以前に第400回で、「ソフトウェア制御」の話を取り上げた。一般に、メカニカルな、あるいはアナログ電気回路を用いる制御では、機構や回路を設計した時点で、動作内容は確定してしまう。それに対してコンピュータ制御の場合、そのコンピュータで走らせるソフトウェア次第で、動作内容の変更ができる。ただし厳密にいうと、さらにプログラムとデータに分けられる。
電子戦ポッドのデータをその場で送信
さて。米空軍が7月31日に、「飛行中のF-16が搭載する電子戦システムに対して、データを送り込む実証試験を実施した」と発表した。ユタ州のヒル空軍基地にあるソフトウェア開発拠点から、データを衛星通信経由で、ネバダ州のネリス空軍基地から飛び立って飛行中のF-16に向けて送信。そのデータを、F-16が搭載するAN/ALQ-213電子戦ポッドのコントローラに送り込むという内容である。
当節は電子戦システムもコンピュータ制御だから、当然、電子戦システムを制御するためのプログラムが、AN/ALQ-213内部のコンピュータに組み込まれている。ただし、妨害に関わる可変要素の部分は、MDF(Mission Data File)として別立てになっている。こうしておかないと、新たな脅威が出現した時の対処が難しくなる。
MDFがプログラムと独立したデータになっていれば、そこだけ書き換えることで、新たな脅威を識別したり、妨害したりするためのベースができる。もちろん、MDFをどのように記述するか、MDFとプログラムの間のインタフェースはどうするか、といった具合に、事前に仕様をキッチリ決めておかなければならない部分はいろいろあるのだが。
そして、今回の実証試験で飛行中に送信して書き換えたのは、このMDFのほうだ。米空軍の説明では「事前に存在が知られていなかった脅威に、適切に対処できるようにするための概念実証」だという。シグナル・プロセッサが使用するデータを送ったとのことなので、脅威の識別に関わる部分がメインになったと思われる。
例えば、配備されていないと思っていた種類の地対空ミサイルがあった、と判明した時に、どうするか。その地対空ミサイルが使用する射撃管制レーダー、あるいはミサイル誘導レーダーに関する情報があれば、それのMDFを直ちに送る。すると、現地に向かっている戦闘機は、受け取ったデータを使って適切な識別や妨害ができる、という期待を持てる。脅威に関するデータがないのでは、識別や妨害が覚束なくなってしまう。
データを送る際の課題
ただ、衛星通信でデータを送るといっても、課題はいろいろある。衛星通信の伝送帯域は限りある資源だから、MDFはできるだけコンパクトにまとめたい。すると、データそのものあるいは伝送の過程で、圧縮技術が不可欠なものとなる。
また、送信エラーの可能性が絶対にないとは言い切れないから、エラーの検出や訂正を確実に行える仕組みも求められる。そういったところも含めて、まず実際にモノをつくって動かしてみようということで、今回の実証実験になったのだろう。
これは個人的な推測だが、MDFは飛行中の更新があり得るにしても、動作そのものを規定するプログラムは、そこまでやらないのではないか。MDFの飛行中更新(インフライト・アップデート)は、そこまでやらないとヤバいという緊急性があるからやる、いわば最後の手段。そこまでせずに、事前に地上で必要なデータをそろえておけるのであれば、それに越したことはない。プログラムにおいてはなおさらだろう。
F-35もデータは別立て
実は、この「プログラムとデータの分離」という話は、F-35にも関わりがある。F-35のミッション・ソフトウェアでは、運用する現場に合わせて脅威情報を書き換えられるようになっていて、これもまたMDFと呼んでいる。
そして、そのMDFを作成する施設のことを「再プログラム・ラボ」(reprogramming laboratory)と呼んでいる。アメリカはいうまでもないが、イギリスやオーストラリアも、すでに自前の再プログラム・ラボの稼働を始めている。
つまり、同じ外見で、同じミッション・システム・ソフトウェアが走っているF-35でも、再プログラム・ラボで作成したMDFの内容が異なれば、(おそらくは、特に電子戦システムの分野で)違った動作をする可能性があるわけだ。
こういう仕組みになるのは、ある意味、当然というところがある。機体が任務に就く場所が異なれば、直面する相手が変わるし、脅威の内容にも違いが生じる。具体的に名前を挙げてしまえば、ロシア軍と中国軍では装備している防空システムなどの体系が違うから、脅威の内容も当然ながら違う。
それを、全部ひっくるめて同じデータに基づいて識別・妨害するのは無理がある。かといって、全世界の、ありとあらゆる脅威に対応できるデータを集めたら、データ量が増えてしまう。それであれば、相手に合わせたテーラーメイドのデータが欲しい。それを実現するのが再プログラム・ラボというわけだ。
それに、電子戦システムが脅威の識別や妨害のために使用するデータは、各国のELINT(Electronic Intelligence)収集部門などが必死になって集めてきたデータだ。それを気軽にホイホイと、他国に渡せるかどうかという問題もある。MDFという形でプログラムとデータを分離することには、そこの問題を解決する意味もあるはずだ。
なお、F-35のMDFについては、飛行中にアップデートしてみたという話は伝えられていない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。