第584回と第585回で取り上げたF-35は、戦闘機の分野における、高度かつ最新のシステム統合化事例といえる。では、他の軍用機の分野はどうだろうか。戦闘機と並んで、戦闘任務に参加して敵軍に何かを投げつける機体としては、爆撃機がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
爆撃機には航法システムが不可欠
爆撃機の分野でも当然ながら、当初はさまざまな機器やシステムがバラバラに載せられて、バラバラに機能していた。
まず、目的地まで正しいタイミングで到達するために、航法支援が必要になる。戦闘機と違い、大型の爆撃機では航法を担当する専門の乗員、つまり航法士を乗せるのが一般的だった。
航法士席にはチャートを広げるためのテーブルがあり、さらに天測のための透明ドームを設置する機体も多い。そしてさまざまな航法支援システムも登場することとなった。
例えば、無線による航法支援を実現するLORAN(Long Range Navigation)などの受信機は、第二次世界大戦中から使われていた。また、地上に向けてレーダー電波を出して、その反射から地形を調べて地文航法の材料にする、いわゆる爆撃レーダーも登場した。イギリスのH2SやH2Xが広く知られている。
そして戦後には、慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)も加わった。無線航法支援と違い、外部からの情報を必要としない強みがある。また、対地速度を知る手段としてはドップラー・レーダーがある。地面との意図せざる接触を避けるためには、電波高度計や地形追随レーダーも欠かせない。
爆撃機は長距離・長時間飛行を行う機会が多いから、自動操縦装置の導入も早かった。といっても当初のそれは、セットした時点での針路・速力をそのまま保つという程度の代物だが、あるのとないのとでは大違い。
そして自動操縦装置を用意するということは、機体の操縦操作を、パイロットが操作する操縦桿やラダーペダル以外から得るということである。
ノルデン照準器の登場
一方、爆撃機が「爆弾を投げつける」という本来任務を果たすためには、爆撃照準器が必要になる。
飛行しながら爆弾を投下するわけだから、爆弾は当然ながら真下ではなく前方斜め下に向けて落下するし、その過程で空力などによる影響を受ける。すると、真下を狙って投弾しても命中しない。爆弾のモデルごとに異なる弾道特性、機体の飛行高度や速力、さらには風などの影響を考慮に入れた上で狙いをつけなければならない。
そこでアメリカで考え出されたのが、かの有名なノルデン照準器。この照準器のミソは、単に狙いをつけるだけでなく、自動操縦装置と爆撃照準器を連結したところにある。爆撃針路に入ったら、機首に陣取った爆撃手は照準器で目標を狙うが、そのために照準器を操作すると、それが自動操縦装置を介して機を操ることになる。
つまり、爆撃針路に入って狙いをつけている間、機体の操縦は爆撃手のコントロール下に移る。口頭で「チョイ右、チョイ左、そのままそのまま……」などとパイロットに指示するよりも確実だ。
それが何を意味しているかというと、「爆撃照準」と「機体の操縦」の機能が統合化されたということだ。
BNSの登場
では、さらに「目標の上空まで精確に飛行するための航法システム」も爆撃照準の機能と一体化したら? そこで第二次世界大戦後、ジェット爆撃機の時代になって、BNS(Bombing/Navigation System、爆撃航法システム)という製品が出てきた。
BNSには、さまざまな航法システムからの情報を取り込む。天測あるいはそれを機械化したアストロトラッカー、それとINSは、緯度・経度を教えてくれる。電波高度計は対地高度を教えてくれる。エア・データ・コンピュータからは対気速度や高度の情報が、ドップラー・レーダーからは対地速度の情報が入る。それらの情報を組み合わせることで、現在位置、針路、速力を知る。
そのデータと、目標の緯度・経度、そこに到達すべきタイミングを組み合わせることで、とるべき針路と速力を計算できる。目標の上空に到達したら、爆撃針路に入り、狙いをつけて投下する。つまり、任務を遂行するための機能が単一のシステムにまとまる。
例えば、エア・データ・コンピュータからの情報は、航法でも爆撃でも必要。それなら、情報を別個のシステムに対して個別に出すよりも、みんな統合化した単一システムにまとめる方が理に適う。
それなら昨今の爆撃機は?
では、昨今の爆撃機はどうだろうか。といっても、戦闘機と比べると爆撃機の開発事例は数が圧倒的に少ないし、情報も少ない。ただ、B-52の時代ですでに爆撃照準と航法の機能が一体化していたことと、その後の爆撃機では乗員が減ってきていることからすると、よりシステム化・自動化が進んでいるとみて間違いないだろう。
例えばの話、電子戦システムとミッション・コンピュータと爆撃航法システムを連接すると。電子戦システムから、地対空ミサイルの脅威が存在するといってきたら、ミッション・コンピュータは「脅威範囲外に迂回する針路を割り出す」「その結果として、予定の目標到達時刻に遅刻すると判断したら速度を上げる」といった判断ができる。
目標の緯度・経度に関する情報をネットワーク経由で取り込んでミッション・コンピュータに入力する仕組みがあれば、とりあえず爆装した機体を離陸させておいて、後から目標を指示することもできる。本国から遠く離れた場所まで飛んでいくから、衛星通信システムも連接したい。
また、合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)があれば、昼夜・天候を問わずに目標の “映像” を捉えて照準することもできる。もっとも、今の爆撃機は巡航ミサイルによるスタンドオフ攻撃を多用するだろうから、欲しいのは映像より座標かも知れない。
開発中のB-21レイダーだと、もっとSFじみたことをやっているかもしれない。ただ、なにしろエンジンの数すら明らかにされていない機体のこと。ミッション・システムに関する詳しい情報が出てくることは、少なくとも当面の間は期待できそうにない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。