今回のお題は、兵站支援業務のうち物資補給である。この分野でも情報化が進んでいるから、統合作戦・連合作戦となると相互運用性の実現が欠かせない。A国の部隊がB国の戦務支援部隊から補給を受ける、といった場面が日常化する可能性があるからだ。
兵站≠物資補給
日本では「logistics」に「物流」という訳語がつけられているせいなのか、兵站業務というと物資輸送のことだと思われがちだ。しかし実際には、補給物資の輸送は兵站支援業務の中で重要な要素ではあるものの、すべてではない。教育・訓練・調達・配送・整備など、戦闘任務を支援するすべての業務が「兵站」の範疇に属する。
しかし、そこまで話を広げてしまっては収拾がつかないから、今回は物資補給の話に的を絞り、相互運用性の問題がどう関わってくるかについて書いてみよう。
軍における物資の補給は、前線部隊からの要求を受けて実施する場合と、「これが必要だろう」と予測して送り出す場合がある。もちろん、糧食みたいに戦時・平時を問わず、常に必要とする物資もあるから、そういうものは定期的に送り出すことになる可能性が高い。
なんにしても、物資を無駄にしないで済むのであれば、それに越したことはない。とりあえず所要量を概算して戦線後方に集積しておく、という方法でも目的は達せられるだろうが、それで使い残しが大量に発生すれば、回収あるいは処分のために、人手や資金を使う羽目になる。
また、前線部隊では往々にして、要求した物資がいつ届くのか分からない、確実に届くのか分からないという不安から、余分に、あるいは頻繁に物資を要求することがある。
そこで物資の流れを可視化すれば、要求した物資がどこまで来ているのか、いつ頃に届く見込みなのかが分かりやすくなる。また、物資の消費・配送状況をきちんと、かつ可能な限りリアルタイムに近い速さで把握できれば、見込みに基づいて調達・配送する際の無駄が減る効果を期待できるかも知れない。
RFIDを導入すれば解決… という問題ではない
その可視化を実現する手段として、RFID(Radio Frequency IDentifier)がある。輸送する物資ごとにRFIDをつけておいて、輸送の途中、要所要所でRFIDのデータを読み取ってシステムに情報を入れる。こうすれば、どの荷物がどこにあるのかを把握しやすくなる。
RFIDではなくバーコードでも同じことはできるだろうが、バーコードは光学的に読み取るので、汚損・破損によって読み取れなくなるリスクがある。また、バーコードに直接、読み取り装置を当てなければならないのは意外な難点だ。その点、無線を利用するRFIDであれば、(電波が届く範囲であれば)離れたところから読み取ることができる。電池を内蔵するアクティブ型RFIDなら、特に有利だ。
ところが、ここでもまた、相互運用性の問題が関わってくる。ただ単に、すべての品物にRFIDをつけて、各所に読み取り装置を配備すればよい、という問題ではない。
まず、RFIDやそれを読み取る機材について規格統一を図る必要がある。軍種によって、あるいは国によってRFID機材の互換性がない状態だと、データの読み取りができなくなり、物資輸送の可視化も成り立たなくなってしまう。
また、個々の品物につける品目コードの統一も重要だ。同じ品目コードが、ある国では「155mm高性能炸薬弾」、別の国では「トイレットペーパー」なんていうことになれば収拾がつかない。少なくとも、同じ国の中で、あるいは一緒に作戦行動に就く可能性が高い同盟国同士であれば、品目コードを統一しておかなければ仕事にならない。
もちろん、読み取り装置で読み取ったデータを入力して処理するソフトウェアまで含めて、仕様統一を図っておかなければならない。それで初めて相互運用性が実現する。
IT分野以外の相互運用性
「軍事とIT」だから、ITが関わる分野としてRFIDを引き合いに出したが、IT以外の分野でも、物資輸送と相互運用性の関わりが問題になる可能性がある。
たとえば、物資を輸送する手段の問題がある。軍用貨物はたいてい、コンテナに入れたり、パレット(平台)に載せて梱包したりするものだが、そのコンテナやパレットの規格が、軍種あるいは国によって違っていたら問題だ。輸送の途中で荷物を積み替えることになれば、余計な時間と人手がかかってしまう。
いわゆる西側諸国の場合、20フィート・コンテナや463Lパレットといった規格品があるが、これも輸送業務の相互運用性実現に不可欠な要素である。軍用輸送機がみんな463Lパレットの搭載を前提にした設計になっていれば、パレットの積み下ろしは円滑にできるし、貨物室に無駄なスペースができることも少なくなるだろう(貨物室の寸法を決めるときに、463Lパレットのサイズを念頭に置いて設計すればよい)。
20フィート・コンテナも同じだ。これは民間でも広く使われている標準品だから、民間のコンテナ船やコンテナ輸送用トレーラーを使って輸送する場面でも円滑に作業できるだろう。そこでたとえば「日本では自国内での鉄道輸送を考慮して国鉄コンテナを使います」なんていいだせば、これは国際的な相互運用性を損ねてしまう。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。