ここまでは、機関銃・機関砲・大砲におおむね共通する話題として「狙いをつける」「命中しやすくするための支援」という話をメインに取り上げてきた。今回はちょっと話題を変えて、特に陸上の砲兵に的を絞って、関連する話題を取り上げてみよう。
「富士山」の実現に必要な要素とは?
夏の大人気イベントとして定着した感がある、陸上自衛隊の富士総合火力演習(略して総火演)。そこで毎年のように必ずやっている出し物として、「富士山」がある。
「富士山」とは何か。それは、複数の砲が連携して砲撃を行い、弾着して空中炸裂した弾が「富士山」みたいな形を描くというもの。言葉を並べるよりも、写真を見ていただいた方が早い。
さて。これを実現するのは簡単なのか、大変なのか、大変ならそれはそれとして、何がどう大変で、どうすれば実現できるのか(実現しやすくなるのか)。それが「軍事とIT」っぽいテーマである。
そこで関わりそうなキーワードは「同時弾着射撃」だろう。
同時弾着射撃とは
…読んで字のごとく、同じ場所に同じタイミングで弾着するように砲撃することである。と、これでは説明になっていない。
よく訓練された兵士であれば、「砲撃だ!」と気付いた瞬間、直ちに身近な遮蔽物を探して、その下に潜り込んでしまう。砲撃を仕掛ける側からすると、そうなる前に「結果を出す」には、五月雨式に一発ずつ砲弾を撃ち込むような悠長なマネはしていられない。
すると、複数の砲が同じ場所に対して、同時に着弾するように射撃する必要がある。しかし、これは「いうは易く、行うはなんとやら」の典型例だ。
複数の砲があれば、それぞれ設置位置が違う。しかし弾を撃ち込む目標地点は同じ。ということは、砲によって砲を指向する向きが異なるだけでなく、砲を撃つタイミングも異なるということである。しかも、同時に実現すべきは、発砲ではなく弾着なのだ。
つまり、最初に目標地点と着弾のタイミングを決める。それらが決まったら、それぞれの砲では目標までの距離に基づいて砲を指向する向きを割り出すとともに、発砲のタイミングも決める。もちろん、射距離が長い砲は早めに、射距離が短い砲は遅めに発砲する。
それで初めて、同じ場所に同じタイミングで弾着させることができる。ということは、それを応用すると、弾着地点より手前の一線(つまり「富士山」を描き出す線)を弾が通過する時間を揃えることもできる理屈になる。
砲の位置と、「富士山」を描き出す線の位置が決まれば、後者を通って最終的に着弾する位置も割り出せる。「富士山」を描き出すには、「富士山」を描き出す線を砲弾が通過する際の高度を砲弾ごとに変える必要がある点に注意が必要だ。
それらのデータが出揃えば、砲を指向する向きと俯仰角の設定が決まる。本連載の第81回で取り上げた「射表」が、その作業の際の基礎データになる。
これだけだと、「富士山」を描き出す線を同じタイミングで弾が通過するだけだから、さらに弾を炸裂させるタイミングを揃える必要がある。これは、時限信管を使えば実現できそうだ。つまり、「発砲から×秒が経過したら炸裂する」というやつである。
砲ごとに発射地点と弾着地点が決まれば、それが飛翔する際の所要時間も決まる。すると、「富士山」を描き出す線を通過するタイミングも分かる。それなら、発砲してから「富士山」を描き出す線を通過するまでの所要時間がすなわち、時限信管にセットすべき時間となる。
問題は作業速度
これが総火演の出し物であれば、事前にじっくりとデータを揃えて準備や練習をする余裕があるかもしれないが、実戦ではそうはいかない。
しかも、同じ場所に腰を据えていられないのが砲兵隊だ。いったん撃ったら、敵が飛来する対砲兵レーダーで砲弾を追跡して、砲兵隊の居場所を突き止めようとするものだと思わなければならない。いったん居場所を突き止められたら、たちまち対砲兵射撃を浴びせられる。
対砲兵射撃とは、砲兵隊が敵の砲兵隊をつぶすための射撃だ。対砲兵レーダーで位置を突き止めて、そこに砲撃を浴びせる。まさに「殺るか殺られるか」の勝負となる。
そこでやられてしまう事態を防ぐには、射撃陣地に着いたら迅速に諸元を割り出して、例の同時着弾射撃で迅速に目標を破壊して、撃ち終えたら直ちに陣地を畳んで撤収&移動しなければならない。その際、単に砲を機械化して移動を早くするだけではダメである。
なぜなら、早く移動できても迅速かつ精確な射撃ができなければ仕事にならない。だから、現在位置の把握、砲を指向する向きと俯仰角の割り出し、そして同時弾着射撃に必要な発砲タイミングの算定、といった作業を迅速にこなす必要がある。コンピュータと各種のセンサー機材を駆使しなければ、とてもじゃないが間に合わない。
また、その砲兵隊に対して射撃目標を下達するために、無人偵察機を初めとする各種の情報収集資産を駆使して敵情を把握しておき、砲撃目標の位置を迅速に確定・伝達する体制とシステムを構築する必要もある。つまりネットワーク化が必須という話である。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。