なることからソフト側のエンジニアとハード側のエンジニアに壁が生じるようになってきていることを受けて、「MATLAB/Simulinkを用いたモデルベースの開発では、回路ブロック的な形で把握できるので、そうしたハードとソフトの敷居を下げられる」と、MATLAB/Simulinkという共通言語を活用することで、標準化を図り情報の共有化を実現していきたいとする。「今後のパワコンには蓄電池の制御なども付加価値として求められるようになってきており、モデリングを活用して開発の場の風通しを良くしていかなければ、そうしたニーズと求められる開発期間に対応することが難しくなる」とのことで、そうした環境を構築することで、そうした新たな機能の追加や変換効率の向上、安全性の向上などを実現していきたいとしている。

日本のものづくりをより高いレベルへと引き上げる未来が、MATLAB/Simulinkの活用によるソフトウェアとハードウェアの連携により近づきつつある。