とうの昔に取り上げていたかと思ったが、過去のデータを確認してみると出てきていなかった。それが、今回から取り上げることにした通信・航法・識別というテーマ。頭文字をとってCNI(Communications, Navigation, and Identification)と呼ぶことも多い。
なぜ、この三者がワンセットなのか
筆者が初めてCNIという単語に接したのは、おそらくF-35であったと思う。F-35は胴体側面に電子機器室を備えているが、左右の空気取入口後方・胴体側面にあるアクセスパネルの内側がそれだ。片方にはBAEシステムズ社製のAN/ASQ-239電子戦システムを、他方にはノースロップ・グラマン社製のCNIシステムを内蔵している。
と書くと、奇異に感じられるかもしれない。どうしてこの三者がワンセットになっているのか、と。しかし、よくよく考えてみると、意外と共通性がある。
通信といえば、有線と無線があるが、どちらにしても電気通信技術である。そして現在では、デジタル化の技術が入ってきている。音声をそのまま変調する代わりに、まずデジタル化してからデジタル変調をかける。こうすると、音声通話だけでなく、データ通信も実現しやすくなる。そこにソフトウェア無線機(SDR : Software Defined Radio)が出てくれば、コンピュータやソフトウェアといった話も関わってくる。
航法には、現在位置を知る測位(positioning)と、その情報に基づいて針路や速力などを決定するという、2つの構成要素がある。
測位技術には、昔からある地文航法、推測航法、天測といった手法に加えて、慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)や、衛星を利用する各種GNSS(Global Navigation Satellite System)もある。近年、GNSSに対する妨害や欺瞞の問題が取り沙汰されていることから、GNSSの代替手段に関する研究も行われている。そして、こうした測位手段でも無線やコンピュータが関わる。
針路・速力の決定は、煎じ詰めれば幾何学的な計算問題だから、人間が紙の上で線を引いて計算することもできるし、コンピュータに計算させることもできる。
識別というとピンとこないかもしれないが、分かりやすいところでは敵味方識別がある。IFF(Identification Friend or Foe)を例にとると、電波を使って誰何して、正しい応答が返ってくれば味方だと判断する仕組み。そこでうまいこと成りすまされてしまうと一大事だから、暗号化技術も関わってくる。するとこれまた、電気通信技術に加えて、コンピュータやソフトウェアが関わる問題となる。
つまり、通信・航法・識別のいずれをとっても、通信技術とコンピュータ技術が絡んでいるし、その中には共通性がある部分も少なくない。それなら、ワンセットのシステムとして開発することにも合理性が出てくるし、それを紹介する際にもワンセットにするほうが筋が通る。
F-35の場合
先にも書いたように、F-35はノースロップ・グラマン社製のCNIシステムを搭載している。そして2021年の初頭にロッキード・マーティン社が、「CNIシステムと電子戦システムを連携させて、戦闘能力と自衛能力を強化する」という趣旨の開発契約を受注している。
詳しい内容は公にされていないが、制式名称をAN/ASQ-242というICNI(Integrated Communications, Navigation and Identification)システムに、AN/ASQ-239電子戦システムを連携させようとしているらしい。ICNIは無線通信やデータリンク、IFF、航法など、27の機能をひとまとめにしている。繰り返すが、27である。
たぶん、この27種類の機能をそれぞれ独立した電子機器ユニットにしたら、F-35の胴体側面にある電子機器室には収まらない。共通性がある機能は共用して、一体のシステムとしてまとめているから、あのスペースに収められるのではないか。
それに、F-35の世代の戦闘機では、さまざまな軍用電子機器がそれぞれ別個に独立したものとして動作するわけではない。互いに連携させることで、これまでになかった能力を引き出そうとしている。
例えば、識別。普通はレーダーにIFFを組み合わせて、探知した目標に対して誰何をする。しかしそれは、「正しい相手に限って正しい識別コードをセットしている」という前提があってのこと。その前提を、どこまで信用できるのか。そこで電子戦システムの情報を加味すると、「こいつは味方のような顔をしているが、敵国のレーダーと同じ電波を発しているぞ?」という話が出てくるかもしれない。
また、F-35のAN/APG-81レーダー(これもノースロップ・グラマン社の製品)に電子攻撃(EA : Electronic Attack)、つまり妨害の機能を持たせる話があるが、どこの誰をどういう手法で攻撃すればよいかを判断する材料として、電子戦システムから得た情報を活用できる。また、電子戦システムだけでなくレーダーなども加味してターゲットの方位と距離を取得すれば、ビームを精確に指向して「狙い撃ち」ができるかもしれない。
「異なるシステムを連携させることで、従来にない機能を実現する」とは、そういう類の話である。 今回はこれぐらいにして。次回から順次、通信・航法・識別に関わるさまざまな手法や技術や製品、そして可能であればそれらの合わせ技について、いろいろ取り上げてみることにしたい。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。