ここまで「通信・航法・識別」(CNI : Communications, Navigation and Information)というテーマの下でいろいろ書いてきたが、主として「海上」と「空中」の話であった。ここまで出てきていないのが「海中」と「陸上」である。ところが、陸上で同士撃ちを起こしてしまった事例はたくさんある。この分野でこそ敵味方識別の仕組みが欲しいのだが、なかなかそうはならない。

潜水艦の識別はまことに難しい

海の上や空中では、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend-or-Foe)による識別が一般化している。電波を用いて誰何や応答を行うのは、以前にも書いている通り。ところが、電波を用いるという原理上、水中ではIFFは使えない。よほど低い周波数でない限り、電波が海中まで透過しないからだ。

だから、潜航している潜水艦を相手にIFFで誰何することはできない。では、海中で使用できる唯一のセンシング手段、すなわち音波はどうか。理屈の上では、音波で誰何して、それに対して音波で応答する仕組みが成り立ちそうにも思えるが、実はまるで現実的ではない。

  • 海中は基本的に電波が透過しないので、潜水艦を電波で誰何するのは無理な相談 撮影:井上孝司

音波に必要な情報を載せられるかどうかという話もあるが、それより前に、まず「潜水艦乗りは音を出すのを嫌う」。アクティブ・ソナーによる探信も「最後の手段」ぐらいの位置付けなのに、識別のためにいちいち音を出せなんていったら、総スカンは間違いない。

だから、艦が発する音響の特性による識別も、どこまでアテにできるかという問題になる。敵味方を問わず、潜水艦乗りは基本的に「音を出すな」と教育されているから、出さない、あるいは出さないように努力している音の情報は識別の手段として頼りにならない。

すると結局のところ、海域をセパレートして「味方の潜水艦は、ここからここまでの海域には入らない」とするのが無難という話になりそうだ。「味方の潜水艦がいないはずの海域で潜水艦を見つけた」となれば、それは基本的に敵潜だと判断できる理屈。

陸戦に独特の障壁

では、陸戦はどうか。こちらは昔から同士撃ちがなくならない業界で、近いところでは1991年の湾岸戦争で同士撃ちの多発が問題になった。それを受けて「陸戦でもIFFみたいな仕組みができないか」といって、いろいろ研究開発は行われた。しかし結局のところ、普及するには至っていない。

陸上は海中と違い、基本的に電波は使える。しかし、地下に潜ったり建物の中に入ったりすれば、電波が確実に届くとはいえなくなってくる。

そして、それよりなにより陸戦において大きな問題になるのは、「とにかく数が多い」ということ。なにしろ、個々の車両や火砲だけでなく、個人レベルで識別装置を持たせなければならない、という話になり得るのだ。数が増えればコストも馬鹿にならない。

しかも当然ながら、SWaP-C(Size, Weight, and Power Cooling)が大問題になる。それに加えて運用環境は過酷で、低温から高温まで温度範囲は広く、振動や衝撃も加わるし、風雨にさらされたり泥水に浸かったりもする。

そして、電波を用いて識別するツールを持たせようとすれば、「電気製品」が一つ増えるわけだから、ことに歩兵にとっては重大な問題になる。ただでさえ、当節の歩兵は荷物が多くて大変だというのに、さらに持ち歩く荷物(と、それを駆動するためのバッテリ)を追加で持たせるのは大変だ。そんなこんなの事情もあって、陸戦分野でIFFみたいな仕掛けは普及するに至っていないのではないか。

目視による識別であれば、上空から見て分かるように旗を広げたり、指定した色の発煙弾を使ったりすることもある。例の、ロシア軍の「Z」もまた、目視による識別手段といえる。しかし、それが通用するのは可視光線が使える場面だけ。夜間あるいは悪天候になると無理がある。

  • 発煙手榴弾を投げておいて「○色の煙が出ているところに友軍がいる」と伝えるのは、識別手段の一つ 写真:US Army

目視による識別といえば、車両の形で識別したらという考えもある。しかし、目立たないように迷彩や偽装を施しているものが相手だし、赤外線センサーになると波長の関係で映像の精細度が落ちる。それだからこそ、第374回で取り上げたタレスの "Digital Crew" みたいに、赤外線センサーの映像解析に人工知能(AI : Artificial Intelligence)を援用することで識別能力を高めよう、なんていう取り組みも出てくる。

BFTで解決する?

こういう状況なので、陸戦では個別に誰何して敵味方の識別をつけるよりも、友軍の位置情報を基準にする方法の方が、頼りになるかもしれない。すでにBFT(Blue Force Tracker)はあるから、それを用いて個人あるいは車両単位で位置情報をネットワークにアップロードさせる。その情報を見れば「友軍がどこにいるか」が分かるから、「友軍と違うところにいる奴は敵だ」という理屈は成立し得る。

  • 米陸軍の車両に搭載された、BFTの端末機。画面に友軍の位置情報が表示される 写真:US Army

ただしこれには、「BFTが必ず正確に機能している」という厄介な前提が要る。GPS(Global Positioning System)による測位ができなかったり、通信が妨害されたり、BFTの送信機が故障したり、バッテリが切れてしまったりしたときにどうするの、という課題は残る。

結局のところ、陸戦において「低コストで」「確実に信頼できる」識別手段はなかなか実現できず、昔ながらの方法に頼らざるを得ない場面が増えるのが実情であるようだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。