ソフトウェアにはバージョンアップがつきものだから、「バージョン○○」とか「リリース○○」とかいった形で、バージョン番号を表すのが一般的だ。これは軍用の各種システムで使用するソフトウェアも同じである。ただし、「ブロック○○」といってみたり、「リリース○○」といってみたりと、呼び方はバラバラだ。
本連載で目下のお題にしているイージス艦の中核は、いうまでもなく「イージス戦闘システム(ACS : Aegis Combat System)である。実は、イージス戦闘システムの構成要素として「イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)」があるのだが、そういうややこしい話はともかく。
イージス戦闘システムとベースライン
イージス戦闘システムを構成するセンサー、武器、コンピュータなどの組み合わせには、複数のバージョンが存在する。1980年代から延々と生産・改良・能力強化を続けているのだから、ずっと同じハードやソフトで済むはずがない。そして、そのバージョンの違いを、イージスでは「ベースライン○○」という言葉で示している。
たとえば、海上自衛隊のイージス護衛艦は6隻あるが、最初の「こんごう」級×4隻はベースライン4.1J、後から建造した「あたご」級×2隻はベースライン7.1と違いがある。もちろん、使用しているコンピュータも、システム・アーキテクチャも、ソフトウェアも違いがある。
これは本家本元・米海軍のイージス巡洋艦やイージス駆逐艦も同じで、特にイージス駆逐艦アーレイ・バーク級のごときは、四半世紀にわたって延々と建造を続けているので、最初の方の艦と現在建造中の艦では、まるで違うベースラインのイージス戦闘システムを搭載している。
ただ、艦によってベースラインが異なっていると保守性に問題が生じるし、ベースラインの違いによって戦闘能力に違いがあると、運用上も不便だ。しかも実際には、ベースラインの違いに加えて弾道ミサイル防衛機能の有無という違いまで加わるのだから、ますます面倒である。そこで、古い艦に対してハードやソフトの更新を行い、性能向上と仕様の統一をまとめて進めようとしているところだ。
おそらく、同じイージス戦闘システムを使用している他国の海軍(といっても、日本、スペイン、韓国、ノルウェー、オーストラリアしかないのだが)にも、こうしたバージョンアップの動きが波及してくることになるのではないだろうか。当節のウェポン・システムは「永遠の未完成品」とでもいうべきもので、ライフサイクル全体を通じて延々と改良が続くものなのである。
弾道ミサイル防衛対応改修とMMSP
その、中核となるイージス戦闘システムの能力向上と併せて、弾道ミサイル防衛に関連する機能も標準装備しようとしている。すると当然ながら、イージス戦闘システムの仕事が増える。
そこで問題になるのが、AN/SPY-1レーダーから入ってきたデータを処理する、シグナル・プロセッサである。ガタイが大きく速度が遅い航空機を相手にするのと、小型な上に飛翔速度が速い弾道ミサイル、とりわけミサイル本体から分離・突入してくる再突入体を相手にするのとでは、シグナル・プロセッサの負担は大きく違う。
当初、イージス艦を弾道ミサイル防衛に対応させる際には、弾道ミサイル防衛用にシグナル・プロセッサを追加する方法で対処した。いわゆるアジャンクト・シグナル・プロセッサ(追加シグナル・プロセッサというぐらいの意味)である。
しかし現行のシステム構成と能力では、弾道ミサイル防衛任務に従事している間はそちらにシステムの処理能力をとられてしまい、広域防空任務はお留守になってしまう。そのため、イージス艦が弾道ミサイル防衛の任務に就く際には、別途、広域防空を担当するイージス艦をつけてやらなければならない。
海上自衛隊が建造を進めている「あきづき」級もそうした用途を想定した護衛艦で、僚艦防空、つまり弾道ミサイル防衛を担当するイージス艦に、横合いから傘を差し掛ける任務を受け持つという運用構想になっている。
その問題を解決するのが、ロッキード・マーティン社が開発を進めている新型シグナル・プロセッサ、MMSP(Multi Mission Signal Processor)である。その名の通り、同時に複数の任務をこなすことができるように能力を高めたシグナル・プロセッサで、具体的にいうと、弾道ミサイル防衛だけでなく、航空機や対艦ミサイルを対象とする艦隊防空の両方を同時にカバーできるようにするものである。
なんだか、パソコンのグラフィック能力を強化するためにグラフィック処理専用のプロセッサを載せるようになったのが、CPUのパワーアップでグラフィック処理専用のプロセッサをやめてしまう、そんな話を思わせるものがある。
イージス戦闘システムのCOTS化
パソコンの話が出たが、実はイージス戦闘システムでもCOTS (Commercial Off-The-Shelf)化が進んでおり、民生品のコンピュータ技術を活用する方向になってきた。そしてもうひとつの変化が、分散処理化である。これも民生用のコンピュータで起きた流れと軌を一にしている。
ただし実際には、流用しているのはCPUやアーキテクチャやオペレーティング・システムだけで、「コンピュータ」として製作する機器そのものは軍用品になっている。見た目は軍用コンピュータだが、中身を民生品と共通化しているわけだ。だから、市販のパソコンがそのままイージス用になっているわけではない。
このほか、イージス艦の艦内で使用するネットワークも、民生規格と同じギガビット・イーサネットに切り替わりつつある。イージス戦闘システムのベースライン7.1あたりになると、もう軍用規格のコンピュータはなくなり、みんな民生技術ベースのコンピュータに置き換わってしまった。
今後もこの流れは変わらないだろうが、技術の進化をキャッチアップしたり、陳腐化して入手が困難になったハードウェアを更新したり、といった作業が、ライフサイクル全体を通じて続くことになるだろう。軍用品に限ったことではないが、COTS化に付随する必須の課題である。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。