米国防総省は7月6日に、クラウド・サービス調達案件JEDI(Joint Enterprise Defense Infrastructure)の仕切り直しを決めた。マイクロソフトが受注を決めていたが、それに対して選に漏れたアマゾンが異議申立に出て、スッタモンダしていた案件である。総額100億ドル規模といわれていただけに、どちらにとっても逃がしたくはないところだろう。
軍事組織でクラウド・サービス?
ところで。このJEDIに関連するニュースを聞いて「軍事組織でクラウドサービスを使う?」と不思議に思われた方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、ちょっと考えてみてほしい。軍事組織といえどもお役所のひとつであり、人がいて、俸給を支払い、勤怠管理をしなければならない。大量の人とモノが動くのだから、モノの管理もしなければならない。国費を支出してモノや役務を調達することになれば、財務管理や契約管理といった話も関わる。この辺の話は軍事組織に特有のものではなく、民間企業にも共通する要素である。
従来であれば、勤怠管理でも財務管理でも給与管理でも物量管理でも、独自にシステムを構築・運用していた。ただし、そこでもすでにCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化の萌芽はあった。例えば以前から、米国防総省では民生品のERP(Enterprise Resource Planning)ソフトウェアを利用していた。
そして、自前でシステムを開発・維持管理するには相応の人手と費用がかかる。なにせ米軍ともなると、制服組と文官を合わせればべらぼうな数がいる大組織。それを支えるシステムを構築するのは手間だ。
それなら、使えるものはクラウドサービスを活用してもよいのではないか、という発想が出てくるのも当然の話。例えば、昨年7月にアクセンチュアが米空軍から、ERP、人事・給与システム、財務管理システムに関わるクラウド基盤の構築と既存インフラの維持管理に関する契約を受注している。
このほか、ゼネラル・ダイナミクスがAWS(Amazon Web Services)を使い、米軍向けにセキュアなクラウド環境を提供するmilCloud 2.0に関わっている。アメリカ以外の例を挙げると、NATOが今年の初めから、タレスを主契約社として、クラウドベースの情報システム基盤構築に乗り出している。
ただしもちろん、国の安全に関わるものだから、どこのベンダーのサービスでもよい、とはいかない。セキュリティの面でも可用性の面でも、そして会社としての信頼性の面でも、相応のレベルが求められる。財務体質が不安定で、いつつぶれるとも知れない会社では困る。また、知らない間にデータを海外のサーバに出していたり、業務を海外の会社に委託していたり、ということでも困る。
そして、クラウドサービスを利用しやすい分野と、そうではない分野がある点にも留意する必要がある。先に挙げたような、民間分野と共通する部分がある分野なら利用しやすいが、例えば砲やミサイルの射撃指揮になると、ちょっとこれは無理があるだろう。
ただし、もっと上のレイヤーの戦闘指揮であれば、どのみちすでにネットワーク化して情報共有するのは当たり前になってきている。その延長線上で、クラウド的な考え方を取り入れるのは現実味がある。
ALISからODINへ
軍事組織に独自の用途であっても、民間分野との共通性がある、なんてこともある。その一例が兵站支援(logistics)の分野。日本では logistics というと「物流」という訳が当てはめられてしまっているが、軍事用語としてのlogistics はもっとカバーする幅が広い。個人的には「戦務支援」のほうがピンとくる。
ただしその中でも、装備品の整備や維持管理、それに付随するデータ管理。使用するパーツ類の調達・保管・払い出し・配送。糧食や弾薬を初めとする各種物資の調達・保管・払い出し・配送。そういう話になると、これはクラウド化できるのではないか、という考えが成り立つ。
F-35の運用管理・維持管理から兵站支援業務まで、まとめて面倒を見る野心的な大計画であるところのALIS(Autonomic Logistics Information System)は、開発に難航した挙句、後継システムのODIN(Operational Data Integrated Network)で置き換える方針が決まっている。そしてこのODINは、クラウド・ベースのシステムである。
機体がどこにいても、機体を運用する部隊がどこに展開していても、データはODINのクラウド・サービス側で集中管理する方が、確かに合理的ではないかと思える。ただしALISでも問題になったように、カスタマーによっては「うちの国のデータが、他国から見えるところにあるのは困る」という話も出てくるから、アクセス管理やデータ管理の問題は解決しなければならないが。
また、拠点が地べたの上にある陸軍や空軍と異なり、洋上を移動するフネを拠点とする海軍では、十分な帯域と信頼性と安全性を備えたネットワークを維持できるのか、という課題がくっついてくる可能性が考えられる。F-35Cを空母に載せて運用すれば、当然、その空母の艦上からALISなりODINなりを、陸上基地にいる時とと同様に利用できないと困る。
ところで……
JEDIは冒頭で書いたように頭文字略語(acronym)だが、個人的には「スター・ウォーズ」好きの担当者が先に名前を決めて、後から適当な単語を突っ込んだ、いわゆるバクロニムではないかと睨んでいる。きっと、この案件が仕切り直しになったことで「ジェダイの復讐だ」といっている人がいるのではないだろうか。
JEDIに代わる新案件はJWCC(Joint Warfighter Cloud Capability)といい、マルチベンダー化を図るとの話だ。そして、アマゾンとマイクロソフトの双方から提案を求めるとしている。そのJWCCを通じて、人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用による意思決定力の強化などを図る考えだと伝えられている。今後の動向には注目しておきたいところ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。