動画を記録した光ディスクはDVDだが、今回のお題は1文字ずれてDVEである。ところがややこしいことに、軍事業界において、DVEという頭文字略語はふたつある。DVE(Driver's Vision Enhancer)とDVE(Degraded Visual Environment)だ。

ひとつは、陸上で使用する車両の装備である、DVE(Driver's Vision Enhancer)。日本語に訳すと「操縦手のための視界補助装置」となる。もうひとつは、モノではなく運用環境を意味する言葉で、DVE(Degraded Visual Environment)。

操縦手のためのDVE

市販の乗用車では、視界の良さをうたう事例がみられる。視界が悪いと死角が多くなり、結果として周囲の状況認識を阻害するだけでなく、死角に入ってしまった人やモノとぶつかる事故を起こす可能性にもつながる。

とはいえ、視界を確保するためにいろいろ工夫する余地がある市販乗用車は、まだマシ。防御力が優先される軍用の装甲戦闘車両では、視界を良くするために大きな窓を取り付けるわけにはいかない。特に大変なのが戦車の運転で、正面と斜め前方をカバーするように設けた、数個の小穴みたいなのぞき窓から外を見て、それで運転しなければならない。可能であれば、ハッチを開けて外に首を突き出して運転するのだが。

  • 90式戦車。観閲式だから操縦手はハッチから首を突き出して運転しているが、戦闘中はそうも行かない

かように、もともとの視界条件が良くないところに来て、これが夜間、雨天、吹雪、あるいは砂嵐みたいなことになったら、どういうことになるか。大きな窓を設けている市販の乗用車でも大変なのに、視界が良くない装甲戦闘車両ではなおのこと。そこでDVEの出番となる。

一般的に、装甲戦闘車両向けのDVEは、「煙や粉塵で視界が悪い状況でも操縦手が周囲の状況を把握できるようにするための機材」という位置付けになっていて、赤外線センサーとディスプレイの組み合わせで構成している。

どこかで聞いたような仕掛けだと思ったら、F-35のAN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)と似たところがある。ただし、EO-DASの映像はHMD(Helmet Mounted Display)に表示するが、狭い車両の中にいる操縦手が、あんな大がかりなヘルメットを被るわけにもいかないようだ。すると、代わりに操縦手席にディスプレイを設置して、そこに赤外線センサーの映像を表示することになる。

  • AN/AAQ-37 EO-DASを搭載しているF-35。キャノピーのすぐ下、機首の上にセンサーが設置されている 写真:USAF

そうした製品の一例が、アメリカのNVTSという会社が手掛けているAN/VAS-5B。長波長赤外線に対応する640×512ピクセルの赤外線センサーを使い、映像は車内のディスプレイに表示する。M1エイブラムズ戦車、M2ブラッドレー歩兵戦闘車、M88装甲回収車などに搭載可能。フレーム・レートは60Hzと30Hzの切り替え式。

DVEを必要とする場面がDVE

判じ物みたいな見出しをつけてしまったが、実際、その通りである。雨、雪、砂嵐、霧などといった、目視による視覚的状況認識を妨げるさまざまな環境をひっくるめて、視界不良環境、つまりDegraded Visual Environmentという。そんな場面で、可視光線だけに頼らないで視界を得る手段として、赤外線センサーを使用するDriver's Vision Enhancerが登場して、操縦手を支援する。そういう図式になる。

暗視装置なら、光増管を使用して微弱な光を増幅するタイプのものもある。単に「暗いところでも視界を確保したい」というだけなら、それでも問題解決になる。だが、可視光線の伝搬を妨げる環境下では、その手のデバイスはどこまで有効か疑問だ。可視光線に頼らない探知手段という話になると、もっとも重宝しているのが赤外線だ。

ただ、戦闘機と比べると、陸戦で使用する車両の数は桁違いに多い。戦闘機に装備する赤外線センサーなら「性能重視、お値段がいくらか高くなってもよい」となるかもしれない。だが、数をそろえなければならない陸戦用では、お値段も重要な性能のうち。もちろん、満たすべき性能を備えた上でのことではあるにしても。

それに、運用環境が厳しいから、防塵防滴構造は当然のこと、凸凹道を揺れながら走り回る車両に載せても、故障したり壊れたりしないタフネスも求められる。たぶん、この辺の条件は、艦載用や航空機搭載用のセンサー機器と比べると、陸戦用の方が厳しい。

F-35のEO-DASをヘリに応用?

ここまでは陸上で使用する車両の話だったが、運用環境のほうのDVEは、低空を飛行するヘリコプターでも問題になる。特にヘリコプターの場合、ローターから下方に向かうダウンウォッシュが土埃などを舞い上がらせる、いわゆるブラウンアウトの問題もある。

先にちょっと触れたAN/AAQ-37 EO-DASの後継製品について開発契約を獲得しているレイセオン・テクノロジーズが、その技術をヘリコプターに応用するADAS(Advanced Distributed Aperture System)の開発に取り組んでいる。

ADASが面白いのは、光学センサーと赤外線センサーに加えて、射撃探知用の音響センサー、ミサイル発射探知用のセンサーなどといった機能まで融合させるところ。データはHMDや暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)に表示する。さらに、音響情報については三次元オーディオ技術を使い、音源の方位が分かるようにする。これでリアルタイムの状況認識を実現するとの触れ込みだそうだ。

視覚だけでなく聴覚の情報も加えて、視界不良環境下での状況認識を改善する取り組みといえるだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。