2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻に関連して、「ロシア軍が精密誘導兵器をあまり使っていない」という話が流れてきている。もっとも、ウクライナ相手に仕掛けた戦争に限らず、その前にシリアでも同じことがいわれていたが。こんなときに「アメリカでは2003年のイラク戦争の時点ですでに、ほとんど精密誘導兵器だけしか使わなかったのに」なんてことをいわれる。
ゼロから作るか、既存品を流用するか
精密誘導兵器といっても、種類はいろいろある。航空機に搭載する対地用だけでも、誘導爆弾、誘導機能付きロケット弾、空対地ミサイル、といった按配になるし、艦艇や地上にまでプラットフォームを拡大すれば、さらに種類は増える。
その多くは、弾体、弾頭、目標を捕捉するためのシーカー、そこからの情報に基づいて操縦を行う操舵装置などを、すべて新規に設計・製造する。と書くと、「えっ、すべてが新規製造ではない場合もあるの?」と驚かれるかもしれない。もっとも、本連載をずっと御覧いただいている皆さんであれば、すでに何度も取り上げたことがある種類のものである。
その典型例にして、おそらくは最たるポピュラーな事例が、ペーブウェイ誘導爆弾。いわずと知れたレーザー誘導爆弾(LGB:Laser Guided Bomb)である。最初のバージョンが出現したのは、ベトナム戦争の最中で、手掛けたメーカーはテキサス・インストルメンツ(TI)だ。
なんでも、米軍が「ベトナム戦争で勝てるアイデア」を募集したときに、レーザー・ビームの反射波をたどって目標に誘導される爆弾の案を思いついたというのが、話の発端であるらしい。
ところが、使える予算に限りがあった。そこで苦し紛れに(?)考え出したアイデアが、既存の自由落下爆弾を改造する方法だった。すでにあるMk.80シリーズの自由落下爆弾に対して、ノーズにはレーザー・パルスを受信するシーカーと、操縦のためのフィンと、それを動かすための駆動装置を一体化したCCG(Computer Control Group)を取り付ける。尾部には、揚力を発揮するための折り畳み式ウィング(AFG : Air Foil Group)を取り付ける。
誘導に使うレーザー・パルスは、パターンをいくつか用意して、それを「パルス・コード」と呼ばれる数字で区別する。目標にレーザーを照射するためのレーザー目標指示機と、ペーブウェイのCCG表面にあるダイヤルで同じパルス・コードを設定することで、CCGは「捕捉追尾すべきレーザー・ビーム」の区別をつける。それぞれ異なるパルス・コードを割り当てておけば、同じ場所で複数のペーブウェイを同時に投下しても混信はしない。
話がやや脱線気味になったが、ペーブウェイが卓抜だったのは、この「既存の自由落下爆弾に、後からCCGとAFGを取り付けて精密誘導兵器に化けさせる」ところ。これなら、在庫品の自由落下爆弾が、安上がりに精密誘導兵器に化ける。ところが、メリットは他にもいろいろある。
まず、弾体に使用する爆弾の種類を変えれば、威力や能力を変えられる。ただし重量や空力特性が変わるから、AFGやCCGは爆弾に合わせて変える必要が生じることもある。
そして、同じようにMk.80シリーズを弾体に使用する誘導爆弾として、後からGPS(Global Positioning System)と慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)を使用するJDAM(Joint Direct Attack Munition)が登場した。これも考え方は同じで、既存の爆弾に誘導装置を後付けする(ただしペーブウェイと違って、尾端に取り付ける)。
ということは、同じ爆弾が、取り付ける誘導装置次第で、ペーブウェイにもなるしJDAMにもなる。無論、何も取り付けなければ自由落下爆弾としても使える。なんとも柔軟性の高い話だ。
もちろん、場合によってはブラン・ニューの物を起こさないと要求性能を達成できないこともあるから、そういう事例もたくさんある。しかし、既存の爆弾を安上がりに精密誘導化して済むのであれば、こんなありがたい話はない。
ロケット弾にも波及
もともと、この発想は自由落下爆弾との組み合わせばかりだったが、21世紀に入ったあたりから、違う種類のものも出てきた。それが、非誘導のロケット弾を精密誘導化するAPKWS(Advanced Precision Kill Weapon System)。担当メーカーはBAEシステムズだ。
ロケット弾は、推進用のロケットの先端に、信管と弾頭を組み込んである。誘導機構は持たないので、精確に狙いをつけて撃たないと当たらない。どちらかというと、一度に大量に撃ち込んで「数を頼んで面制圧」という使い方をすることが多い。しかしこちらの分野でも、精確に命中させたいというニーズが出てきた。
そこで、在庫品のロケット弾に、これまたレーザー誘導装置を取り付けて精密誘導化するアイデアが出た。それがAPKWS。先端部には弾頭が収まっているので、シーカーと誘導制御装置はその背後、弾頭とロケット・モーターの間に組み込む。しかし、そんな場所に取り付けたら「前が見えない」から、誘導用のレーザー・ビームを受信できるものなのか。
ここから先がAPKWSの興味深いところで、実はこれを発射筒から発射すると、誘導制御装置に組み込まれた4枚の誘導フィンが展開する。その誘導フィンの前縁部に、それぞれ小さなレーザー・シーカーが組み込まれている。十字型のフィンのそれぞれにシーカーが付いているから、おそらく、シーカー同士で位相差をとれるのではないだろうか。
APKWSは、AGM-114ヘルファイア対戦車ミサイルよりは威力が小さいが、安上がりで「ホドホドの威力を備えた」精密誘導兵器という位置付け。在庫品の2.75in径ロケット弾を流用できるから、安上がりに精密誘導兵器ができる。ただし、小さなスペースに誘導制御機構を押し込めないといけないから、ムーアの法則による恩恵をかなり受けているのではないか。
他国と比べれば潤沢な資金を使えるとされる米軍だが、それでも、安上がりな精密誘導兵器の実現には熱心だし、そこでいかにもアメリカ的な合理主義を発揮してもいる。それと比較する形で「さて、ロシアはどうだったんですかね?」という話になっても無理はないだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。