本連載の第27回で、「軍艦の戦闘指揮所」と題した話を書いた。艦橋で指揮をとる形態から、環境とは別に戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)を設置して、そこから指揮をとる形態への移行が生じたことと、その背景となる事情について解説したものだ。
今回から何回かに分けて、軍艦に関わる話題を改めて取り上げていこうと思う。CICについてはすでに取り上げているが、そのCICの裏側で動く情報システムがどうなっているのか、という話あたりから始めてみることにしよう。
システム艦ではない艦
軍艦の世界には「システム艦」という言葉がある。明確な業界標準の定義があるわけではないが、一般的な定義としては、こんな意味になるだろうか。
センサーや武器を作動させるシステムが個別に、バラバラに動作しているのではなく、互いに連接・連携して動作するように造られた艦のこと
たとえば、長射程の艦対空ミサイルを搭載した防空艦があったとする。その艦対空ミサイルを使って交戦する際には、脅威となる航空機や対艦ミサイルが飛来する方位・高度・速力といった情報が必要になる。目視で対応できる範囲は知れているから、対空捜索レーダーがなければ仕事にならない。
ところが、レーダーが目標を探知するだけでは交戦はできない。レーダーが探知した目標の中から脅威度が高いものを拾い出して、優先順位をつける必要がある。そして、優先順位が高い順番に、目標の方位・針路・速力といったデータを艦対空ミサイルの射撃管制システムに入力してやらなければならない。
レーダーと艦対空ミサイルのシステムがバラバラに存在している場合、その交戦すべき目標をより分けたり、その情報を射撃管制のために入力したりする作業は、人手によって行わなければならない。当然、時間がかかる上に入力ミスの可能性もついて回る。しかし、「システム艦」ではない艦の場合、そうするしかなかった。
システム艦だとどう変わるか
では、これが「システム艦」だとどう変わるか。
対空捜索レーダーで脅威の飛来を探知したら、「これとこれが脅威度が高いので、まず最初に交戦して叩き落とす必要がある」という判断を行う。続いて、交戦すべき目標に関するデータを自動的に、艦対空ミサイルの射撃管制システムに送り込む。
射撃管制システムは、その情報に基づいてミサイルの飛翔経路や発射のタイミングを計算したり、ミサイルに対して「飛んで行くべき場所」の情報を与えたり、発射後のミサイルに対して誘導用の電波や針路修正の指令を送信したり、といった作業を行う。
この「データを自動的に送り込む」というところがミソだ。これを実現するには、レーダーの情報を処理するコンピュータと艦対空ミサイルの射撃管制を担当するコンピュータをネットワークでつなぐ必要がある。
もちろん、物理的に線がつながっているだけではダメで、電気的なインタフェースの仕様を揃える必要があるし、どういう形式・どういう順番でデータを記述するかという、いわゆるデータ・フォーマットの統一も必要になる。対空戦だと座標は三次元で必要になるが(方位・距離・高度)、その情報をどういう形で記述するか、というルール作りも必要になる。
ここでは分かりやすい(?)例として対空戦について書いたが、他の場面でも同じで、使用するセンサーと武器が異なるだけである。潜水艦が相手ならソナーで探知して魚雷・爆雷を投下するし、水上艦が相手ならレーダーで探知して対艦ミサイルを撃つ(接近戦になって艦砲を撃つこともあり得る)。
近頃の流行語「島嶼防衛」だと、敵に奪われた島嶼を奪還するために陸上の敵軍と交戦することになるかも知れない。その場合、偵察機などから得た敵情に基づいて、ミサイルや艦砲を撃ち込むことになるだろう。
いずれにしても、センサーと武器を連接して、自動的かつ迅速にデータや指令をやりとりできるようにするのが当たり前になった。わざわざ「システム艦」といって区別する意味はなくて、「システム艦」であることは当然の必要条件になっている。
さらにややこしいことに…
…自艦が持つセンサーや武器だけで完結しないのが昨今の趨勢だ。
つまり、データリンク(軍用のデータ通信網)を使って、他の艦や航空機からデータを送ってきたり、逆にこちらからデータを送り出したりすることがある。探知だけ自艦でやって、そのデータを他の艦や航空機に送り、そちらで交戦してもらうこともある。
そうなってくると、自艦の中だけでセンサーや武器といった個別のシステムを組み合わせてSoS(System of Systems)を構成するだけでは済まずに、複数の艦や航空機が同じネットワークに参加して、互いに情報や指令をやりとりしながら共同交戦する形に発展してくる。
実際にはそんな屋上屋を架すような言い方はしないが、System of Systems of Systemsといってもいいような状況が現出している。弾道ミサイル防衛になると、地球を半周ぐらい股にかけて、艦艇・航空機・地上のミサイル・地上の指揮管制システムをネットワーク化する形になっている。
自前のセンサー能力が劣るプラットフォーム、たとえば小型のミサイル艇でも、こういったネットワーク化した環境の中に組み込めば、仕事がやりやすくなる。自艦のレーダーでは水平線の向こう側のことは分からないが、哨戒機か何かを飛ばして偵察してもらい、敵を発見したらデータを送ってもらえばよいのだ。そうすると、自艦が敵艦を発見する前に、水平線の向こう側にいる敵艦に向けて対艦ミサイルを撃つ、なんていうことも起きる。
さて。ここまでの説明では、どの探知目標と交戦するかは決まっているものとして「センサーから武器にデータを送る」とあっさり書いた。しかし実際には、「探知」と「交戦」の間には、さらに必要とされるプロセスがある。そこで関わってくるメカの話については次回に。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。