前回は、国家権力がテロ組織や反政府組織のメンバーを追跡する手段としての通信、という話を取り上げた。実は、通信にはそういう使い方だけでなく、違った形の使い方もある、という話をひとつ。
アフガニスタンで携帯電話網を開設!?
4年ほど前にアメリカが、アフガニスタン南部で携帯電話網を構築する、という構想を打ち出したことがある。その後の動向や効果のほどは定かではないのだが、面白いのはその背景にある考え方だ。
もともと現地には携帯電話網があったが、タリバンからの圧力によって基地局の閉鎖・撤去を余儀なくされた。これは、「NATO軍が携帯電話のシグナルを利用してタリバンを追跡している」とタリバンが考えたためだ。
つまり、NATO軍から攻撃を受ける立場にあるタリバンは、「NATO軍が作戦を発動することが多い夜間に携帯電話の電波を止めれば、追跡が困難になって襲撃されにくくなるのではないか」と考えたわけだ。
それに対して米軍では、当初は既存の基地局を防備することで携帯電話網の稼動を維持しようと考えた。しかし方針を転換、各地の前進基地、あるいはトラックの荷台や気球などを使って基地局を設営する考えを打ち出したというわけだ。
そうすることで「タリバンが干渉して止めさせることができない携帯電話網を実現しよう」という話になる。こうすると、地元住民は有線の電話網に頼らずに通話や電子メールのやりとりを行える。
実は、この構想の狙いはそれだけではなかった。実利的な面だけでなく、民心掌握という狙いもあったのだ。つまり、地元住民に対して携帯電話の存在を知らしめるとともに、タリバンの「携帯電話禁止」を無力化するという政治的効果も期待したというわけだ。
テロ対策としての民心掌握
つまりここでは、携帯電話網というインフラが民心掌握の手段になっていたことになる。
実は、テロ組織や反政府組織が一般市民の海に埋没していられるのは、一般市民による支持か、少なくとも反対や排除がないという状況が必要だ。裏を返せば、テロ組織や反政府組織が一般市民から爪弾きにされるような状況を作れば、その中に埋没して姿を隠すのは難しくなる。それは、組織の活動を困難にする効果につながる(かもしれない)。
筆者がしばしば「テロ組織を潰すには、資金源と聖域と一般市民からの支持をなくす必要がある」と主張するのは、そういう理由があるからだ。
もっとも、どこの国とはいわないが、国によってはこの民心掌握が下手くそで、打つ手が片っ端から裏目に出てしまうこともある。しかし、それはまた別の問題。テロ対策として民心掌握が重要である、ということに変わりはないだろう。その手段として考えられたのが携帯電話という通信インフラだった、というところに時代を感じる。
固定電話がないのに携帯電話
といったところで、意外に感じた方がいらっしゃるかも知れない。「長いこと戦乱が続いて国内のインフラが荒れ果てていると思われるアフガニスタンで、携帯電話が稼働しているとは意外だ」と。
似たような話は他国でもあって、たとえばソマリアもそうだ。政府がまともに機能していなくても携帯電話は使える、という国はいくつもある。
実は、固定電話だと電話交換局を設置して交換局同士をネットワーク化して、さらにそこから一軒一軒の家に電線を引くという手間がかかる。ところが、携帯電話なら基地局のネットワークさえ開設すれば、そこから先は無線によって通信するから、電線という不動産(?)が必要ない。だから、携帯電話の方が容易に展開できるということらしい。
もちろん、事業として携帯電話網を稼動させようとすれば、利用料金の課金・決済を確実に行える仕組みが必要になるが、その話については措いておく。
そうやって、固定電話が普及していないのに携帯電話は普及しているという状況があるからこそ、携帯電話の端末機がたくさん流通していて、それを即製爆弾(IED : Improvised Explosive Device)の遠隔起爆装置に改造するような困ったちゃんが出てくる。
携帯電話の端末機が高価で入手困難な「贅沢品」なら、IEDの起爆装置に改造するのは難しい。モノの入手性が良くなければ、この手の用途に転用するのは困難である。入手性が良く、安上がりに手に入れられるからこそ、IEDの起爆装置に転用することができる。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。