これまで、「ミサイル防衛」というとアメリカ製のシステムばかりが話題になっている感があったが、実はもうひとつの大御所としてイスラエルもある。日本やアメリカと違い、日々、本物の脅威に直面しているだけに、切迫度が違う。
3種類の迎撃ミサイル+α
イスラエルは1991年の湾岸戦争で、イラクからスカッド弾道ミサイルを撃ち込まれた経験がある。目下のところ、イラクからイスラエルにミサイルが飛んでいく情勢ではないが、もっと近隣から、短射程の弾道ミサイルや非誘導のロケット、さらには火砲による砲弾までが日常的に飛んできている。
そこでイスラエルでは、自前で多層構成のミサイル防衛システムを構築・配備した。それを射程距離が短いほうから順に並べると、アイアン・ドーム(Iron Dome)、デービッド・スリング(David’s Sling)、アロー(Arrow)の三段構えとなる。アローはIAI(Israel Aerospace Industries)、アイアン・ドームとデービッド・スリングはラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズの製品である。
アイアン・ドーム
アイアン・ドームは近距離防空用で、使用するミサイルはタミルTamirという。IAI傘下のエルタ・システムズが手掛けるEL/M-2112レーダーと、トレーラーに載せた20連装の発射機が3基でワンセットとなる。飛来する脅威の数が多いので、安く上げることも至上命題。一発撃つと5万ドルとか、ミサイルのお値段が9万ドルとかいう話が伝えられているが、確かに弾道ミサイル迎撃用のミサイルとしては安い。
なお、アイアン・ドームを艦載化したC-Domeという製品もあり、イスラエル海軍のサール6型コルベットに搭載することになっている。この名称、”Sea Dome” の駄洒落のようにも思えるのだが、真相は不明。
デービッド・スリング
その上層を受け持つのがデービッド・スリングで、使用するミサイルはスタナー Stunnerという。ラファエルがアメリカのレイセオン・テクノロジーズと共同開発した製品だ。
アイアン・ドーム用のタミルは近接信管で弾頭を炸裂させるが、スタナーは直撃破壊型で、レーダー誘導と赤外線誘導のデュアルモード。レーダーはエルタ・システムズ製で、EL/M-2084という。発射機は大型軍用トラックに載せた12連装で、ほぼ垂直に撃ち出す構造。
アロー
そして最上層を受け持つアローは、初期モデルの後に改良型のアロー2、そして現行モデルのアロー3が登場した。そしてさらに、新型のアロー4を開発する計画が立ち上がったところ。なお、アローの開発にはボーイングも関わっている。
アロー3は2段式ロケットと直撃破壊用の弾頭を組み合わせたもので、要撃高度は100kmを超えるとされる。アロー3は従来型よりも射程距離や要撃高度の数字が大きく、これによってイスラエル全土のカバーが可能になったとされる。さすがにそうなると、ミサイルは大柄になる。前モデルのアロー2が全長7mもあったから、それより小さいということはないだろう。
アロー2は炸薬弾頭を使用していたが、アロー3では直撃破壊に改められた。レーダーはエルタ・システムズ製のEL/M-2080グリーン・パイン、指揮管制システムはシトロン・ツリーという。グリーン・パインはUHFレーダーで、アンテナは幅9m、高さ3mもあるデカブツだ。
指揮管制システムとの連接
もちろん、これらのシステムをイスラエル国内で運用する際、国土防衛コマンド(Home Front Command)の指揮統制システムに連接している。
個々のシステムを受け持つ高射隊が単独で、自前のレーダーで飛来する脅威を捕捉・追尾した上で交戦する運用はもちろん可能だろうが、多層防禦を有効に機能させるには相互の連携が不可欠だ。そうなると、全体状況を把握するとともに、適切な位置にいる高射隊に交戦を指示するために、全国ネットの指揮統制システムが必要になる。
例えば、「アロー3が撃ち漏らした」となれば、次は予想着弾地点の近くにいるデービッド・スリングに対して、飛来する脅威の進路を知らせた上で交戦の指示を出さなければならない。そこで撃ち漏らせば、今度はアイアン・ドームの出番となる。
そのアイアン・ドームは、評価試験を実施するために、米陸軍向けに2個高射隊分を引き渡したところだ。ところが、米陸軍がアメリカ本土で評価試験を行おうとすれば、イスラエルが自国で使用している指揮統制システムを使うわけにはいかない。
そこで出てくるのが、以前に取り上げた米陸軍の統合指揮統制システム、IBCS(Integrated Battle Command System)。前回にも書いたように、もともと統合防空・ミサイル防衛(IAMD : Integrated Air and Missile Defense)の指揮統制用として開発がスタートしたシステムだから、ドンピシャである。
ところが、「アイアン・ドームはIBCSと連接できない」という報道が出るかと思えば、「そんなことはない」という発言もあり、ややこしいことになっている。しかし現実問題としては、スタンドアロンで運用させるわけにもいかないだろう。
どうして米陸軍がアイアン・ドームを試すことになったかというと、この手の短射程防空システムが比較的手薄だったところに、イラクで米軍の駐屯地にミサイルが撃ち込まれる事件があり、議会が陸軍に「なんとかしろ」と迫っている事情がある。
なお、海兵隊はすでに、2019年8月に実施した実射試験で、アイアン・ドームと海兵隊の多用途レーダーAN/TPS-80 G/ATOR(Ground/Air Task Oriented Radar)、それと航空戦指揮統制システムCAC2S(Common Aviation Command and Control System)の相互接続性を検証している。
なんにしても、連接や相互接続という話になれば、ネットワーク屋さんがいうところのプロトコルに関する情報開示が必要になるはずだ。それなしには連接も相互接続も成立しない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。