都市部を中心に、風疹の感染拡大が止まらない。今年に入ってから5月26日までに、昨年の同時期の36倍以上にあたる8507人の患者が報告された。 流行の中心は20~40歳代の男性で、国の政策で風疹の予防接種を受ける機会がなかったか、機会を逃した世代だ。風疹は通常、梅雨の頃に流行のピークを迎えるため、患者は今後も増えるおそれがある。
風疹にかかると発疹や発熱といった症状が出るが、大きな問題になるのは、妊婦が感染した場合。生まれてくる子どもが難聴や心疾患などを負う「先天性風疹症候群」になる可能性がある。妊娠してから予防接種をすることはできないため、人混みを避けて、夫や家族など周囲の人が予防接種をするなどして、風疹を持ち込まないようにするしかないが、今回の流行は、患者の多くが子育て世代の男性だ。
風疹は「予防接種で防げる病気(Vaccine Preventable Diseases:VPD)」のひとつ。防げるはずの病気が流行を繰り返している原因を探っていくと、日本の予防接種制度と私たち自身の課題が見えてくる。
妊婦だけが気をつけても防ぎきれない
風疹で大きな問題になる赤ちゃんの先天性風疹症候群には治療法はなく、妊婦が風疹にかからないことが唯一の対策だ。妊婦が風疹に対する免疫を持っていれば、流行していてもかかりにくい。
ところが、過去に風疹にかかったり予防接種をしたりしても、たまたま免疫がつかない人もいる。予防接種を一回しても約5%の人は免疫がつかないことがあるといわれる。現行制度では幼児期に2回の接種を受けるのはこのためだ。自分の免疫の状態は血液検査でわかるが、免疫がついていないとわかっても、妊娠中は予防接種を受けられない。妊婦だけが気をつけても防ぎきれないのだ。
「妊娠を希望している場合、妻だけでなく夫も予防接種を受けて欲しい」と、国立感染症研究所感染症疫学センター第三室室長の多屋馨子氏は訴える。
今回の風疹の流行を受け、東京や神奈川などすでに患者が多く出ている自治体は、妊娠を希望する女性とその夫、妊婦の夫などに予防接種にかかる費用の一部を助成し始めた。家族も対象にしたのは、今回の流行の中心が20~40歳代の男性だったことを受けての措置で、夫から妊婦にうつす危険を避けるためだ。
子どものころに予防接種を受けなかった人たちが今、風疹にかかっている
風疹は子どもの病気というイメージがあるが、今回の流行では患者の9割は大人。うち8割が男性でその多くを20~40歳代が占める。この年代の男性は過去に風疹の予防接種を受ける機会がなかったか少なかった人たちだ。
国が毎年実施している「感染症流行予測調査事業」で14都府県の約5000人を対象に、風疹の免疫を持っているかどうか調べたところ、昨年夏の時点で30~40歳代の男性はほかの人たちと比べて免疫を持たない人の割合が多かった。
30歳代前半は16%、30歳代後半は27%、40歳代前半は14%、40歳代後半は19%が免疫を持たなかった。予防接種を受けている2歳以上の子どもでは9割以上が免疫を持っている。また過去に予防接種を受けた30~40歳代の女性も、97~98%が免疫を持っていた。
通常ワクチンは医療保険がきかないが、感染症の流行を抑えるための法律「予防接種法」で決められた「定期接種」のワクチンは、多くは無料で受けられる。現在の制度では、風疹と麻疹(はしか)の混合ワクチン(MRワクチン)を1歳時と小学校入学前の2回接種することになっている。
風疹は、かつては子どものころに感染することで免疫を獲得していたが、先天性風疹症候群の予防対策などから1977年から国と自治体の負担で、当初は中学生女子を対象に定期接種が始まった。ただ、30歳代後半~40歳代の男性はこれまでに風疹ワクチンが定期接種となったことがなく、接種の機会がなかった。20歳代後半~30歳代前半は、中学生のころに定期接種はあったものの、学校などでの集団接種ではなく、保護者と一緒に医療機関に行って個別に接種する必要があり、接種率が低かった。このため免疫を持たない人の割合が多く、周囲に風疹の人がいると自分もかかりやすくなり今回の流行の中心となっているというわけだ。
「わたし」と「みんな」を守る予防接種
「風疹に対する免疫を持たない人がいれば、また流行を繰り返します」と多屋氏は警鐘を鳴らす。風疹はこれまでも数年ごとに大きな流行があり、2004年には推定で約4万人の患者が出た。免疫を持たない人たちが一定以上いる限り、今回終息しても数年後にまた流行が起こりかねない。流行拡大を食い止めるために、日本小児科学会などの関連4団体は、成人を中心に臨時の予防接種をするように厚生労働省に要望している。
多くの人が予防接種をすれば、風疹にかかりやすい人が減り、流行は起こらなくなる。実際、南北アメリカ大陸では予防接種の徹底で2004年に風疹の排除に成功している。
「予防接種で防げる病気(VPD)」は予防接種をして防ぐのが当然、という考え方に基づいて感染症対策をしている国も多い。例えばオランダ。国民の約98%がほとんどのVPDの予防接種をしている
「予防接種をすれば防げるのに、どうして防ごうとしないの?」「ワクチンを打たない理由がわからない」。
国立国際医療研究センター感染症対策専門職の堀成美氏は、オランダ留学中に保護者や医療関係者、行政関係者らに、オランダで接種率が高い理由を質問したところ、逆に驚かれたという。
「逆に、防げるはずのVPDにかかってしまうと『トホホ』感があるそうです。『防げるものは防ぐ』という合理的な考え方をしていると感じました」と堀氏は話す。
予防接種は、自分の免疫を引き上げて病気にかからないようにすることと、集団全体の免疫を引き上げて病気の流行を防いだり、病気を根絶したりする2つの目的がある。
かかったら自分の問題だけではすまなくなるのが感染症だ。周囲の人たちにうつすおそれがある。予防接種の徹底で風疹にかかる人が少ない国では、「日本は風疹の輸出国」と揶揄する声もある。医療制度が整った先進国でありながら、なぜ日本では、予防接種本来の目的のひとつである集団の免疫を引き上げて流行を抑えることがうまく働かないケースがあるのだろうか?
著者プロフィール
長倉克枝
日本科学未来館・科学コミュニケーター
獣医学部出身。新聞社の科学技術部記者などを経て、2012年秋から未来館へ。ロボット、IT、脳科学、感染症、精神疾患などを取材中。
科学に関心のない人にも、面白がって読んでもらえる文章を書きたいです。