第27回で、軍艦の戦闘指揮所について書いた。その際に、「旗艦に求められる能力の一つに『通信能力』が加わる」と書いた。今回は、この辺の話をさらに深く、掘り下げてみよう。
場所だけの問題ではない
前回にも触れたように、固有の乗組員以外に司令や幕僚やその他のスタッフが乗り込んでくるわけだから、旗艦はその分だけ追加のスペースを必要とする。重巡洋艦や戦艦や空母といった大型艦ならまだしも、小型の艦だとそんなスペースはない。だから昔は、複数の駆逐艦で編成する駆逐隊の旗艦にするため、司令部を乗せるためのスペースを追加した「嚮導駆逐艦」という艦を造った事例もあった。
今の海上自衛隊では、ヘリコプター護衛艦「ひゅうが」「いせ」「いずも」「かが」の4隻には、個艦の戦闘指揮を執る戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)とは別に、司令部が使用する指揮所として旗艦用司令部作戦室(FIC : Flag Information Center)を設置している。また、災害派遣任務などに際して拠点とする「多目的区画」もあるが、これは旗艦としての機能とはあまり関係なさそうだ。
CICとFIC、どちらもかなり広いスペースをとっており、状況表示用のスクリーンやコンソールが並ぶ光景だけなら似ている。しかし、この両者は指揮の対象が違うのだ。
なお、FICは戦闘指揮を執る場所だが、それとは別に幕僚事務室や司令の居室も用意されている。小さな艦の場合、司令が乗ってきたときに専用のスペースがなく、艦長が居室を明け渡すこともあるが、これぐらい大型の艦になるとそんなことはない。
ただし実際には、場所だけ用意すれば済むという問題ではない。旗艦に求められる、本当に重要な機能は、通信と情報処理の能力である。それがなければ状況把握ができないし、状況把握ができなければ適切な意思決定も命令もできない。
通信機と指揮管制システム
まず通信。「ひゅうが」型にしろ、その次に出てきた「いずも」型にしろ、ついつい空母型の外見に気をとられてしまうが、むしろポイントは林立するアンテナ群にある。
どんな艦でも同じだが、艦艇が搭載する通信機は、大きく分けると以下のような陣容になる。
- 近距離・見通し線圏内で使用するVHF/UHF通信機
- 遠距離・見通し線圏外で使用するHF通信機
- 遠距離・見通し線圏外で使用する衛星通信機
衛星通信機も周波数帯の違いにより、UHF、Xバンド、Kaバンド、Kuバンド、Cバンド、Lバンドなどの違いがあり、複数を併用している艦は多い。海上自衛隊の場合、自国向けの衛星通信システムに加えて、米海軍のUHF通信衛星と接続するための通信機も備えている艦が少なくない。相互運用性という課題は、こういうところに現れる。
通信機の種類は他の護衛艦も大して違わないが、旗艦では「個艦の通信」に加えて「司令部の通信」が加わるから、その分だけ通信能力を強化しなければならない。有り体にいえば、通信機とアンテナの数が増える。「急いで通信する必要があるのだが」「こちらの通信が終わるまで待ってください」では仕事にならないから、個艦と司令部でそれぞれ、占有できる通信機が欲しい。
しかも、隊レベルならまだしも任務群(TF : Task Force)レベルになると、遠く離れた本国の上級司令部とやりとりしたり、情報を共有したりする場面が増える。すると、特に衛星通信の能力を強化する必要がある。前回につかみの話題に使った英空母「クイーン・エリザベス」や米海軍の空母、米海軍の揚陸指揮艦改め指揮統制艦「ブルーリッジ」あたりを見ても、衛星通信用と思われるアンテナ・ドームがやたらと目につく。
そういえば、「クイーン・エリザベス」は今年の5月末に極東方面に向かう航海に出る前に、タレスの手で通信機能の強化改修を実施したという。
通信は情報や指令をやりとりする手段だが、その情報を整理して提示、意思決定に資する仕掛けも当然ながら必要となる。第27回で取り上げた艦載指揮管制装置は、基本的には個艦の戦闘のために使用するシステムだが、司令部向けの指揮管制装置ではレイヤーが上がる。
単に、複数の艦をまとめて動かすとか、あるいは全体的な戦況把握が重要になるとかいうだけの話ではなく、たとえば補給支援みたいな要素も入ってくると思われる。また、水上艦、潜水艦、航空機の情報をバラバラに扱うのでは仕事にならないから、統一的に状況を把握して、指揮するための仕掛けも要る。
特に、「ブルーリッジ」みたいに両用戦の指揮を執る前提で造られた艦は大変だ。両用戦は陸・海・空にまたがる複雑な作戦だから、その分だけ仕事が増える。そのため、上陸作戦の指揮統制を専門に担当する区画とシステムを設けてある。
上級司令部が陸に上がる理由
ところが困ったことに、状況を把握したり指令を出したりするために、通信機から電波を出すと、それを傍受・逆探知されるリスクがついて回る。通信内容を読まれたら一大事だから暗号化するのは当然だが、電波の発信源を知られるだけでも問題だ。「ここに我が軍の総大将がいます」と敵軍に告知する事態になりかねない。
実は、上級の艦隊司令部が陸に上がるようになった一因が、この点にある。もちろん、「通信技術の発達によって、遠く離れた本国の指揮所からでも状況の把握や命令の下達が可能になった」という事情もあるが、それだけでなく、「陸地にいる方が、より仕事がしやすい」一面もあるわけだ。
実際、海上自衛隊の護衛艦隊も、かつては「護衛艦隊旗艦」となる艦を1隻持っていたが、今はいない。もっとも、専属の護衛艦隊旗艦を用意する代わりに、司令部が海に出る必要が生じたときは、充実した指揮通信能力を備えるヘリコプター護衛艦を使えば良い、ということでもあるのだが。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。