今回は、航空自衛隊でも使用しているパトリオット地対空ミサイルを取り上げる。ミサイル防衛というとイージスばかり脚光を浴びるが、パトリオットも、レッキとしたミサイル防衛用資産のひとつである。

パトリオットとは?

イージスと同様、パトリオットも当初からミサイル防衛用として開発されたわけではない。もともとは米陸軍が野戦防空用の地対空ミサイル・システムとして開発させた製品である。実は、PATRIOTは「Phased Array Tracking Radar Intercept on Target」の頭文字略語だが、名称を先に決めておいて適当な単語をはめ込んだバクロニムの臭いがする。

この製品がややこしいのは、「パトリオット・ミサイル」と「パトリオット・システム」を一緒くたにできないことだ。

パトリオット・システムの構成

パトリオット・システムは、AN/MPQ-53あるいはAN/MPQ-65といった多機能フェーズド・アレイ・レーダーと、指揮管制システム、ミサイル発射機、それと発電機などで構成されている。野戦防空用だから、個々の構成要素ごとに独立した車両に載せてあり、それらをケーブルで接続して動作させる。

レーダーは起倒式のパネルにアンテナ群を組み込んだ構成。主アンテナは直径224cm、放射素子5,161個だが、主アンテナと放射器が物理的に別体になっているのが特徴だ。放射器はレーダー車両に載せたシェルターの上部に取り付けてあり、そこから発信した電波をアンテナ・アレイの裏側に吹き付ける。そして、アンテナ内部にある放射素子が個別に位相の変換を行い、電波を送信する(受信の場合には逆の流れとなる)。

このほか、敵味方識別装置や、ミサイルとの通信に使用するアンテナも、起倒式パネルに組み込んである。こういう構造なので全周監視はできない。

  • パトリオット用のレーダー。上の円形部分が主アンテナで、その下に並んでいるのが、敵味方識別装置やミサイルとの通信などで使用するもの  撮影:井上孝司

    パトリオット用のレーダー。上の円形部分が主アンテナで、その下に並んでいるのが、敵味方識別装置やミサイルとの通信などで使用するもの

パトリオット・ミサイル

使用するミサイルはMIM-104という制式名称で、一般的なセミアクティブ・レーダー誘導ではなく、TVM(Track Via Missile)を使用している。セミアクティブ・レーダー誘導では、射撃管制レーダーから目標に向けて電波を照射して、その反射波をミサイルのシーカーが受信して誘導する。

それに対してTVMでは、ミサイルのシーカーが受信した反射波の情報をいったん、地上の射撃管制システムに送り返す。そのデータと射撃管制レーダーの追尾情報に基づいて適切な針路を割り出して、それを再度、ミサイルに向けてアップリンクする仕組みになっている。

BMD対応型の登場

そのパトリオットのポテンシャルが買われて、弾道ミサイル防衛(BMD : Ballistic Missile Defense)に対応させることになった。

最初に登場したのはPAC-1システムで、PACはPATRIOT Advanced Capabilityの略。ミサイル本体はそのままで、射撃管制システムのソフトウェアを改良した。

次に登場したのがPAC-2システムで、1991年の湾岸戦争に登場したので知名度は高い。地上側ではレーダーのソフトウェアを改良して、小型目標に対する対処能力を向上させた。一方、ミサイルは弾頭を変更した新型のMIM-104Cに変更した。これは炸薬を減らす一方、飛散させる弾片を大きく、重くして威力向上を図ったものだ。

ここまでなら特にややこしくはないが、ここから先が複雑になる。新たにBMD用のミサイルを開発することになったからだ。それが、LTV(当時。現在はロッキード・マーティンが手掛けている)のERINT(Extended Range Interceptor)ミサイル。これを「PAC-3ミサイル」としておく。

ERINTの誘導方式は、中間誘導が慣性航法と指令誘導の組み合わせ、終末誘導はKaバンドのレーダーを使用するアクティブ・レーダー誘導。炸薬弾頭は持たず、直撃によって破壊するところはSM-3と同じだ。

このミサイル、制式名称はMIM-104Fだが、MIM-104A/B/Cとはまったくの別物で、外見が異なるだけでなく、弾体が細身になっている。だから、従来型では発射機1台にミサイルを収容したコンテナを4個載せていたが、ERINTでは従来型ミサイル1発分のスペースに、4発のミサイル発射筒を束ねて田の字型に組み合わせる。そのため、発射機ひとつで最大16発を搭載できる(混載も可能)。

  • PAC-3ミサイルのキャニスター。通常型パトリオット・ミサイル1発分と同じサイズで4発を搭載するため、お尻の部分が田の字型になっている。「INERT MRT」は「搭載訓練用の模擬弾」という意味 撮影:井上孝司

    PAC-3ミサイルのキャニスター。通常型パトリオット・ミサイル1発分と同じサイズで4発を搭載するため、お尻の部分が田の字型になっている。「INERT MRT」は「搭載訓練用の模擬弾」という意味

そのPAC-3ミサイルの迎撃能力を高めるため、ロケット・モーターを大径化したのが、日本でも導入を進めているPAC-3 MSE(Missile Segment Enhancement)である。

ところが、本家(?)のレイセオン(現在はレイセオン・テクノロジーズ)でも、従来型ミサイルの改良により、弾道弾迎撃能力を強化したモデルを作ったから話がややこしい。それがPAC-2 GEM(Guidance Enhanced Missile)と呼ばれる製品。PAC-2 GEM(MIM-104D)、PAC-2 GEM+、PAC-2 GEM-T(MIM-104E)といったモデルがあるが、いずれも炸薬弾頭を持つタイプで、直撃破壊型ではない。

コンフィギュレーション

ここまでは、PAC-3といえばMIM-104Fミサイルの話だったが、発射機側のシステムにも別途、PAC-3という名称がある。そして、その「PAC-3システム」は「コンフィギュレーション○」という名称を持つ複数のバージョンがある。

まず、PAC-3コンフィギュレーション1はレーダーやコンピュータの能力向上を図ったシステムで、ミサイルはPAC-2 GEMを使用する。次のPAC-3コンフィギュレーション2は、レーダーと通信能力を改良したモデルで、ミサイルは同じPAC-2 GEM。注意してほしいのは、この2つはPAC-3ミサイル(MIM-104F)を撃てないこと。

MIM-104Fに対応したのは、次のPAC-3コンフィギュレーション3からで、レーダーが新型のAN/MPQ-65に変わったのが主な変化。ミサイルのほうは、PAC-2 GEM-TとMIM-104Fの両方を撃てる。PAC-3システムで使用するソフトウェア(PDB : Post Deployment Build)はバージョンアップが続いており、最新仕様ではPAC-3コンフィギュレーション3+という名称になった。PDB 6.x以降はPAC-3 MSEも撃てる。

というわけで、PAC-3という言葉が出てきた時は「ミサイル」を指す場合と「システム」を指す場合があり、しかも、「PAC-3システム」と「PAC-3システムのコンフィギュレーション3」は同一とは限らない(後者は前者の一部)。そして、「PAC-3ミサイルを撃てないPAC-3システムも存在する」という、欧州情勢並みに複雑怪奇なことになってしまったのであった。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。