海外の軍事関連ニュースサイトや軍事専門誌を見ていると、ちょいちょい遭遇する言葉が、今回のお題である “contested environment”。例えば、何かのウェポン・システムについて「contested environmentでも運用できるように云々」みたいな文脈で登場する。
contestedとは?
われわれ一般市民の日常生活において “contest” といえば、「絵画コンテスト」とか「写真コンテスト」とかいった類のイベントである。戦争をする場所との結びつきは、あまり考えられない。そこで念のために英和辞典を調べてみても、「競争、競技、抗争、論戦、議論」といった意味しか出てこない。確かに、戦場はある種の「競争・抗争」の場ではあるが。
そこで筆者は悩んだ結果、”contested environment” を「敵対的環境」と訳している。しかし、これはこれで異議が出そうである(ちなみに、contestには異論という意味もあるそうだ)。「戦場はもともと敵対的な場であって、いまさらトレンドでもなんでもないのではないか」と。
仰せの通り、その通り。敵軍がいて、こちらの作戦行動や任務の達成を邪魔しようと企てている。実際、”contested environment” について「紛争環境」という訳をあてている事例もある。そもそも、戦争していなくても現場が十分に敵対的な環境ということもある。ジャングルや寒冷地が典型例だろうか。
にもかかわらず、最近になって、どうして急に ”contested environment” という言葉が頻出するようになったのか。そこで「軍事とIT」の観点から考えてみた。
以前にはできたことができなくなってきた
先に「敵軍がいて、こちらの作戦行動や任務の達成を邪魔しようと企てて」と書いた。火砲や誘導弾、ときには人間の腕力を使ったキネティックな攻撃はいうまでもなく、本連載では頻出するテーマであるところの電子戦、そして情報戦みたいな形もある。
ところで、最近では、A2AD(Anti-Access/Area Denial。アクセス拒否・地域拒否)という言葉も、チョイチョイ聞かれる。字面だけ見ると何のことかと思うが、噛み砕いてみよう。すると、「アクセス拒否」は「敵軍をそもそも寄せ付けない」という意味になるし、「地域拒否」は「敵軍がやって来ても好き勝手に行動させない」という意味になる。
それを実現するために、キネティックな攻撃手段は当然のこと、電子戦も情報戦も、そして各種のC4ISR(Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance。指揮、統制、通信、コンピュータ、情報収集、監視、偵察)関連資産も総動員して、しかもこれらを有機的に連携させる。
以前に「トレンド・ワード」として挙げた “electromagnetic spectrum” を例に挙げるならば、「以前ならレーダーによる索敵はできるという前提だったが、昨今の熾烈な電子戦環境下では、そもそもレーダーによる索敵ができるという保証がなくなってきた」という話になるだろうか。無線通信や、ネットワーク戦の要石であるデータリンクについても同様である。
ことにIT分野において顕著な、「従来なら利用できるのが当たり前で、かつ、便利だからおおいに依存していた」手段を自由に利用できなくなってきた状況。「敵対的行動」のレベルが上がって、そもそも自軍の自由な作戦行動が阻害されるようになってきた状況。そうした中で、いかに作戦行動を有利に展開して、軍事作戦の目的を達成するか、ということを真剣に考えなければならなくなってきている。
そして、センサーにしろ指揮統制にしろ通信にしろ、一点集中型だと、そこがやられた途端にすべての機能を喪失することになってしまう。そこで、一部がやられても全滅に至らないように、手駒を分散させるとともに、センサーも指揮統制も通信も分散型にする。
米軍が最近になって掲げているJADC2(Joint All Domain Command and Control)にしろ、以前に取り上げたMANET(Mobile Ad Hoc Network)やメッシュ・ネットワークにしろ、そういう流れの中で開発・導入の話が進んでいるのだと考えれば、理解しやすくなるのではないか。
もっとも、「矛盾」の故事を地で行く業界のことだから、こうやって対抗策が案出されると、また対抗策への対抗策が案出されるようになり、無限のいたちごっこが続くことになるだろうけれど。
最後に余談をひとつ。米海兵隊では、お家芸だと思われていた「敵地を海から強襲する水陸両用作戦」という旗印をあっさり(?)降ろしてしまい、新たな作戦概念を打ち出して組織改編を進めている。これも、”contested environment” の下で海兵隊がいかにあるべきか、海兵隊に何ができるか、を考えた結果ではないだろうか。そういう時に自己変革ができるのは、米海兵隊という組織の強いところだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。