航法に関わる重要なツールとして、測位手段がある。これについては以前に、PNT(Positioning, Navigation and Timing)と題して取り上げたことがある。そこで、そちらとの重複を避けて、PNT以外の航法用電子機器について書いてみる。
航法支援手段は電波を用いるのが普通
昼夜・天候を問わずに使える航法支援手段のニーズは、第2次世界大戦のときに一挙に増大した。爆撃機が敵戦闘機による迎撃を避けるために、夜間爆撃をやるようになったためだ。そこで考え出されたのが、電波を使用する方法。
例えば、地上の2カ所から目標地点で交差するように細い電波を出して、それを受信させる。電波を受信していないとき、片方だけ受信しているとき、両方とも受信しているときで、受信機から聞こえる音が変わるので、それによって目標上空に達したかどうかを判断する。ただし、そこまで自機を導くには別の手段がいるので、そこは天測でなんとかする。
この方法では「特定の地点に達したこと」しか分からない。そこで登場したのが、双曲線航法。双曲線航法は第297回と第298回で取り上げているので、そちらを参照していただきたい。
別の方法として、基地局からの距離を利用する方法もある。まず、基地局から出した電波を受信して到達時間を調べることで、自己位置と基地局の間の距離が分かる。いいかえれば、その距離を半径とする円弧の上にいることが分かる。それを2カ所の基地局に対して行えば、2つの円弧が描き出されて、それが交差する点が自己位置ということになる。基地局ごとに、送信する電波の周波数、あるいはそこに載せる情報を変えることで、基地局の区別ができる。
今の主流はTACAN
現在、電波を用いる航法支援手段として広く用いられているのが、TACAN(Tactical Air Navigation)である。民航機で使用している超短波全方向式無線標識(VOR : VHF Omnidirectional Range)と同じ動作原理だが、VORが超短波(VHF)を用いるのに対して、TACANは極超短波(UHF)を用いる。
アーレイ・バーク級駆逐艦のマスト。3隻が並んだ状態で、いずれもマストの先端にお皿のようなアンテナを載せているのが分かる。これがTACANのアンテナ。
VORとTACANで使用する電波の周波数帯は異なるが、動作原理は基本的に同じ。まず、磁北を示す電波と,磁北から時計まわりに回る指向性電波を発射する。航空機が搭載する受信機は、磁北電波を受信した時間と、指向性電波を受信する時間までの差を測定する。時間が大きいほどに磁北からの角度が大きいという意味になるから、送信方向の角速度が分かっていれば、発信したVOR/TACAN局の方位を計算できる。その情報を連続的に得ることで、発信局との位置関係を把握できる理屈。
分かりやすいところでは、ヘリコプターや固定翼機を運用する艦艇はみんな、搭載機が迷子にならないように誘導する目的でTACANを備えている。もちろん陸上の基地に設置してもよい。TACANは受信専用なので、機上には受信機を備えていればよい。
また、自動方向検知器(ADF : Automatic Direction Finder)もある。地上に設置した基地局から全周に向けて電波を出して、それを受信するとともに、発信源の方位を割り出して表示する。基地局ごとに周波数が異なるので、「どこにある、どの基地の周波数が何Hzか」という情報があれば、そこの周波数にADFの周波数設定を合わせることで、基地局の方位が分かる。それを複数の基地局に対して行えば、方位線が交差したところが自己位置となる。
電波高度計
もう1つ、航法に欠かせない手段として電波高度計(radar altimeter)がある。もちろん航空機が使用するデバイスで、自機から真下に向けて電波を出す。陸地や海面に当たった電波は反射して戻ってくるから、そこで送信から受信までに要した時間を調べれば、往復に要した時間が分かる。それを2で割れば片道の時間が分かり、そこから距離(対地高度)がわかる。主な用途は、地面・海面との意図せざる接触を避けること。
真下だけ狙うのではなく、前方斜め下を走査して、扇形範囲について地形を調べることもできる。それと、事前にデジタル・マップとして持っている地形情報を照合するのが、トマホーク巡航ミサイルで有名になった地形等高線照合(TERCOM : Terrain Contour Matching)。
ちなみに、電波高度計は航空機だけのものではない。海面スレスレの低空飛行を行う対艦ミサイルにも不可欠のアイテムである。
慣性航法とGNSS
慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)は、本連載では頻出するワード。過去記事との重複は承知の上でおさらいをすると、「加速度を時間で2回積分すると移動距離が分かる」という原理に立脚している。それを、ジャイロスコープを用いて正確にアライメントしたX軸・Y軸・Z軸方向の加速度計について行い、得られたベクトルを合成する。これで起点からの移動方向と移動量が分かる。
だから、INSをちゃんと機能させるには、起点の緯度と経度が正確に分かっていなければならない。そのため、飛行場や格納庫に、緯度と経度を書いた看板が掲げられるようになった。INSを起動したら、まずそれを見て位置を入力する。あとはINSが位置を計算してくれる。
初期のINSは機械式ジャイロを使っていたため、INSは必然的に大がかりで複雑、しかも精緻なメカニズムの塊になった。また、メカニカルだと摩擦や摩耗による影響も受ける。そこで現在は、機械的な可動部分を持たない光学式ジャイロが主流になった。
ただし、時間で積分するという原理上、時間が経過するにつれて誤差が累積する問題は残る。だから、INSの精度をアピールする際には「何時間使っても何メートルの誤差で済みます」という言い方をする。
その問題を解決したのが、GPS(Global Positioning System)に代表されるGNSS(Global Navigation Satellite System)。衛星から地上に向けて送信する電波を受けて、到達時間を測る。それを3基の衛星について行い、三次元の連立方程式を解けば、緯度・経度・高度が分かる。さらに衛星を1基加えて四次元連立方程式を解くと、精確な時刻合わせもできる。
受信機が小型軽量かつ安価、それでいて精度は高い。連続的に測位すれば速度まで計算できてしまうから、便利だ。しかし、原理が広く知られている上に、皆がこれに依存するようになったため、GNSSに対する妨害や欺瞞信号といった問題が持ち上がった。そこで代替手段に関する研究がなされるようになったのは、第301回でも述べた通り。
そして今は、精度は高いが妨害リスクがあるGNSSと、誤差が累積するものの外部情報に依存しない(つまり、妨害されにくい)INSをひとまとめにした、EGI(Embedded GPS/INS)の導入事例が増えている。
まとめ
最初にも書いたように、航法機器の多くに電波を用いるという共通項がある。また、航法関連の情報は、通信や識別といった分野でも活用する。だから、通信・航法・識別に関連する機器をひとまとめにすることに合理性が出てくるわけだ。
といっても現時点ではまだ、各種の航法用電子機器を別個のユニットとして搭載する事例の方が多い。しかし今後は、流れが変わってくるかもしれない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。