商売の世界では、よく「○○と△△がコラボしました」というフレーズが出てくる。また、IT業界でも「コラボレーション・ツール」という製品ジャンルがある。ウェポン・システムの分野でも近年、collaborative という言葉がチョイチョイ聞かれる。
collaborativeとは
辞書で “collaborate” という単語の意味を調べると、「2人以上の人が共同で働く、協力する」といった日本語訳が出てくる。単に一緒にいて同じことをするだけでなく、その際になにかしら、協働・強調という要素が入ってくる、と考えればよさそうだ。
そういえば鉄道の分野には、異なる種類の動力車を連結する場面において「協調運転」という言葉がある。例えば、北海道の函館本線に行くと、朝の下り列車で1本だけ、201系気動車と731系電車が連結して、協調運転する列車がある。かたやディーゼル・エンジン、かたや誘導電動機で走る別種の動力車だが、電車の運転士がまとめて制御しており、互いに出力を調整し合って、ギクシャクしないように走っている。まさに collaborative である。
では、ウェポン・システムの分野で collaborative というと、どういう意味になるか。単に、多数の兵装を同時に撃ち込むだけでは、それらはバラバラに単独で機能するものの集合体だから、collaborative とはいえない。なにかしら、「互いに協調する」という要素が必要になる。
そして、互いに協調するには、情報をやりとりする手段が要る。電車と気動車の併結なら制御用の回線を物理的につないでいるが、ウェポン・システムの分野ではどうするか。
Golden Horde
そこで、実際に collaborative なことを試している一例が、米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory)のGolden Horde Vanguard計画。滑空誘導爆弾SDB(Small Diameter Bomb)に無線データリンクの機能と自律制御の機能を追加して、複数のSDBが “collaborative” な交戦を行う実験を行った。
なお、リリースされた写真を見る限り、使用したのはボーイング製の初代SDB・GBU-39/Bではなく、レイセオン・テクノロジーズ製の二代目、GBU-53/Bのようだ。
2021年5月に実施した2度目の試験(1度目は失敗に終わっている)では、2機のF-16を用意して、片方が2発、他方が4発のSDBを投下した。普通なら、SDBは事前に入力された緯度・経度の地点に向けて飛んでいくだけだが、Golden Horde Vanguard計画ではそこに「協調」という要素が入る。
つまり、投下された複数のSDBが無線でやりとりして、複数の目標を分担したり、同じ目標に同時着弾するように調整したり、といったコントロールを自律的に行う。有人機同士なら、パイロットが無線で会話しながらやっていることだが、それをSDBに組み込んだコンピュータが自律的にやる。
ちなみにGolden Hordeとは、13~18世紀にかけて黒海北部の広大なステップ地帯に展開していた、複数のウルス(国家あるいは人々という意味のモンゴル語)の集合体のことだという。複数の兵装が集まり、協調しながら動くところが、複数の国家の集合体に似ている、という意味でのネーミングだろうか?
ロジックは案外とややこしそう
と、文章で書くだけなら簡単だが、実際にそれを実現するためのロジックを組み立てて、それをソフトウェアとして記述しなければならない。例えば、同時着弾攻撃の場合はどうするか。
飛翔中の複数の誘導爆弾がいれば、爆弾ごとに、高度も速度も針路も違っている。すると、同じ目標地点に到達する際にとるべき針路を単純な最短経路にするのでは、複数の誘導爆弾による同時弾着は実現できない。弾着のタイミングがずれて、近くにいるものから順に着弾するだろう。
すると、それぞれの誘導爆弾が目標地点までの飛翔に要する時間を計算した上で、もっとも時間がかかる兵装の所要時間に、他の兵装が合わせる必要がある。そして、目標に近いところにいる兵装は、わざと所要時間を増やすために迂回経路をとる必要がある。もちろん、その迂回経路は、過不足のない所要時間で飛翔できるものでないと困る。
では、複数の目標を分担する場合はどうなるか。まず、個々の誘導爆弾が「自身が攻撃すべき目標」に関する情報を持っている必要がある。その情報を互いにやりとりした上で、重複があれば、誰かが譲歩して対象を変えなければならない。しかし、全員が譲ってしまったのでは、攻撃目標の空白ができる。
すると、どういう優先順位で譲り合いを行うか、というロジックを組み立てなければならないと分かる。シンプルに考えれば、同じ目標を狙っている複数の誘導爆弾のうち、もっとも近いところにいるものが引き受ければよい、となる。
しかし、他の誘導爆弾が譲って別の目標を狙うことになった時、手近なところに都合のよい代替目標があるかどうか。それがないのに譲歩すれば行き場を失い、単なる兵装の無駄使いとなる。
と、シンプルな事例を2つ出してみたが、これだけでも、「協調」のロジックを組み立てるのは案外と面倒な作業だと分かるのではないだろうか。人間同士、組織同士のコラボレーションだって「コラボしましょう」と掛け声をかけるだけで簡単に進むものではないが、無人で自律制御する兵装同士なら、なおのことである。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。