兵站、英語でいうとロジスティクス(logistics)である。日本ではなぜか、ロジスティクスを「物流」と訳すので、軍隊のロジスティクスも「補給物資を第一線に輸送すること」と、極めて狭義に解釈することが少なくないようだ。
しかし実際には、軍隊におけるロジスティクスの概念はずっと幅が広い。短くまとめると、「第一線の戦闘部隊が任務を果たすために必要となる支援活動すべて」である。これを本稿のテーマであるF-35ライトニングII戦闘機に当てはめれば、「F-35が飛んで、各種の任務を遂行できる体制を維持するための作業の総称」という話になる。
戦闘機の兵站支援業務
戦闘機に限ったことではないが、どんなヴィークルであれ、整備・点検が必要である。我々の手元にある乗用車では、6ヶ月ごとに点検を受けて、さらに2~3年ごとに車検を実施するようになっているが、飛行機でも艦艇でも軍用車輌でも、内容に差はあれ、やはり定期的な点検・整備を実施している。
それは重要なことだが、本来の目的を見失ってはならない。つまり、点検・整備はヴィークルの可動率を維持するために行う行為、すなわち手段であって、点検・整備を行うこと自体が目的ではない。要は、できるだけリーズナブルな経費で、できるだけ高い可動率を維持することが重要なのである。不具合があれば直ちに対処しなければならないし、問題のないパーツやコンポーネントを「期限が来たから」というだけの理由で取り替えていたら不経済ということもあり得る。
そこで近年、軍事の世界で増えているのがPBL(Performance-Based Logistics)という考え方だ。つまり、定期的な点検・整備を行うこととして、それと突発的な点検・整備を併せて「実際に発生した作業の人手・時間・部品代」について支払を行うのではなく、「達成すべき可動率」等の目標値を設定して包括的な支払を行う方式である。
PBLでは、目標を超える成果を達成すれば報償金を出すし、目標を下回る成果にとどまれば報償はなしである。これを受注する側から見ると、経費の最小化や合理化を図る一方で成果を最大化する努力が、利益につながることになる。
そこで問題になるのが、「達成すべき目標」の設定であり、PBLが目論見通りの効果を発揮するかどうかは、ひとえに、この目標設定にかかっているといえよう。
F-35を支えるPBL・ALGS・ALIS
といったところで、本題のF-35である。F-35は飛行機そのものだけでなく、それを支援する各種の機材やシステムまでひっくるめて、ひとつのシステムを構成しているのだが、その中には当然ながら兵站支援に関するものも含んであり、ALGS(Autonomic Logistic Global Sustainment)と称している。
"Global" という言葉を含んでいる点に注意したい。つまり、アメリカのみならず、日本も含めた世界のF-35カスタマーすべてを、単一の兵站支援システムの下でまとめて面倒見ましょう、ということである。
たとえば、個々のカスタマーが別々にスペアパーツなどを保管する代わりに、すべてのカスタマーがスペアパーツをプールすれば、無駄が減りそうである。ただし、必要とするところに迅速にスペアパーツを送り届けなければ可動率が下がってしまうので、在庫管理と輸送の体制作りが重要になる。
また、オーバーホールなどの大規模整備を行う場合、現在は個々のカスタマーが自前のデポで、あるいはメーカーに送り返す形で実施しているが、F-35では地域別にデポを集約して、当該地域のすべてのカスタマーが保有する機体に対して、まとめて大規模整備を実施する構想となっている。
これをカスタマーの立場から見れば、いちいち自国でデポを運営・維持する負担が減ることになる。そしてデポを運用する側からすれば、作業量を確保できるので貴重な人手が遊ぶ可能性が減る。カスタマーごとにデポを運用していたのでは、自国の機体だけ面倒を見ることになるので、機数が少ないカスタマーにとっては効率がよろしくない。デポを地域単位で集約することで、スケール・メリットを発揮する可能性につながる。
そして、機体にはさまざまな部位にセンサーを取り付けて、運用状況に関するデータをリアルタイムで収集・記録できるようにする。もしも故障が発生すれば、その情報も記録する。そうしたデータを帰還後の機体から読み出すか、あるいは機体が空中にあるうちにデータリンク経由で読み出せば、迅速かつ確実な対応につながる可能性を期待できる。
飛行中の機体から「コンポーネントの故障」に関する情報をリアルタイムで受け取ることができれば、帰還したときにはすでに倉庫から代わりのコンポーネントの払い出しを受けて、フライトラインに待機させておく、なんてことが可能になるかも知れない。
たとえば電子機器の場合、軍用機の電子機器は機能ごとに複数のLRU(Line Replaceable Unit)と呼ばれるボックスに分かれた構成になっているから、故障が発生したLRUから電源やデータバスのケーブルを外して、代わりの完動品LRUを取り付ければ終了である。
こうすれば、いちいちその場で故障原因の探求や修理を行うよりも、はるかに短いターンアラウンド・タイム(再発進までに要する時間)で済ませることができる。ターンアラウンド・タイムを局限することは、軍用機に限らず、否、軍用ヴィークルの世界に限らず、どんな業界でも重要なことである。
そして、この「センサーによる動作状況の把握」や「世界規模の兵站支援システム」は、データの管理ややりとりを迅速かつ確実に行うものだから、まさに情報通信技術の精華といえるものである。もちろん、パーツやコンポーネントの在庫管理、あるいは配送業務に際しては、軍事兵站業務の世界ではすっかりおなじみになったRFID(Radio Frequency Identification)を活用することになるだろう。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。