戦闘機の分野では、マルチロール(multi role)はもはや当たり前の話で、トレンドとかどうとかいう以前の問題。ところが戦闘機以外の分野では、マルチロールとはいわず、マルチミッション(multi mission)をうたう事例が目立つ。
roleとmission
辞書を引くと、role と mission のどちらにも「任務」という言葉があるのだが、それでは同じになってしまう。そこで私見を書くと、戦闘機における multi role は、「用途」という意味合いが濃いように思える。それに対して、他の分野、例えば艦艇やセンサー機器における multi mission は、「対応できる戦闘場面」という意味合いが濃いように思える(個人の感想です)。
これでは判じ物みたいだが、role を通じて達成すべき対象が mission、という話になるだろうか。例えば、空対空戦闘という role を戦闘機が受け持ち、それを通じて「空域を自由に使える状況を実現する」という mission を達成する、といった按配。
この考え方を敷衍すると、ウェポン・システムの分野で multi mission をうたう場合、「この装備は、さまざまな戦闘場面に対応して、任務を達成するお役に立ちます」という話になるだろうか。
そこで筆者のWebサイトにある「今週の軍事関連ニュース」のデータをキーワード検索してみると、multi mission あるいは multi-mission という単語が出るわ出るわ。
ただしその中には、フランスとイタリアが共同で進めているフリゲートの建造計画に関するものが多く含まれて、下駄を履かせている。これはFREMMという頭文字略語だが、フランス語バージョンは Frégates Européennes Multi-Missions、イタリア語バージョンは Fregata Europea Multi-Missione と、それぞれ違う。しかし意味するところは同じで、「欧州多任務フリゲート」である。
また、米海軍のフリーダム級沿海域戦闘艦(LCS : Littoral Combat Ship)をベースに、武装を強化したサウジアラビア向けの艦を建造する話が進んでいる。これはMMSC(Multi-Mission Surface Combatant)といい、「多任務水上戦闘艦」という意味になる。
もっとも、いちいちうたっていなくても、水上戦闘艦の分野も戦闘機と同じで、「多様な任務に対応できます」は当たり前の話ではある。
このほか、イスラエルのIAI (Israel Aerospace Industries Ltd.)傘下・ELTAシステムズが手掛けているレーダーで、ELM-2084 MMR(Multi-Mission Radar)という製品がある。これは、対空捜索レーダーとして使えるだけでなく、対砲兵レーダーとしても使えるという触れ込み。
レーダーでは、タレス・ネーデルランドのSMART-L MM/Nレーダーもある。SMART-Lは広域対空捜索用の艦載Lバンド・レーダーだが、それをパッシブ・フェーズド・アレイからアクティブ・フェーズド・アレイに変更、対空捜索に加えて弾道ミサイル捕捉・追尾用の動作モードを追加したのがSMART-L MM/Nという関係。弾道ミサイルに対処するときには、アンテナを脅威の方向に固定する。
多様な任務に対応する際の課題
さて。任務の様態に応じて、必要とするセンサーや武器は違う。すると、多様な任務に対応するには、多様なセンサーや武器を積み込む必要がある。するとプラットフォームは大型化するし、システム構成は複雑になる。結果として、開発・試験・評価・調達にかかるコストや時間が増える。
それでも、任務様態ごとに別々のモノを買うよりはマシになるはず、という考えが根底にある。そこには、任務ごとに別々のプラットフォームを用意するよりも、多様な任務に対応できるプラットフォームを用意するほうが、それを扱うための人手が少なくて済むだろう、という事情もあるはずだ。ただし、教育・訓練の手間は確実に増えるが。
そこで、「常に全部持ち歩くのではなくて、その時、その時で必要なものだけ持ち歩けば良いのでは?」という考え方も出てくる。軍用機の吊るしものはその典型例で、任務様態に応じて、空対空兵器を搭載したり、空対地兵器を搭載したりする。では、艦艇はどうだろう?
実は、艦艇でも同様に、兵装をモジュール化して、必要に応じて積み替えられるようにしようという構想が、ときどき出てくる。古いところではデンマーク海軍のフリーヴェフィスケン級哨戒艇、最近だと米海軍のLCSがそれだ。
ところがこの方法、うまいやり方に見えるのだが、実際にはなかなか広まらない。フリーヴェフィスケン級にしろLCSにしろ、結局は艦ごとに担当任務を固定する形になっているのが実情だ。また、LCSでは任務様態ごとに用意するミッション・モジュールの開発そのものが難航してしまった事情もある。そして、使わない兵装が陸上で遊んでしまい、結果としてロスが出る、という理由もあり得るだろう。
こうしてみると、「必要に応じて積み替える」ではなく「同じ基本設計を流用しながら多様なバリエーションを生み出す」手法としてモジュール化を用いる方が現実的、という話になる。それこそまさに、以前に取り上げたMEKOフリゲートの話である。
ただし注意しなければならないのは、ミッション・モジュールの開発に難航した原因が「交換可能なモジュールにする」というコンセプトに起因しているかどうかだ。ミッション・モジュールに組み込むセンサーや武器の開発が難航したのであれば、それはひょっとすると、交換可能なモジュールにしなくても同じだったのではないか?
それと比べると、レーダーの多任務対応のほうがうまくいきやすいようにも見える。当節のアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーはソフトウェア制御だから、そのソフトウェア次第で、動作内容を個々の任務様態に最適化できると期待できる。
それに、物理的なモノが存在するために保管スペースを用意しなければならない艦載武器のミッション・モジュールと違い、ソフトウェアは場所をとらない(笑)。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。