前回は、コンピュータ・ネットワーク屋さんにおける「gateway」の一般的な意味と同様の、「異なる種類のネットワークを相互接続するための、変換・中継機能を受け持つゲートウェイ」の話を書いた。それと関連する、別の話題も取り上げてみたい。

ノースロップ・グラマンのBACN

それが、ノースロップ・グラマンが手掛けているBACN(Battlefield Airborne Communications Node)。日本語に逐語訳すると「戦場航空通信ノード」となるが、要は通信中継とゲートウェイの機能を航空機に載せて、戦場の上空に飛ばそうというものである。手元のデータを見ると、最初にこの名前が出てきたのは2006年4月のこと。米陸軍が実施した実証試験に試作品を持ち込んだのが、このタイミング。

その後、ノースロップ・グラマンに機材製作の契約を発注したのが2009年6月。面白いのは、同社が製作する通信中継機材を載せるプラットフォームで、ボンバルディアのビジネスジェット機「BD-700グローバルエクスプレス」を3機、それとノースロップ・グラマンのRQ-4グローバルホーク・ブロック20を3機。つまり有人機と無人機の両方に載せたのだ。

有人機のほうにはE-11A、無人機のほうにはEQ-4Bという制式名称がある。当初の話では、E-11AはEQ-4Bがモノになるまでのつなぎという位置付け、とのことだった。しかし有人・無人の二本立てが続いており、さらに2021年6月になって、ボンバルディア・グローバル6000を6機、追加発注した。こうしてみると、つなぎどころではなく、有人機が本命になってしまった感がある。

  • BACNの有人バージョン、E-11A。6機の追加が決まっているが、グローバルエクスプレスではなくグローバル6000を使うことになった 写真:USAF

    BACNの有人バージョン、E-11A。6機の追加が決まっているが、グローバルエクスプレスではなくグローバル6000を使うことになった 写真:USAF

  • 2018年2月16日にBACNを搭載するように改造された後、初飛行中のEQ-4B 写真:ノースロップ・グラマン

    2018年2月16日にBACNを搭載するように改造された後、初飛行中のEQ-4B 写真:ノースロップ・グラマン

実のところ、通信中継を担当する機体は「とにかく上空を飛んでいてくれないと困る」ものだから、滞空時間の長さが求められる。すると、有人機より無人機のほうが有利ではないか、という話になる。グローバルホークはもともと30時間を超える連続滞空が可能だし、無人だから、搭乗員が眠くなったり、疲れたり、トイレに行きたくなったり、お腹を空かせたりしない。しかし実際には有人機の増勢が決まってしまったわけで、この辺の背景事情は突っ込んで調べる必要があるかもしれない。

BACNでできること

さて、そのBACNで何ができるのか。大きく分けると、音声通信やデータリンクといった通信の中継機能と、異なる周波数同士の変換機能がある。例えば、異なる周波数帯の無線機を持っている地上の車両隊指揮官と上空の近接航空支援担当機が、直接交話できるようになるとされている。

2009年の時点でBACNが対応していた通信には、以下のものがあった。

  • VHF-FM
  • VHF-AM
  • UHF-AM
  • UHF衛星通信
  • SINCGARS(Single Channel Ground and Airborne Radio System)
  • ハブ・クイックI/II
  • SADL(Situational Awareness Data Link)
  • EPLRS(Enhanced Position Locating and Reporting System)
  • リンク16
  • CDL(Common Data Link)

なじみの薄い名前も含まれているので説明すると、EPLRSは地上軍の位置情報をレポートして、共有するための通信装置だ。また、CDLは状況認識用のデータリンク、例えば電子光学センサーが捉えた映像などを送る際に使う、大容量のデータリンクである。SADLは、近接航空支援(CAS : Close Air Support)を担当する航空機の搭乗員に向けて、地上にいる友軍の動静を送り、誤爆や同士撃ちを防ぐ情報共有手段だ。

BACNが変換・中継を担当してくれれば、例えば、SADLやEPLRSがカバーしていない友軍の位置情報も取り込んで共有できるのではないか? といった話になる(逆もまた同様)。音声交話にしても、FM通信機とAM通信機は変調方式が違っていて相互接続できないから、BACNで中継してくれればありがたい。

もう一つのBACNのメリットは、中継機能が空中に浮かんでいるため、カバー範囲が広く、山や建物によって通信を阻害される事態を避けやすいこと。アフガニスタンのように山がちな地形のところでは、地形が阻害要因となって見通し線圏内の通信を邪魔する事例が多発したという。映画『Lone Survivor』にもなった、アフガニスタンでタリバンと交戦した米海軍特殊部隊SEAL(Sea-Air-Land)チームの事例が典型例だ。

ところが、空中を飛ぶBACNを介して通信を中継してもらえば、通信相手は地上ではなく頭上にいるわけだから、障害物に邪魔される問題を避けやすくなると期待できる。ある米空軍大尉の言によると、BACNは “is like Wi-Fi in the sky,” つまり「空飛ぶWi-Fiアクセスポイントみたいなもの」だそうだ。

改良され続けるBACN

ノースロップ・グラマンによると、BACNは最初の姿のままで使われ続けているわけではなく、継続的に改良が図られているという。そして、データ・レートは10倍になり、新たな自動化ソフトウェアの導入も図られた。

以前に書いたMANET(Mobile Ad-hoc Network)やメッシュ・ネットワークの話は、「軍用ネットワークの分散化」という流れと関わっている。また、特定のプラットフォームやノードに重要な機能を集中すると、それがやられた時に壊滅的な打撃を受けるから、機能分散化を図ろうという動きもある。その典型例が、米国防総省が推進しているJADC2(Joint All Domain Command and Control)。

そうした流れと、「空飛ぶ通信中継ノードでネットワークを拡張したり相互接続したり」というBACNの流れが、合流しつつあるのが昨今の状況といえるのかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。