コンピュータ業界で「ダウンサイジング」という言葉が持てはやされたのは、もうずいぶんと前の話。今や小型コンピュータや分散環境の利用は当たり前のことで、殊更に言い立てる話ではなくなった。では、ネイビー業界においてはどうか。

自衛艦隊と護衛艦隊

部外者から見るとまことにややこしい話だが、海上自衛隊の実戦部隊には、「自衛艦隊」という組織と「護衛艦隊」という組織がある。上にいるのは「自衛艦隊」のほうで、その下に、「護衛艦隊」「潜水艦隊」「掃海隊群」などの組織が入る。そして「護衛隊群」の下に、各種の護衛艦で編成する護衛隊、あるいは複数の護衛隊を集めて編成する護衛隊群(4個ある)が入る編成だ。

その自衛艦隊や護衛艦隊は、発足当初から「旗艦」を持っていた。海上自衛隊が旗揚げしたときは、まだ「指揮官先頭」の時代だったから、旗艦を用意するのは当然の帰結ではある。

最初は既存艦に後から司令部関連の諸区画を追加したり押し込めたりしていたが、1957年に就役した「あきづき」型(先代)の設計に際しては、当初から司令部区画の設置を織り込んだ。同級の基本要目仕様書では、「送信機が6~8台、送受信機が8~10台、受信機が20~25台、暗号機が3~4台、ファクシミリなどの特殊通信装置」となっていた由。

ところが、その「あきづき」型が老朽化によって退役した後は、「みねぐも」型護衛艦の3番艦「むらくも」が護衛艦隊旗艦の任を引き継いだ。当初から旗艦にするつもりで造られた艦ではないから、転用に際して改造が行われた。ただし、もともと小さな艦であり、甲板室が増やされた様子もなく、せいぜいアンテナが増えた程度の差だったという。

その辺の事情は、「むらくも」の後を引き継いだミサイル護衛艦「たちかぜ」でも似たり寄ったり。結局、旗艦としての任務に対応できるだけの指揮通信能力を備えた艦は、今の空母型ヘリコプター護衛艦の出現までおあずけになった。

旗艦に相応しい指揮管制能力を実現するために、先代「あきづき」では司令部区画の設置に加えて、通信機をごっそり積み込む程度で済んでいた。ところが、今はさらに多数のコンピュータ機器やディスプレイやコンソールが必要になる。そちらでも場所をとるし、電気も食う。

すると、設置のためのスペースが増えるだけでなく、発熱対処のための空調能力強化が必要になり、そんなこんなで電力消費が増えて発電機の能力強化が求められる。発電機が大型化すれば燃料消費が増えるので、これがまた艦を大型化する原因を作る。growth factor の典型例である。

  • 海上自衛隊の護衛艦「むらさめ」型。汎用護衛艦の第2世代として、中期防衛力整備計画の下、建造された。現在も就役中だ 写真:海上自衛隊ホームページより引

    海上自衛隊の護衛艦「むらさめ」型。汎用護衛艦の第2世代として、中期防衛力整備計画の下、建造された。現在も就役中だ 写真:海上自衛隊ホームページより引用

既存艦の旗艦転用に既製品を活用

といったところで、話はいきなりヨーロッパに飛ぶ。旗艦が旗艦としての機能を果たすために必要となる指揮管制システムについて、専用の製品を開発・搭載する事例ばかりかというと、そういうわけでもない。という事例があるからだ。

NATO諸国は常設の任務群をいくつか編成しており、そこに各国から艦を差し出して、多国籍編成の部隊を構成している。その一つが、対機雷戦を受け持つNATO常設第1対機雷群(SNMCMG1 : Standing NATO Mine Countermeasures Group One)。

そのSNMCMG1の旗艦も加盟各国の持ち回りになっており、2019年にはデンマーク海軍のフリゲート、セティス Thetis が旗艦を務めた。このときに使われたのが、本連載の第230回などで取り上げたことがある、汎用の指揮統制支援ソフトウェア「SitaWare HQ」。デンマークのシステマティック社が手掛けている製品である。

もともとSitaWareシリーズは陸戦用から始まっており、上級司令部向けの「SitaWare HQ」、前線指揮所向けの「SitaWare Frontline」、第一線部隊向けの「SitaWare Edge」といったラインアップをそろえている。そのうち「SitaWare HQ」をセティスに持ち込んだ。陸戦用の製品そのままでは対応できない場面もあるだろうから、なにかしらの手直しは実施したと思われるが。

その後にシステマティックは、「SitaWare HQ」の最新バージョン6.10で、海洋状況認識の機能を実現するアドオンを追加した。それの開発に際して、セティスとSNMCMG1における経験が生きていたかもしれない。そして現在では、「SitaWare Maritime」という海軍向けの独立した製品ができている。

もとが陸戦用だから、SitaWareシリーズを走らせるための道具立ては、艦載用の指揮管制装置ほど大がかりにならないだろう。システマティックが公開している動画を見る限りでは、「SitaWare HQ」でも一般的なパーソナル・コンピュータで走っているように見える。

  • 米陸軍の演習に際して、指揮所でMMC(Mounted Mission Command)の評価を実施している様子。MMCのベースはSitaWare Frontline v2.0だという 写真:US Army

    米陸軍の演習に際して、指揮所でMMC(Mounted Mission Command)の評価を実施している様子。MMCのベースはSitaWare Frontline v2.0だという 写真:US Army

これはいってみれば、指揮管制システムのダウンサイジングである。こうした製品を活用することで、既存艦の指揮管制能力を高める際のハードルが、以前よりも下がってきているのではないだろうか。それに、SitaWareシリーズは専用開発品ではなく、いわばパッケージ・ソフトに近い製品だから、ゼロから開発するよりもコストとリスクが下がる。

ただし通信は話が別で、「通信機と空中線を増設して、しかも電波干渉が起こらないようにする」という課題は残る。これは物理的な問題だから、物理的に解決しないといけない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。