第80回~第83回で、砲の射撃管制に関する話を取り上げた。そこで解説したのは、「撃った弾を狙った場所に正確に当てる」ための手段だった。しかし、火砲を使った火力支援はそれだけの話では済まないのではないか、という考えに至り、改めて火力支援というテーマで書いてみることにした。

そもそも火力支援とは

歩兵が敵軍と交戦しているときに、個人のレベルで携行できる武器では太刀打ちできない相手に直面することがある。また、敵軍のほうが数が多く、圧倒されそうだ、なんて場面もあり得る。そんなときに砲兵隊が後方に控えていれば、個人で携行できる武器よりもはるかに威力が大きい砲弾を撃ち込んでもらえる。

同じような機能を実現する手段として、近接航空支援(CAS : Close Air Support)がある。この場合は砲兵隊の代わりに、頭上を飛ぶ友軍機が敵軍を叩く図式になる。ただし、飛行機の滞空時間には限りがあるし、悪天候に邪魔されることもある。つまり、航空機によるCASは、毎日24時間(英語圏ではしばしば “24/7” と書く)、フルタイムで期待できる種類のものとはいいがたい部分がある。

その点、砲兵隊は陸上を移動するから、悪天候に邪魔されて飛んでこられません、という事態は起きない。もっとも、道路状況が悪くて移動に時間がかかってしまう可能性はあるのだが、それはまた別の話。

  • 富士総合火力演習で射撃を展示する、陸上自衛隊の自走榴弾砲。実は右の車両が撃った弾が映っているのだが、煙の中なのでよく分からない

火力支援は、事前に計画を立てて実施する形態と、臨機応変に実施する形態が考えられる。

例えば、これから敵軍の陣地を強襲する場面であれば、まず砲兵隊が敵陣に砲弾を撃ち込んで、戦力を減殺したり、障害物を破砕したりする効果を期待する。こちらの形態では、どこにどれだけの砲弾を撃ち込むかは事前に計画できる。

臨機応変とは、「交戦していたら強力な敵軍が現れたので、なんとかしてくれ」といった場面のことで、この場合は事前の計画ができない。砲兵隊は砲と弾薬を持って射撃位置に移動しておいて、前線から要請があったら、指示された場所に向けて砲弾を撃ち込む。その際の指示や調整を円滑に行うため、前線の部隊に砲兵隊の観測担当者が随伴するのが普通。

なお、陸戦で火力支援を担当するのは一般的に砲兵隊だが、上陸作戦では洋上の艦艇から火力支援を実施することもある。昔なら36cm径とか40cm径とかいう巨砲の火力支援を期待できたが、今はそんな大口径砲はどこにもないので、威力は落ちてしまった。

  • 着弾した砲弾が炸裂した瞬間。遠くからのほほんと眺めている分にはよいが、あまり現場にいたい種類のものではない

砲兵の仕事は破壊するだけではない

砲兵隊が撃ち込む砲弾は、炸薬を装填していて着弾すると起爆する、いわゆる高性能炸薬弾(HE : High Explosive)ばかりとは限らない。

昔からあるところでは、発煙弾がある。これは撃ち込むと爆発する代わりに煙を出して、煙幕を張るためのもの。これから進撃しようというときに、目くらましのために使用するのだが、敵軍にしてみれば「発煙弾を撃ち込んで来たから、これから敵軍が来るぞ!」という予告になってしまう一面もある。

HE弾は狙った目標に正確に当てることを求められるが、発煙弾はそれほどでもなさそうだ。指定された範囲内に着弾して、目論見通りに煙幕を張ってくれればそれでよし。問題になるのは、命中精度よりも風向きだ。

逆に、視界を確保するための砲弾を撃ち込むこともある。それが照明弾とか星弾とかいわれている種類のもの。空中で作動して、光を発しながらゆっくり落ちてくる。もっとも、最近は赤外線暗視装置の利用が一般化しているから、以前のように、夜襲に照明弾がつきもの、という状況ではない。それに、発煙弾と同じデンで、照明弾を撃ち込めば「これから攻撃しますよ」と予告するようなものだ。

最近になって現れた変わり種として、電子戦機能を持たせた砲弾がある。着弾するとアンテナを展開して、妨害電波を出すものだ。主な妨害対象はVHF/UHFの通信機だから、敵軍の部隊間で行われる通信の妨害を企図しているのだと分かる。

「妨害なら、電子戦装置を搭載した車両やヘリコプターを用意して実施すればいいのに、どうしてわざわざ砲弾に仕込むのか?」と疑問に思われそうではある。

利点は、まず敵軍に近いところから発信できること。もともと、砲兵隊が撃つ砲弾は敵軍がいる場所に向けて撃ち込むものだから、敵軍が妨害電波の発信源を突き止めて撃ち返そうとしても、自軍の目の前で電波を出している砲弾を破壊するだけ。これなら、貴重な電子戦装備を危険にさらさずに済む。

また、砲弾の用意さえできていれば、電子戦装備を備えた部隊(そんなに手駒が多い種類の兵科ではない)が手近なところにいなくても済む利点もある。そして、砲弾に仕込んだ電子戦装置はバッテリの電源が尽きれば必然的に動作を停止するから、時限動作になる。時間さえ経過すれば必ず止まるので、わざわざ発信器を見つけて止めに行く必要はない。

西欧諸国では、この「電波妨害砲弾」に関する研究に着手したところだが、すでにチェコのメーカーが手掛けているらしい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。