車両、艦艇、航空機といった「プラットフォーム」であれば、コンピュータや通信機器を搭載して情報化を図るのは比較的容易だし、実際、そうした流れがどんどん深度化してきている。では、陸戦における最小単位である「歩兵」はどうか?

歩兵の情報化は難易度が高い

人類史における武器、あるいはウェポン・システムの進化には驚倒すべきものがあるが、それでも最終的には、歩兵がいないとケリがつかないことが多い。なぜかといえば、最終的に敵対勢力を追い出して土地を占領して、彼我の双方に「勝った」「負けた」と思わせるためには、歩兵が乗り込んでいかなければならないからだ。

無論、歩兵だから情報化と無縁でよろしい、なんていうことはないし、情報優越によって優位に戦闘を進めることができるのは、戦車や艦艇や航空機の場合と変わらない。ところが、その歩兵というのは情報化がもっとも難しい分野である。なぜか。

まず、歩兵はすべての装備を自分で持って歩かなければならない。すると、人間の体格・体力に起因する物理的制約から、持って歩くことができる装備のサイズや重量が制約されるから、そこに情報化のための機材を割り込ませるのは容易なことではない。

ただでさえ、着るもの・食うものに加えて、個人用武器の基本である自動小銃とその弾薬、その他の各種武器(たとえば手榴弾)、そして化学戦防護服やボディ・アーマーやヘルメットなどといった防護装備といった具合に、歩兵が持って歩かなければならない荷物は種類も数も多い。

すでに一人あたりの装備の重量が30kgとか40kgとかいうオーダーに達しているのだ。ヘタをすると筆者の体重より重い装備を持ち歩いているかも知れない ! (それは筆者の体重が軽すぎるのだ、というツッコミは無視させていただく)

その、歩兵の個人用装備が嵩張り、重くなってきている実情の一端を体験しようと思ったら、朝霞駐屯地に設けられている陸上自衛隊広報センターに行って、誰でも自由に背負ってみることができるように展示されている背嚢を背負ってみるのが手っ取り早い。人によっては、まず持ち上げるだけで難儀をするのではないだろうか。

もともとそういう状況なのに、そこでさらにコンピュータや通信機器やディスプレイ装置まで加わったら、身動きがとれなくなってしまう。そうでなくても「歩兵の個人用装備をいかにして小型軽量化するか」というのが、業界における重要課題のひとつになっている。それだからこそ、パワードスーツを開発しよう、なんていう「いささか斜め上の方向を向いた(?)解決策」まで真剣に研究されているのだ。

次の問題は、情報化に必要な電子機器を動作させるバッテリである。ノートPCやスマートフォンやタブレットPCはバッテリが干上がってしまったら「ただの箱」だが、これは軍用品でも同じこと。そして、個人に対してこの手の端末機器を支給すれば、当然ながらそれらを駆動させるためのバッテリが必要になるし、途中でバッテリが干上がってしまわないように、駆動時間の延伸や予備バッテリの用意といった対策が必要になる。

駆動時間の延伸は簡単なことではないから、予備バッテリを持たせる方が手っ取り早いが、そうするとさらに荷物が増える。個人レベルでも日常的に体験できそうな類の話である。

そして、個人レベルまで展開できる通信インフラをどう実現するか、という課題もある。これについては次回に詳しく取り上げることにしようと思う。

それでも開発される将来個人用戦闘装備

それでも、個人レベルの情報優越を実現する、あるいは昼夜・天候を問わずに交戦可能になる能力を実現する、といった目的から、いわゆる「将来個人用戦闘装備」の開発に取り組む国は多い。

日本では、防衛省の技術研究本部が毎年、活動内容や成果について知ってもらう目的から「防衛技術シンポジウム」というイベントを開催しているが、そこで何年か前に「自衛隊版ガンダム」と呼ばれた、開発中の将来個人用戦闘装備を出展したことがある。いったいどこが「自衛隊版ガンダム」なのかはよく分からないが、それはともかく。

この手の将来個人用戦闘装備が企図している主なポイントは「防護装備の改善」「赤外線センサーなどの活用による全天候交戦能力の実現」「情報端末の装備とネットワーク化により、最新の敵情をリアルタイムで把握」「その際に必要となる情報表示デバイスとして、ヘルメット装備型ディスプレイ(HMD : Helmet Mounted Display)などを導入」といったところになるだろうか。

参考までに、各国で開発を進めている将来個人用戦闘装備の名称を以下に示す。それぞれのシステムの詳細については、名称を検索サイトに入力して調べてみるのが手っ取り早いだろう。

  • アメリカ陸軍 : Land Warrior 改め Nett Warrior
  • イギリス陸軍 : FIST(Future Integrated Soldier Technology)
  • フランス陸軍 : FELIN(Fantassins à Equipements et Liaisons INté gré s)
  • スペイン陸軍 : ComFut(Combatiente del Futuro)
  • ドイツ陸軍 : IdZ(Infanterist der Zukunft)
  • シンガポール陸軍 : ACMS(Advanced Combat Man System)
  • インド陸軍 : F-INSAS(Futuristic Infantry Soldier-As-A-System)
  • スイス陸軍 : IMESS(Integriertes Modulares Einsatzsystem Schweizer Soldat)

基本的な考え方はいずれも似ている。つまり、無線通信網を通じて最新の情報を受け取り、それを携帯型コンピュータの画面、あるいはヘルメット装備型ディスプレイに表示する。また、自動小銃や擲弾発射器にレーザー測遠機を組み合わせて射撃精度を高めたり、赤外線暗視装置を取り付けて夜間戦闘能力を向上させたりする。

ただし、これらの機能をどこまで実現するかは、国情や予算といった要因によって違いがある。高い理想を掲げても技術的に実現不可能だったり、量産できなかったりしたのでは意味がない。

ことに歩兵用の先進装備は、広い範囲で活用してナンボである。スペックを抑えて数を揃えることを優先する国があっても不思議はないし、実際、フランスのFELINはどちらかというと、そういう方向で計画を進めている。その分だけ配備が迅速に進んでいる点に注目したい。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。