辞書でincrementをひくと「増額」「増加」といった意味が出てくる。しかしウェポン・システムの分野では、「段階的な改良・能力向上」を指すことが多い。increment以外に、block やphase やflightや baseline といった言葉を使う事例もあるが、意味するところはだいたい同じ。
なぜ段階的改良を図るのか
そこで出てくるであろう疑問は、「どうして段階的な改良や能力向上を図るのか。最初から最終完成形を目指せないのか」といったものではないだろうか。もちろん、そうならないのには相応の理由があるのだが、根本的には、ウェポン・システムの研究開発・試験・評価・量産配備に、やたらと時間がかかるようになった事情がある。
例えば、ユーロファイター・タイフーンという戦闘機があるが、これの技術実証機「EAP」が飛んでニュース種になっていたのは、筆者が大学生だった1985~1986年頃の話だ。しかしそれから四半世紀を経てもなお、ユーロファイターは量産と能力向上が続いている。
昔だったら、四半世紀もあれば戦闘機が何回も代替わりしていたところだ。ところが当節では、新しい戦闘機に取り替えるのではなく、ユーロファイター・タイフーンというドンガラ(機体)はあまり変わらず、その中に組み込むセンサーやコンピュータ、搭載する兵装の面で能力向上を図っている。
しかも、研究開発・試験・評価・量産配備に時間がかかっている間に、新しい思想や技術が出てきてしまう。また、安全保障情勢が変化して、当初に想定していたのとは違う脅威が現出することもある。すると当然ながら、新たな脅威に対処するための能力向上、あるいは新たな能力の付加が求められる。
ユーロファイターはまさにそれ。いや、同世代の他の戦闘機も似たようなもの。冷戦時代に構想が立ち上がり、開発を進めている間にソ連が崩壊して不正規戦の時代になり、さらに21世紀に入って対テロ戦の時代になり、最近では正規軍同士の交戦に振り戻してきている。その度に、新たな要求に対応してきている。
そうなるともう、「最終完成形」なんてあってないようなもの。継続的に能力向上を続けていかなければならない。これを指して、筆者は「永遠の未完成品」と呼んでいる。未熟な製品を世に出しているという意味ではなく、最終完成形がないという意味での「未完成」だ。そして、「最終完成形」ならぬ「当座の完成形」を一気に目指す代わりに、段階的に実現していく事例も出てきた。分かりやすい例はF-35だが、他にも似たような事例はいろいろある。
「当座の完成形」が出てくるまで待たされるのでは、能力ギャップが埋まらない。多少なりとも埋めることができるのであれば、暫定的なものを配備するのもアリ、という話になるだろうか。それに、暫定的なものでも、配備・運用している過程で新たな課題や不具合がいぶり出される、という期待も持てる。
また、ウェポン・システムの高度化により、お値段が上がってしまった影響もありそうだ。最初は基本的なところだけ作っておいて、当座の支出とリスクを抑える。その後、段階的に新たな能力を付加したり、能力向上を図ったりするためのバックフィットを繰り返す。
2種類の考え方
さて。かような事情から、ウェポン・システムの開発と能力向上を段階的に行うのが当節の基本パターンになっているが、実はこれも二種類に分けられる。
まず、同じウェポン・システムに対して段階的に能力の追加や強化を図るもの。たぶん、こちらのほうが多数派だから、例を挙げ始めると際限がなくなる。
先に名前を出したユーロファイター・タイフーンの場合、大きく分けるとトランシェ1~3の3段階があり、さらに細分化してトランシェ2を対象とするP1E(Phase 1 Enhanced)、あるいはP2E(Phase 2 Enhanced)、P3E(Phase 2 Enhanced)といったプログラムが走る。F-35のブロック1~4、あるいはイージス戦闘システムのベースライン○○も、こちらの分類といえようか。
もうひとつは、ウェポン・システムではなく、それによって得られる能力に対して段階的な強化を図るもの。その典型例が、米軍の小型滑空誘導爆弾「SDB(Small Diameter Bomb)」。SDBにはインクリメント1としてボーイング製のGBU-39/Bがあり、続いてインクリメント2としてレイセオン・テクノロジーズ製のGBU-53/Bが出てきた。
同じSDBという名前だが、作っているメーカーも、出てきたモノも、まったくの別物。GBU-39/BとGBU-53/Bを比較すると、誘導制御に使用するシーカーが違い、確かに後者のほうが能力が強化されている。共通しているのは「小型化して多数を搭載できるようにした滑空誘導爆弾」という能力の部分であって、ハードウェアではない。
ただし、「インクリメント○」と名乗れば常にこのパターン、というわけではない。レイセオン・テクノロジーズ製の155mm誘導砲弾、M982エクスカリバーは「インクリメント○」が複数あるが、同じ製品の改良発展である。
段階的改良に不可欠な要素
ともあれ、こうした段階的な改良を施そうとすると、不可欠な要素がいくつかある。以前に取り上げた「モジュラー設計」がそのひとつで、モジュール単位で新しいモノに取り替えられるようにしておかないと、能力向上がままならない。
そして、それを実現するにはオープン・アーキテクチャ化を図り、物理的、電気的、論理的インタフェースをそろえておかなければならない。最初に、将来の発展を考慮に入れたアーキテクチャを構築しておかないと、後で詰む。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。