これまで取り上げてきたお題は、砲弾にしろミサイルにしろ、物理的なモノを飛ばす種類の武器だった。それに対して今回取り上げるのは、レーザー兵器。昔からSFやアニメの世界ではなじみ深いウェポンだが、まさか自分の目の玉が黒いうちに実用品が出てくるとは思わなかった種類のものだ。
化学レーザーからソリッドステート・レーザーへ
実のところ、レーザー兵器の開発や試験は、意外なほど歴史が長い。例えば、米海軍とTRW社は1970年代の初頭から、メガワット級の出力を持つ化学レーザー・MIRACL(Mid-Infrared Advanced Chemical Laser)の開発に乗り出していたが、これは実用品にならずに終わった。
レーザー兵器が実用的なモノになってきていますよ、と知らしめた著名な事例として、米ミサイル防衛局 (MDA : Missile Defense Agency)が手掛けたYAL-1 ABL(Airborne Laser。後にALTB : Airborne Laser Test Bedと呼ぶようになった)が挙げられる。
これは、ボーイング747貨物型を改造して、COIL(Chemical Oxygen Iodine Laser)という化学レーザーを機首に組み込んだもの。機内の貨物搭載スペースはCOIL関連機器で埋め尽くされていた。なにしろ、発射直後の上昇途上にある弾道ミサイルを撃ち落とそうというものだから、出力はメガワット級に達する。
これが2010年2月11日に、弾道ミサイルの破壊に成功した。ところが、実用品にはならずに終わった。その理由としては、「ブースト段階の弾道ミサイルを撃ち落とすには、敵地ないしはそれに近いところまで進出しなければならない」という戦術上の問題、そして化学レーザーから発生する有毒ガスの問題があったようだ。
この頃、他にもいくつかのレーザー兵器開発計画があったが、その中には化学レーザーを使用するものもあった。しかし、結局はいずれも実用に至らず、電力を供給して作動させるソリッドステート・レーザーの開発に軸足が移る。
確か四半世紀ぐらい前の話だが、軍事と軍需産業情報に関する週刊誌『Jane’s Defence Weekly』に「レーザー兵器から放出したビームを反射して向きを変える衛星」の記事が載ったことがある。レーザー・ビームは直進性が強いから、見通し線範囲内の目標しか撃てない。そこで、反射鏡でビームの向きを変えれば地平線や水平線の向こう側にある目標でも撃てる、と考えたわけだ。まさに「反射衛星砲」である。ただし、これを具現化する動きは、まだない。まず、高出力のレーザー兵器をモノにする方が先決である。
レーザーとは、LASER(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)という頭文字略語。日本語訳すると、一般的には、「輻射の誘導放出による光増幅」となる。そして、レーザー・ビームを出すには「レーザー媒質」と「励起源」が必要だ。シーケンスは、「レーザー媒質に対して、励起源によって外部からエネルギーを与えることで発光させる」「その光を、対向する形で設置した反射鏡の間で往復させながら増幅する」「一定水準の出力に達したところで放出させる」となる。
そして、レーザー媒質の違いにより、さまざまな「○○レーザー」ができる。化学レーザーには前述したような課題があるため、現時点で開発が行われているレーザー兵器は、電力を供給するだけで作動する種類のものだ。ただし、まだメガワット級の大出力を発揮できるものはなく、数kWから数十kW程度のものが多い。これも、複数のレーザーを束ねて、ようやく達成している数字である。それでも、小型の電動式マルチコプターぐらいなら、レーザー・ビームのエネルギーによって破壊できるようになってきた。
ODINとHELIOS
米海軍では最近、2種類のソリッドステート・レーザーを、実際に艦上に搭載している。
一つはAN/SEQ-4 ODIN(Optical Dazzling Interdictor)で、アーレイ・バーク級駆逐艦のデューイ(DDG-105)などに搭載している。対艦ミサイルの迎撃に使用する、Mk.15ファランクスCIWS(Close-In Weapon System)の設置場所におさまるぐらいコンパクトだ。そしてファランクスCIWSと同様に、電力さえ供給してやればスタンドアロンで動作できる。
想定している主なODINの用途は、ドローン対策(C-UAS : Counter Unmanned Aerial System)だが、破壊に至らずとも無力化できればよしとしている。また、電子光学センサーの妨害にも使える。
もう一つが、ロッキード・マーティンが開発しているMk.5 mod.0 HELIOS(High Energy Laser and Integrated Optical-dazzler and Surveillance)で、出力は60kW級。こちらは妨害だけでなく破壊まで視野に入れているため、出力が大きい。それだけでなく、イージス戦闘システム(ベースライン9.2.3)と連接する点がODINとの大きな違い。
動き回る無人機などをレーザーで破壊しようとすると、さすがに瞬時で破壊できるとは限らず、照射を続けなければならないかもしれない。すると、精確な照準を維持することが必要になるはずで、それにはイージス戦闘システムから照準に必要なデータを得るほうが確実、ということだろうか。その代わり、「必要だから載せましょう」といってポン付けするわけには行かなくなる。
なお、ODINを開発した米海軍水上戦センター(NSWC : Naval Surface Warfare Center)ダルグレン部門では、人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用するレーザー兵器向けの意思決定支援ツール・HEL FCDA(High Energy Laser Fire Control Decision Aid)を開発した。
狙いは、脅威が出現したときの対応迅速化と、命中精度の向上だという。おそらく、複数の脅威が出現したときの脅威評価や優先順位付けでAIを活用するのではないだろうか。電力さえあれば「弾切れ」が起きないのはレーザー兵器の利点であり、それは多数の無人機と連続的に交戦する場面で効いてくる。しかし、連続的に交戦する際の優先順位付けを間違えると、脅威の排除がうまくいかなくなってしまう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。