今回のテーマは「情報活動」である。

ことに軍事がらみの「情報活動」というと、「スパイの暗躍」とか「秘密工作」とかいう話ばかりが連想されそうである。しかし、それらは軍事分野の情報活動においては、ほんの一部に過ぎない。

集めたデータをどう活用するかが問題

確かに、人的情報源(HUMINT : Human Intelligence)は、昔も今も重要な情報源である。なにもスパイを送り込んで情報収集にあたらせるだけではなくて、武官(日本では防衛駐在官という)を在外公館に派遣する、いわば公然ルートの人的情報収集もある。

また、国連の平和維持活動、多国籍の合同演習や合同訓練、他国で実施する演習へのオブザーバー派遣、軍関係者同士の相互訪問、艦艇の寄港など、異なる国の軍関係者同士が公的に接触する機会は意外とある。そういう場面もまた、レッキとした人的情報収集活動の場だ。

ただし近年では、そうした人的情報収集に加えて、次回以降に取り上げる予定の、さまざまな技術的情報収集手段(TECHINT : Technical Intelligence)の比重が高まってきている。なにかと話題になることの多い通信傍受も、そのひとつだ。

ただ、HUMINTにしろ各種TECHINTにしろ、そこで拾い集められるのは「データ」に過ぎない。データを集めて蓄積するだけでは、それはいわゆる「積ん読」と同じことである。

収集したデータを整理した上で、信頼度や方向性などに関する評価を行う。その結果に基づいて、意志決定の役に立つ情報資料を作成する。そこまでやって初めて、情報収集活動の成果につながる。データを積み上げただけで意志決定の役に立つ、というほど甘い話ではない。

よく考えてみて欲しい。ことに軍事分野の情報というのは、誰もが「できれば秘匿しておきたい」と考える種類のものである。だから、出回ってくる情報は多くの場合、断片的なものであったり、信頼性に乏しいものが紛れ込んでいたりする。

そうした中で、他国の軍事作戦に対処するための計画立案、あるいは意志決定に必要な情報資料を得ようと思った場合、データの評価や価値判断が重要になる。それを蔑ろにすると、贋情報にひっかかって煮え湯を飲まされるようなことも起きる。

そうした事態をできるだけ避けて、質の高い情報資料を作成する場面において、ITがどう関わってくるか、という話になるわけだ。

警戒監視も情報活動の一環

本連載の第29回から第34回で取り上げた「警戒監視」も、情報活動の一環である。

たとえば、仮想敵国の航空機や艦船がどういった行動をとっているかを継続的に監視してデータを積み重ねていくことで、スケジュール、経路、登場する艦や航空機の種類・編成などに関して、なにかしらのパターンが見えてくるかもしれない。

実は、そのパターンを見つけ出す作業こそが、「データを収集・整理して情報資料を作成する」作業の一種である。しかも、その結果としてパターンが見えてくるということは、そのパターンの中に、仮想敵国の意志や意図を示す徴候が含まれていることを意味しているかもしれないのだ(もちろん、そうではない可能性もある)。

この「徴候」というのが大事で、直接「何かをする」と明言していなくても、「何か」につながる気配を見せることはよくある。それを見つけ出すには、普段から警戒監視活動などの手段を通じて、「何もしない」ときのパターンを把握しておかなければならない。それが分からなければ、「何かをする」徴候は浮かび上がってこない。

情報活動の世界に限った話ではないが、「普通ではない」出来事を知るには、「普通の状態」が分かっていなければならないのである。それには、「普通の状態」に関するデータの蓄積が要る。「普通の状態ではこういう行動をとる」→「でも今回は違う」→「これは普通ではないかも?」という話の流れだ。

つまりこれは、一種のデータマイニングである。

米海軍が開発を進めている次世代の警戒監視プラットフォーム・MQ-4CトライトンUAV

米海軍が開発を進めている次世代の警戒監視プラットフォーム・MQ-4CトライトンUAV。これが有人機のP-8Aポセイドンと任務を分担する構想(出典 : US Navy)。

情報資料は活用してナンボ

また、データの山から真に有意な、価値ある情報を拾い出して情報資料を作成したとしても、その資料を意志決定の役に立てなければ意味がなくなる。

しかも、ことに戦時には、情報資料はタイムリーにリリースしなければならない。リリースが遅れた情報資料は存在しないも同然である。

また、作戦行動に直結する資料であれば、上級司令部の指揮官レベルだけでなく、より下級の、現場の指揮官レベルでも情報資料を何らかの形で活用しなければならない。

しかし一方では、情報資料そのものの保全、あるいは情報資料の基になったデータの出所保護といった課題もある。情報源がばれると、その情報源がつぶされる危険性につながるからだ。つまりこれは、情報資料の配付・共有・保全という課題である。

情報活動のあらゆる分野でITを活用している

ここまで述べてきた、「データの収集」「収集したデータの整理・分析・価値判断」「情報資料の作成・配布・共有・保護」のいずれをとっても、何らかの形でITが絡んでくる。

昔はIT抜きでなんとかしていた話ではあるが、ITを活用することで、情報活動のプロセスを迅速かつ効率的に回すことができる可能性につながる。では、それは具体的にどんな話になるのか? というのが、今回から始まる「情報活動とIT」の中心的テーマである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。