といったところで今回は、サイバー攻撃を仕掛ける動機について考察してみよう。もっとも、攻撃側が個人なのか、国家なのか、非政府主体なのか、国家でも情報機関なのか軍部なのかで、それぞれ違いが生じると思われる。本連載は「軍事とIT」だから、情報機関・軍部・非政府主体を主な対象としたい。

軍や情報機関の場合

前回に述べたように、「サイバー攻撃を援用する方が戦闘や戦争を有利に進めることができるが、サイバー攻撃だけでは戦闘や戦争に勝てない」ので、サイバー攻撃は支作戦という位置付けにするのが妥当と考えられる。つまり、本筋の作戦を側面から支援する目的で、以下のような攻撃を仕掛ける可能性が高いと考えられる。

  1. 敵軍の動静・編成・装備などに関する情報を盗み取って、自軍が有利に戦えるように手助けをする
  2. 敵軍の作戦行動や兵站支援などを支えるシステムの動作を妨害して、効率的な作戦行動をとれないようにする
  3. 敵軍の作戦指揮を支える通信を妨害する
  4. 敵国の市民活動を妨害して、戦争遂行の阻害や士気の低下といった効果を期待する

これは戦時の話だが、平時でも「1.」は行われるだろう。そこでモノをいいそうなのが、最近、何かと話題の標的型攻撃である。

いわゆる西側諸国のように情報公開が進んでいる国の軍事組織がターゲットであれば、非公開情報のみならず、公開情報をかき集めて分析するだけでも分かることはいろいろある。実際、中国は米軍の公開サーバにある情報を片っ端からダウンロードしまくっているといわれる。

また、特に平時の情報収集であれば、国防省や軍だけでなく、他の政府機関、そして軍と関わりを持つメーカーなども標的になるのは当然だ。そこでは、人的資産を投入しなくても遠隔地から情報窃取を仕掛けることができるという、サイバー攻撃のメリットが効いてくる。

このことは、少し前に日本でも露見した「防衛関連企業を標的とする、標的型攻撃による情報窃取事案」を見れば明らかだ。今後も同様の攻撃はどんどん仕掛けられるはずだから、関係者は注意を怠るべきではないだろう。

なお、「4.」は実際に行ったとしても、効果のほどが読みにくい。これは前回にも述べた通りである。だから、どちらかというと優先度は低いかも知れない。ただ、具体的な効果には結びつかなくても、デモンストレーションとしての意味はそれなりにあるかも知れない。

また、次回に言及する予定だが、複数のセキュリティ・ファームがリリースした報告書の中で「中国のサイバー攻撃部隊」として名指しした部隊がいずれも、情報収集を担当する部門の下部組織という位置付けになっている。

このことから、中国が情報収集活動の手段としてサイバー攻撃を重視している様子が見て取れる。得られた成果は、自国で類似の装備品を「山寨」するために活用したり、対抗策を検討・立案したりする際の参考データになっているものと思われる。

なお、「2.」のようなケースで、情報システムそのものを物理的に破壊するとか、コンピュータや通信機器の動作に不可欠な電力供給を阻害するために送電線をショートさせる(そういう目的のために開発された、導電性フィラメントを散布する爆弾がある)といった攻撃手段が考えられる。確かに攻撃の対象は情報通信システムだが、攻撃の手段は物理的なものだから、こういうのはサイバー攻撃とはいわない。

非政府主体の場合

正規軍同士が交戦する場面におけるサイバー攻撃の利用と、非政府主体がどこかの国の正規軍、あるいは他の非政府主体と交戦する場面とでは、サイバー攻撃の位置付けも内容も異なると考えられる。

もちろん、優秀なブラックハット・ハッカーを擁して、敵対勢力のシステムに対して不正侵入やDoS(Denial of Service) / DDoS(Distributed Denial of Service)攻撃やマルウェア送り込みを企てる事例もあるだろう。

しかしそれ以上に、サイバースペースにおける宣伝戦が占める比率が高いと考えられる。実際、シリアにおける内戦ではそれぞれの勢力が競うようにして、SNS(Social Networking Service)や動画サイトを駆使した宣伝戦を展開している。

興味深いことに、そうした宣伝が情報源になることもあるのだ。たとえば、シリアの反政府勢力が対戦車ロケットで政府軍の戦車を破壊する模様を動画に撮影してYouTubeにアップロードしているが、そこで使っている対戦車ロケットの種類が分かれば、当該反政府勢力の武器供給源を知る一助になり得る。対戦車ロケットに限らず、携帯式地対空ミサイルで政府軍の航空機を撃墜する場面でも同じことである。

このほか、組織が掲げる「大義」を宣伝するためのプロパガンダを展開するのは当然のこととして、さらには、それを子供に吹き込むためのゲームを公開している事例すら存在する。

前回に取り上げたサイバー攻撃の定義、あるいは次回に取り上げる予定の攻撃手段のリストからは外れる話だが、サイバースペースを用いて仕掛けられる宣伝戦は、対処すべき対象のリストに入れるべきだと考える。サイバー空間を通じて展開される一種の情報戦(IO : Information Operation)と位置付けられるからだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。