前回は研究・開発・試験・評価(RDT&E : Research, Development, Testing and Evaluation)のプロセスにおけるシミュレーションやテレメトリーの活用について取り上げた。続いて今回は、航空戦の分野におけるシミュレーションの活用について。
パイロット訓練とシミュレータ
となれば、真っ先に連想するのはシミュレータ訓練だろう。航空機のシミュレータというと真っ先に連想されるのは、油圧モーション機構を備えて実際に動く模擬コックピット、それとその周囲を取り巻くビジュアル装置を備えた、いわゆるFFS(Full Flight Simulator)である。
カリフォルニア州のトラヴィス空軍基地に設置してある、C-17A輸送機のシミュレータ。下部にモーション装置用の油圧シリンダが6本ある様子が分かる(出典 : USAF) |
ただし、飛ばすこと自体が訓練対象になる民航機と異なり、軍用機では操縦と兵装の操作の両方が訓練対象になるので、FFSではなくWST(Weapon Systems Trainer)と称することも多い。
実弾を撃たないところだけが相違点で、ビジュアル装置には「敵機」や「敵地上軍」や「敵艦」が現れるし、コックピットに並べられた計器やスイッチ類、それらの動作は実機と同じだから、実機を使って任務を遂行するのと同じ訓練を行える。
シミュレータの性能や精度が向上したので、F-22AラプターやF-35ライトニングIIでは複座(二人乗り)の操縦訓練型を用意するのを止めてしまい、シミュレータ訓練を徹底した上で、いきなり実機で単独飛行に出すようになった。
ただし、シミュレータ訓練では、実戦で実弾を撃つ際の緊張感までシミュレートするのは難しい。あくまで、操作を覚えたり、戦術を身につけたりするための訓練機材である。実戦に即した環境で冷や汗をかかせて経験を積むには、やはり実機を使った実働演習が必要だ。
それを補うために、シミュレータ同士をネットワーク化したり、異なる機種のシミュレーション訓練施設同士をネットワーク化したりして、「人間同士の通信対戦」を可能にしている事例もある。コンピュータが相手をするよりも、生身の人間が相手をする方がリアルになり、それだけ実戦の様相に近付けられる。
なお、新人パイロットや機種転換するパイロットをいきなりFFSやWSTに乗せるとは限らない。実機による訓練より安上がりなのがシミュレータ訓練における利点のひとつだが、それでも本格的なFFSやWSTはけっこう値が張る(ちなみに、もうひとつの利点は「安全な環境下で危ない経験ができる」こと。だから、非常事態対処訓練にはシミュレータが必須だ)。
そこで、FFSやWSTによる訓練の前段階として、機体やシステムの操作手順について学習するような限定的な用途であれば、もっと簡易な機材でもかまわない。ということで、特定の機能の学習にフォーカスしたPTT(Part Task Trainer)を用意することも多い。
練習機で戦闘機の訓練を
戦闘機のパイロットを訓練するときには、まず初等練習機、続いて高等練習機、そしてようやく戦闘機、というように段階を踏んで訓練を進める。最初は飛行機そのものの飛ばし方を、続いて編隊飛行や各種機動飛行を、といった具合に「飛行」に関することを訓練するが、戦闘機の訓練になると、レーダーを初めとする各種のセンサーや、ミサイルや機関砲といった搭載兵装の訓練も必要になる。
そこで、高等練習機の段階から兵装関連の訓練が出てくるのだが、そこで「戦闘機並みの飛行性能と兵装を備えた練習機が必要」ということになると、これはおカネのかかる話だ。そこで、「兵装の訓練なら、練習機にシミュレーション訓練機材を搭載すれば済むのでは?」という発想が出てきた。
幸い、最近では練習機でもグラスコックピット化が進んでいるから、表示内容はソフトウェアの設定次第で自由に変えられる。そこで、グラスコックピット化した練習機にシミュレーション訓練機能を追加装備して、兵装の操作に関する訓練もやってしまおうという流れがある。
つまり、レーダーの画面、兵装管制パネルの画面などを計器盤の多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)に表示して、操作に応じて表示内容を変化させる。実際に兵装を搭載して撃つわけではないが、兵装を撃つまでのプロセスは画面上で練習できる。しかも飛行機を飛ばしながらだから、地上の訓練機材を使用するよりもリアルだ。
パイロット以外の訓練にもシミュレータ
軍用機の搭乗員はパイロットだけではない。対潜哨戒機や早期警戒機であれば、各種のセンサーを操るオペレーターが何人も乗っているし、むしろそちらが主役である。すると、センサー機器などの操作について訓練する必要があるので、ここでまたもやシミュレータの出番となる。
こちらは機器の操作を覚えて経験を積むのが主な眼目になるので、FFSみたいなモーション装置は必要ない。実機が備えているのと同じコンソールを設置して、実機のセンサーが動作したときと同じ画面表示を行い、そこで操作訓練や戦術に関わる訓練を行うことになる。
たとえば対潜哨戒機であれば、(滅多にないことだろうが)潜望鏡などのレーダー探知、潜水艦が発する音を聴知するパッシブ・ソノブイの投下とデータの受信、自ら音波を出して潜水艦を探知するアクティブ・ソノブイの投下と指令送信、磁場の変動を探知するMAD(Magnetic Anomaly Detector)の作動など、さまざまなセンサー機材を駆使する。
そこで、オペレーター訓練生がコンソールで何か操作を行うと、シミュレーション・プログラムがそれを受けて「状況」を生成する。たとえば、パッシブ・ソノブイを点々と投下してバリアを構成した後で、特定のソノブイが何か音を聴知したという「状況」を用意する。そのデータが訓練生のコンソールに現れれば、その「状況」に対してどう対処するか、というシミュレーション訓練ができる。訓練生が正しい操作をすれば、潜水艦の所在を突き止められるかも知れないし、訓練生が間違った操作をすれば取り逃がすことになる。
それを、実機と本物の潜水艦ではなくシミュレーション訓練で場数を踏んでおけば、機器の使い方を覚えるだけでなく、経験を増やす役に立つ。しかも、実物で再現するのが難しい状況に関する訓練を行いやすい。ただしもちろん、シミュレートするには実際の対潜水艦戦に関するデータが必要である。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。